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9.売られた聖女は騎士団長を治療する

 翌朝、約束の時間通りにエーリク事務官は迎えに来てくれた。


「おはようございます!」


 人懐こく、にっこりと笑うエーリク事務官に私も挨拶を返す。


「おはようございます。今日はよろしくお願いします」

「こちらこそお願いします。準備は大丈夫ですか?」

「はい」


 エーリク事務官の言葉に頷く。

 持ってきている中でも動きやすく、汚れても良い服を選んでいるので問題はない。

 長い髪も邪魔にならないよう、マリーにお願いして結ってもらった。

 仕事中に崩れないよう、可愛らしく編み込んでくれたのが地味に嬉しい。


「それでは、行きましょうか」

「気をつけていってらっしゃいませ」

「マリー、見送りありがとう。いってきます」


 マリーに別れを告げると、エーリク事務官について廊下を進んだ。

 しばらく行くと知らない区画に入り、外廊下に出る。


「こちらの庭は、奥に噴水が設置されていて、お客様にも人気があるのですよ」


 そういって振り向いたエーリク事務官が、立ち止まり首を傾けた。


「少し緊張されていますか?」

「そうですね、少しだけ」

「意外です。ロセアン様は到着早々に陛下を治療してしまわれたと聞いていましたから、あまり緊張などされない方だと思っていました」


 もうそういう話が広がっているのか。


「あの時は、必死でしたので」

「そうなのですね」


 エーリク事務官が微笑みと共に頷く。


「これから向かうところは、陛下のように病を発症している方はおられません。

 予防的な意味合いも強いのですから、あまり気負われないようにお願いします」

「はい」

「むしろ、皆さん少し荒っぽいというか、癖が強いというか。

 ロセアン様は驚かれるかもしれませんが、頼りになる方ばかりですので、緊張せずとも大丈夫ですよ」


 エーリク事務官の言葉に少し気持ちが楽になった。

 癖が強いとか、荒っぽいとかいう言葉が気になったけれど、これから会うのだからすぐにわかることだろうと別のことを口にする。


「緊張していても、浄化と治癒に関しては失敗することはありませんのでご安心ください」

「ロセアン様の実力を疑うなんて滅相もないです。

 僕、ちょっと余計なことを言ったかもしれないですね。

 騎士団の方たちにはご内密にお願いします」

「わかりました」


 空気が和んだところで、エーリク事務官は「行きましょう」と再び前を向き歩きはじめた。



 外廊下の先をいくつか曲がると、別棟への入り口についた。


「こちらの建物が、すべて騎士団のものとなります」

「すべて、ですか」

「はい。騎士団には事前にロセアン様のご希望を伝えています。

 部屋を準備してもらっているはずですので、そちらで騎士の方達を見ていただくことになると思います。

 詳しいことは騎士団長から話があるでしょう」


 そうして、エーリク事務官は建物の中を進み、ある一つの扉の前で立ち止まった。


「失礼します。宰相閣下つきのエーリクです。ロセアン様をお連れしました」

「おう、入れ」


 部屋の中から太い声が聞こえた。

 エーリク事務官はためらいなく中に入り、私も後に続いた。


 中に入ると入口側を向いた机に、体の大きな男性が座っている。

 短く刈り込まれた麦わら色の髪に、同じ色の瞳、騎士服には勲章がたくさん縫い付けられており、高い地位にある方だとすぐにわかった。


