嵐と月と
顕頼様のご病気を知らされたあとも文のやりとりは続いた。顕頼様は私に心配をかけたくないのかご病気については何もおっしゃらなかった。
変わらないやりとりの中、変わったのは私が彼に送る文に花を添えなくなったことだ。送る時は花のない折枝だけを選んだ。
顕頼様からの文はだんだんと返信が遅くなり、......そして、ついには届かなくなった。
ある時、豊楽院造営に携わり忙しいはずの父上がこの東の対に渡ると先触れがきた。
「こんなことは言いたくはないが、顕頼殿は出仕もできずふせったまま、今はもう汁粥すら食べることができないと道長様が仰っていた。」
そう言うと父上は辛そうに額をおさえる。
よくない報告だろうと予想はついていた。
しかし、はっきりと目の前で顕頼様の容態を聞くと現実に体が裂かれそうな気分になってしまう。
「音緋向の想いはわかっておる。
だが、あきらめておくれ。
たとえ、これから顕頼殿が回復なされたとしても、宮中に復帰するためには、うちよりも大きな後ろ盾が必要になるであろう。」
父上が言いたいのは、道長様が回復した顕頼様を復帰させても、一度病気により出世頭からはずれてしまった顕頼さまが宮中でやっていくには、うちの後ろ盾では弱いということ。つまり私と婚姻するよりも、もっと力のある貴族の姫との婚姻を藤原家は望むであろう、と。
出て行く父上と代わるように、参内していた兄上が衣冠姿のまま部屋に入ってきた。
「土御門殿に寄ってきた。これを。」
いつか見たことがあるような文箱。
それは顕頼様が最初にくださった文の収められた文箱と同じものであった。差出人は顕頼様ということなのだろう。
「兄さま、顕頼様はお元気になられてきたのでしょうか?」
私の質問に兄上は目を伏せて首を小さく左右に振り、何も言わずに部屋を出て行った。
そっと、文箱を開ける。
中にはあの時と変わらず空色の料紙。
しかし、あの時と同じように日常のとりとめもない内容の文ではなく、料紙の中央にひとつの歌が書いてあった。
カタカタンッ......。
その歌を読んで、私は手が震えた。
文を収めようとしても、あまりの震えに美しい文箱が手から滑り落ち脇息に当たって床に転がる。
「『永遠に..........散るらむ』」
永遠に。
「そんな......。このまま永遠に、会えなくなるの?」
この時私はあまりの悲痛にこの歌の意味を深くわかっていなかった。よく詠めば顕頼様の気持ちがわかったのに。
だから私は茫然としながら筆をとった。
宛先は顕頼様ではなく、あのお方に。
文箱はない。
文箱を用意するのも無理なほどだと、あの方に私の焦りが伝われば良い。
私のような者の文はご自身で読まれず、捨て置かれるかもしれない。
それでも書きたかった。書かなければ後悔するような気がした。
『月頭 打ち払ふべき 雪もなく
かわらむとおもふ わが心かな』
◇月には打ち払うような雪もない、あの人が月の夜にいまは会いにくることもゆく(雪)こともない。それでも私の顕頼様への気持ちは変わりません。◇
◇赤染のおばあさまのようには私の頭には白髪はありませぬが、おばあさまが愛息子の擧周様のご病気を代わってやりたいと思ったように、私も顕頼様に同じ想いを持っています。◇
その歌を白い料紙に書き、もう一枚何も書かれていない料紙を裏に重ね、一の女房に手渡す。
「どなたへ?」
「宛先は藤原道長様よ。」
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二話完結のつもりが終わらなかったですσ(^_^;)