7.幕間 エミリ・シーンバリ
私はその時、まだ十歳になったばかりだった。
聖属性の魔力を持っているからと王都に呼ばれるまでは領地から出たこともなく、王宮である夜会はもちろん、お茶会にも出たことがなかった。
同じ年齢の他の子たちよりも何年か早く王都に来ることができたことが嬉しかったのを覚えている。
残念ながら聖女には選ばれなかったけれど、そのことを惜しむのはお父様だけで、その時までは聖女について何とも思っていなかった。
初めてその方のお姿を見たのは新聖女のお披露目の会だった。
光を受け輝く金色の髪に、整った顔立ち。
そして、前を見つめるりりしい表情。
王宮のバルコニーに立つそのお方の周囲が、何故か輝いて見えた。
一目で、この方と将来結婚したいと思った。
そのお方こそが、アルノルド王子だった。
隣には、薄い色の髪の、大人しそうな少女が立っていた。
あの場所には私が立つべきなのに『なんであんな子がアルノルド殿下の隣に立っているのかしら?』と思ったけれど、お父様がおっしゃるには、その少女こそが次の聖女らしい。
その上、あの薄い色味の少女が殿下の婚約者にも選ばれているという。
殿下と同じ金色の髪の私の方が、隣に立つにはふさわしいのに。
どうしてあの方の隣にいるのは私ではないの?
私にだって聖属性の魔力はあるのに。
あの子ばかりずるい。
そう思って、隣で新聖女を見ていたお父様にたずねた。
「ねぇお父様、私にも聖属性の魔力はあるわ。どうして、新聖女はあの方なの?
やはり、公爵家の方だからかしら」
「私も陛下に尋ねたのだがね、残念ながら、私のかわいいエミリは魔力量が足りなかったのだそうだ。
なんでも、聖女となるには聖属性の魔力だけではなく、魔力量も大事らしい」
「そうなの……」
魔力量があの少女よりも多かったのなら、あの場所は私のものだったのだ。
「魔力量が多くなれば、私も聖女様になれるの?」
「おそらくはね。エミリは、聖女様になりたかったのかい?」
「うん」
「なら、お父様も協力しよう」
「ほんとう?」
「本当だとも。エミリがあの聖女を超えられるようお父様も手伝うよ」
「お父様大好き!」
そうして、お父様は、領地に帰るとたくさんの魔術師を雇ってくれた。
一般的に魔力量を増やす方法は二つあるらしい。
一つは地道な修行だ。
持っている魔力以上の力を使おうとすると生命力を削ることになる。
けれど、毎日、限界ギリギリまで力を使うと、体が生命を守るための反応として使える魔力が増えるといわれている。
ただしその増え方は人によるそうだ。
そして、もう一つの方法が外部の魔力を取り込むことだ。
魔術師達は、特別に手を加えた魔石に自分の魔力をため込んで、いざというとき使っているらしい。
お父様が考えたのは、それを通常の魔石から取り込む手法だった。
難しい話はよくわからなかったのだけれど、技術的に難しいという理由で外部から魔力を取り込む方法は確立されていないらしい。
けれど、お父様は雇った魔術師たちに研究を行わせ、その技を作り出すと決めたようだ。
魔術師たちは最初は『そんなこと不可能だ』と騒いでいたけれど、私が聖属性の魔力を持っていたことと、お父様が研究費に制限を設けなかったことで納得した。
そして、その術式を五年と少しの月日をかけ完成させた。
「お父様、すごいわ!」
「そうだろう?」
「ええ、これできっとあの子を超えることができるわ!
でも、あの魔石の山はどうするの?」
魔石は瘴気に満ちた大地に埋まっているため、どうしても魔力と共に瘴気も含まれてしまう。
研究を行った魔術師たちも私が聖属性の魔力で瘴気を浄化できるからこそ研究を進めることができた。
そしてこの五年の間に、本当にたくさんの魔石を使用したのだ。
使用済みの魔石の山には、魔力を使い果たしながらも瘴気がそのまま残っているものもあり、処分は結構な手間になりそうだった。
「そうだな、さすがにあの量は邪魔だ。だが、使い道も考えておる」
そう言ってお父様は、私を見た。
「ところで、エミリはもう術式を使いこなせるのかね?」
「はい。毎日欠かさず取り込みを行い、魔力はたくさん貯めてあります」
「なら問題ないな」
お父様はそういうと、声を落とした。
「近日中に我が領地で不幸な事故が起こるだろう。
聖女によって浄化されているはずの瘴気が大地から吹き出し、それを偶然近くに居たエミリが浄化する。
エミリこそが聖女にふさわしいと大衆に見せつけるのだ」
「そんな……それって、とても素晴らしいわ!
これで私が聖女になれるのね!
お父様すごい! 最高だわ!」
「そうか、そうか。エミリが喜んでくれて良かったよ」
その後、日をおかずにお父様のプランは成功し、私たちはあの聖女を蹴落とすことに成功した。
今、私の側には、あの時一目見てからずっと憧れ続けたアルノルド殿下が座られている。
婚約者教育を受ける私に会いに来てくださったのだ。
こうして気軽にお会いできる関係になれたことが今でも信じられなかった。
二人だけでお話しする時間は夢のようで、できれば、毎日こうしていたい。
残念なことに、せっかく婚約者にまでなったのに、王太子殿下は忙しく、何日かに一度しかお会いできないのだ。
この婚約者教育が終われば、私からアルノルド殿下に会いに行って良いと言われている。
私にできることは、やるべきことに励むだけだ。
夢に見た彼との結婚までの道は、もう整っているのだから。