「そっちが、話に聞く聖――っと、あぶね、ロセアン嬢か」


 彼が『聖女』と言いかけたことに、一瞬違和感を感じて、すぐに思い至る。

 思い返すと、フェリクス陛下に聖女と呼ばないでほしいと告げてから、ここで聖女とは呼ばれなくなった。

 エーリク事務官も最初から私のことを家名で呼んでくれていた。


 思いをめぐらせている間に、男性は音をたてて立ち上がった。

 今はじっくり考えている場合ではなかった。


「セシーリア・ロセアンです」


 立ち上がった男性に向かって一礼する。


「ラーシュ・グルストラ。フェーグレーン国、王立騎士団の団長だ。

 話は陛下から聞いている。今日から頼む」


 そういうと、グルストラ騎士団長が頭を下げる。

 お手本のような綺麗な一礼の後、騎士団長は続ける。


「騎士団については、何か説明を受けているか?」

「いいえ、聞いていません」


 首を振ると、グルストラ騎士団長は軽く頷いた。


「なら、ロセアン嬢の仕事に関係ありそうなところを簡単に説明しておこう。

 ここの騎士団は、第一から第六まで、六つの騎士隊で構成されている。

 騎士隊の主な任務は魔の地の討伐とこの国の治安維持だ。

 一隊ずつ、持ち回りで魔の地の討伐に行くことになっている。

 今は第六騎士隊が魔の地に行っていて、ここには五隊が残っている。

 ここまで大丈夫か?」

「はい」


 わかりやすい説明に頷くと、グルストラ騎士団長も頷く。


「ロセアン嬢には、この建物内にある医務室で浄化と治療を行ってもらいたい。

 各騎士隊長に、訓練や仕事の合間にロセアン嬢のところに騎士たちを向かわせるよう言ってある。

 簡単に言うと、医務室に騎士がやってくるから、ロセアン嬢はやってきた騎士を治療してくれればいい」

「わかりました」

「よし、なら、案内も兼ねて医務室まで一緒に行こう」


 そして、グルストラ騎士団長の案内で、部屋を移った。



 グルストラ騎士団長は、きびきびとした動作で私たちを先導してくれた。

 その歩調は早すぎず、私の歩調を考慮したもので騎士団長の気遣いを感じる。

 目的の場所についたようで、グルストラ騎士団長は扉の前で立ち止まるとノックをした。


「入るぞ」


 そうして、中の返事が聞こえる前にグルストラ騎士団長は扉を開けた。

 薬の匂いと共に、こげ茶色の髪の毛がふわりと振り向くのが目に入った。


「団長、いつも言っていますが、返事はきちんと聞いてください」

「わりぃって」


 気安いやりとりから、親しい間柄だとわかる。

 私よりも年長の、まだ二十代半ばくらいの年齢に見えた。

 ちなみに、彼とエーリク事務官だと、エーリク事務官の方が少し若いようにも見える。


 彼はどうやら私たちがいることに気がついていないようだ。

 一歩進み出たグルストラ騎士団長の後ろに私たちの姿を認めると、一瞬驚いた顔をした後、すぐに顔を引き締めた。


「お見苦しいところを失礼しました。ようこそ医務室へ。

 医務官のサムエルです。どうぞ、サムエルとお呼びください」

「サムエル医務官はこう見えても三十半ばだ。

 所属は違うが俺と同期で、パルム先生の秘蔵っ子とか言われてたのを俺が騎士団長になった際に引き抜いて来たんだ」


 三十半ばと聞いて驚く。とてもそうは見えない。

 サムエル医務官の言葉を補足する団長の言葉に、彼らの親しさにも納得がいった。


「セシーリア・ロセアンです。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします。そちらは確か宰相閣下のところの――」

