番外編5 舞踏会
書籍版を沢山の方に見て頂けているようで、嬉しくて書き上げました。
書籍化にあたり関わってくださった皆様、お手に取ってくださった皆様、本当にありがとうございます。
結婚して、いくつかの季節が過ぎた。
貴族達もエヴァンデル王国風のダンスに慣れてきており、ついに私がこの国初めての舞踏会を開催することとなった。準備にはマリーを筆頭に沢山の人に協力してもらい、とうとう今夜、王宮にて夜会が開かれる。
招待客は、貴族達の他に騎士とそのパートナーだ。
成功すれば、きっと貴族達はこの夜会を真似するだろう。
(あんなに準備をしたんだもの、きっと成功するわ)
緊張しながらも今日までの準備を振り返って自分に大丈夫と言い聞かせていると、フェリクス陛下の声が耳元に落ちた。
「皆で準備してきたのだ。きっと大丈夫だ」
隣を見上げると、励ます様に陛下が私を見ていた。柔らかく温かい眼差しに、自然と余計な力が抜けていく。頷くと、陛下の瞳が悪戯気にきらめいた。
「それにセシーがよろめいてもカバーできる位には私も上達した」
「もう、それは最初の頃だけではないですか」
練習を始めた当初に何度かそういうことがあったが、今は何曲か踊った位では息は乱れない。陛下もそれはご存知だが、私の緊張をほぐすためにわざと引き合いに出したようだ。
軽口を言い合ったところで、ふと陛下が表情を引き締める。
「では、行こうか」
「はい」
外向けの顔をした陛下の腕に手を添えて、広間へと入場した。
私達が入場すると、色とりどりの衣装を身にまとった紳士淑女が一斉に頭を垂れる。
陛下は顔を上げるよう告げ、続けた。
「今宵は我が妃が新しい趣向を取り入れた舞踏会だ。上手い下手にこだわらず、皆存分に楽しんでいって欲しい」
一斉に拍手が起こり、音楽の演奏が始まる。
「では、まずは私達が一曲、披露しよう」
人々は広間の中央を開けるようさっと動き、陛下にエスコートされながら前へ進んでいく。
全員の視線が集中し痛い位だが、同時に今日のために新調した私達の衣装に対する感嘆の声も聞こえてくる。
フェリクス陛下はエヴァンデル王国風のデザインを取り入れたロングコートで、青い色の布地に、縁飾りは銀色を基調としている。
私も同じくエヴァンデル国風のドレスで、陛下と並ぶと対のように見えるはずだ。さらに、ダンスがより美しく見えるよう青いシフォンの生地を重ね、一番上の生地に光を反射するようたくさんの宝石の欠片を縫い付けている。やわらかな生地はダンスの際にふわりと広がり、布に縫い付けられた宝石は会場の蝋燭の明かりを反射し、きらきらと輝くはずだ。
陛下と向かい合いお辞儀をして差し出された手に手を重ねると、打ち合わせ通りに楽団が一旦演奏の音量を落とし、曲を変えてワルツを奏で始めた。
ゆったりとした音楽に合わせ、陛下のリードに身を任せてステップを踏み出す。
意識していた人の目も、踊り出すと気にならなくなってくる。そうしていると、フェリクス陛下が楽し気に口の端を上げた。
「緊張していないかと心配していたが、どうやら余裕のようだな。少しペースを上げるか」
そう言うと、フェリクス陛下は楽団に視線で合図し、ステップの速度を上げた。
何をするのだと思わずフェリクス陛下の顔を見つめるも、陛下に悪びれた様子はない。そういうことならと、私もステップにアレンジを加える。
「そのようなこともできるのだな。奥が深い」
練習の時の様子から、この位は大丈夫と思ったのだが、陛下の余裕は崩れない。
もともとの運動神経の差なのか、あっという間に技術的に追いつかれてしまったのは少し悔しいが、母国の文化を陛下に楽しんでもらえるのは純粋に嬉しい。
そういったことを考えていると、陛下が何気なく言う。
「着飾ったセシーをこうして腕の中に囲って皆に見せつけるのも楽しいものだな」
それは飾らない陛下の本音のように聞こえて、私は思わず陛下を見つめる。
あまり直接的に独占欲を示すようなことを言われたことがないので、少々驚いてしまたのだ。
「その、気を悪くしたか?」
陛下も自分の発言に気が付いたのだろう。
「いえ。私も、同じ気持ちでしたので」
「そうか」
その後は言葉もなく見つめ合っていると、あっという間にワルツは終わってしまった。
一礼すると会場からは割れんばかりの拍手を貰う。その拍手に再度感謝を示し、次に踊る人たちのために場所を開けた。
そうして舞踏会は夜更けまで続き、盛況のうちに幕を閉じたのだった。