「事務官のエーリクです」


 お互いに自己紹介したところで、グルストラ騎士団長がいう。


「ロセアン嬢、ここにいる間、わからないことがあれば、サムエル医務官に聞いてくれ。

 俺でもいいが、近くにいるやつの方が面倒がなくていいだろう。

 サムエル医務官、事前に伝えてたが、ロセアン嬢のことを頼むな」

「承知しました」


 そう言うと、サムエル医務官は私の方を見る。


「私以外の医務官は、騎士たちと共に前線に出ていて不在にしていますから、帰ってきた際にご紹介します。

 今日からしばらくよろしくお願いします」


 好意的なサムエル医務官に疑問を浮かべる私にサムエル医務官は続ける。


「私たち医務官は怪我の治療はできますが、浄化はできません。

 瘴気をまとう傷については本人の治癒力に頼る手当てしかできず、日々、どうにかしたいと思っていました。

 ロセアン様には、治療もですが、エヴァンデル王国で培われたその知見もいずれお聞かせ願いたいと思っております」

「ご期待に添えるよう励みます。

 私もファーグレーン国の治療方法に興味があるので、是非、こちらの国のやり方も教えてください」


 サムエル医務官と挨拶を交わしたところで、グルストラ騎士団長が私に問う。


「ロセアン嬢、設備はこんな感じだが、不足はないか?」


 グルストラ騎士団長の言葉に、医務室を見回した。

 室内は南向きの広い部屋に、仕切りつきの簡易ベッドが十台並んでいる。

 手前には、椅子が数脚と医薬品が置いてあった。

 浄化を行った際、まれに体が驚いて倒れてしまう方がおられるので、治療場所は寝台があるところを希望していた。


「ありがとうございます。充分です」


 そう答えると、言いにくげにサムエル医務官が口を開いた。


「ロセアン様が癒やしの技を振るわれる間、私も見学してもよろしいですか?」

「それは、もちろんですけれど」

「ありがとうございます。本宮のパルム先生でも歯が立たなかった陛下を完治させた奇跡の技を間近で見学できるのを楽しみにしていたのです……!」


 サムエル医務官はすごく喜んでいるようだ。

 『奇跡の技』なんて言葉が聞こえたけれど、訂正する前にグルストラ騎士団長が話し出す。


「んじゃ、部下達ももうすぐやってくるだろうし、時間内はここにいてくれ。

 あ、でも、時間いっぱい部下たちを診ろってことじゃないぞ。

 無理しない範囲で休憩もとってくれよな」

「わかりました」

「じゃ、俺がいたらやりにくいだろう。俺は戻る。何かあったら呼んでくれ」

「あ、グルストラ騎士団長、お待ちください」


 私はそのまま部屋を出て行こうとした団長を呼び止めた。


「まだ誰もいらっしゃらないので、まずは団長から――」

「俺は最後でいいさ。先に部下を見てやってほしい」


 グルストラ騎士団長はきっと部下思いのいい方なのだろう。

 けれど、私は素直に頷くことができなかった。


「お待ちください。その背中の傷は、私としては放置できません」

「……グルストラ団長?」


 サムエル医務官がいぶかしげに問うが、私にはグルストラ騎士団長の背中に瘴気が集まっているのが見える。

 陛下ほどには酷くなくても、十分重傷といえる部類だ。

 放置すれば、次第に体中を瘴気がむしばみ、いずれは起き上がれなくなってしまうだろう。

 グルストラ騎士団長は決まり悪げに頭をかいた。


「サムエル医務官、黙ってて悪かったな。

 先にパルム先生に見つかっちまって、そっちに相談していた。

 けど、どうやっても傷がふさがらないし、パルム先生で無理ならサムエル医務官に見せても手間をかけさせるだけで、どうにもならんだろうと思って黙っていた」

「そう、ですか」


 サムエル医務官は、表情はわかりにくいが、落ち込んでいるようだ。


「……怒ってるか?」

「いいえ。ですが、騎士団付きの医務官としては、相談はして欲しかったです」

「わりぃ」

「確かに、パルム先生でもどうにもできなければ、私が診ても何もできなかったでしょうから、騎士団長の判断も分かります。

 ですが、私としては団長の不調を知らないなんてとんだ不手際です」

「別に気にする必要はないって。

 サムエル医務官の腕を疑ったわけではないんだからな」

 

 堂々と言ってのける騎士団長にこれ以上言っても仕方がないと思ったのか、サムエル医務官は深く息を吐いた。


「そういうことではありません。

 このことについては後でゆっくりお話ししましょう」

「おお、怖っ」


 怖がってみせるグルストラ騎士団長をじろりとにらみ、サムエル医務官は私に頭を下げた。


「お見苦しいところをお見せしました。

 それではロセアン様、申し訳ありませんが、団長の浄化から、まずはお願いします」

「だから、別に、俺は最後でも良いぞ。ここまでなんとかなったんだ。

 多少は待てる」

「……」


 この後に及んでそんなことを言う騎士団長を、サムエル医務官は呆れた目で見つめている。

 私は、思い切って口を開いた。


「そのような傷を治すために私が呼ばれたのではないのですか。

 団長、こちらへおかけください」

「だが」


 なおも言いつのろうとするグルストラ騎士団長に、私は静かに言う。


「グルストラ騎士団長が部下の方を優先させるお気持ちはわかります。

 私の力が足りないせいで、一気に騎士団の全員を浄化することはできません。

 騎士団の中には、他にも早く浄化をしてほしいと思っておられる方がいるかもしれません。

 その方には、治療が後になってしまうことを申し訳なく思います。

 ですが、今、私の目の前にいて、浄化を必要としているのはグルストラ騎士団長、あなたです。

 ですので、団長、私は、まずあなたを治療します」


 気がつくと、私はグルストラ騎士団長の目をまっすぐに見つめていた。

 団長は、真面目な顔で黙っていたが、数秒後、こらえきれないように吹き出した。


「どんなお嬢様かと思ってたけど、なかなか気骨があるのな。

 んじゃ、ぐだぐだ言って悪かったわ。浄化と治療を頼む」


 そう言うやいなや、グルストラ騎士団長はどかっと椅子に腰を下ろした。

 あまりの変わりように、唖然とする。

 もしかしたら、私は試されたのだろうか。

 だが、今はそんなことよりも治療が優先だった。


「患部を見ます。上半身を脱いでいただけますか」


 お願いするとグルストラ騎士団長は黙って上半身の服を脱いでくれた。

 私が気になった背中以外にも、グルストラ騎士団長の体には古傷が多い。

 それだけ過酷な環境で戦ってこられたのだろう。


「こちらですね」


 患部は、左肩甲骨のあたりにあった。

 包帯をほどくと、その傷は現れた。

 かろうじて傷はふさがっているものの、赤黒く腫れている。

 瘴気のせいで自己治癒力では治りきらないのだ。

 どこでこのような傷を負ったのか気にはなったものの、今は治療が優先だ。


「まずは浄化、そして治癒魔法を使います」

「あぁ」


 返事を聞いてから、傷口に手をかざし浄化を発動する。

 淡い光が瘴気を浄化し、完全に浄化が終わってから治癒魔法を唱えた。

 効果は劇的で、傷口から腫れが引き、ふさがってく。


「すごい」


 手元をじっと見ていたサムエル医務官が思わずと言ったようにつぶやく。


「嘘みてぇに痛みが消えていくぜ」


 グルストラ騎士団長が話しかけてくるが、治癒魔法の途中で私に答える余裕はなかった。

 代わりにエーリク事務官が口を開く。


「この傷はどこで負われたのですか?」

「去年の辺境での魔獣狩りだ。下手こいてな。魔獣の爪がざっくりよ」

「そうでしたか」


 そうしている間に、完全に傷口は塞がった。

 最後に、今度は軽い浄化を全身にかけて、グルストラ騎士団長の治療は終了だ。


「以上です。他に痛む箇所などはありませんか?」

「ない。さすがだな。まさか、あれが治るとは」


 グルストラ騎士団長は信じられないとでも言うように、肩をまわしている。

 過剰な期待をさせないよう、できないことも告げておく。


「完全に治りきっていないからこそ、今回は傷も治療できました。

 こちらの古傷は、元通りに治すことはできません」

「そうなのか。だが、十分だ。世話になったな。

 部下達のことも、よろしく頼む」


 そういうと、グルストラ騎士団長は今までのくだけた口調を改めると、服を着て戻っていった。

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【書籍化情報】
▼2023年2月17日発売▼
売られた聖女は異郷の王の愛を得る(笠倉出版社 Niμノベルス様)
表紙絵
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