43.売られた聖女は今の聖女と面会する
気がつくと、どこか知らない寝台の上にいた。
閉められている天蓋をめくり外を見ると、室内の装飾の豪華さから、ここが王宮の客室のようだと察する。
控えていた侍女が、私が気がついたことに気づいて来てくれた。
「ロセアン様、気がつかれたのですね」
「ここはどこですか?」
「王城の客室になります」
「フェリクス陛下は……?」
「隣室にご滞在されていらっしゃいますが、お呼びになりますか?」
「お願いします」
簡単に身なりを整えてもらったあと、侍女が陛下を呼びに行ってくれる。
フェリクス陛下は、あまり待つこともなくやってきた。
「顔色も大分よくなっているな。体調はどうだ?」
「かなり良いです。フェリクス陛下、私はどのくらい寝ていたのでしょうか」
「二日、寝ていた」
「二日も……」
「あれだけの魔力を使ったのだ。それで済んで幸いだろう。明日まではゆっくりしていなさい」
良いのだろうか。迷う気配を見せる私に、陛下の目つきが鋭くなる。
「足りぬならもう一日、伸ばすだけだがーー」
「わ、わかりました。明日までこうしています」
「良い子だ」
陛下が柔らかく微笑まれる。
「では、名残惜しいが、あまり話していても体に障るだろう。何かあれば呼びなさい」
陛下と少ししか話をしていないのに、まだ体が本調子ではないのだろう。
私もそのあと、また眠ってしまった。
陛下との約束の期限を過ぎてからも、結局、あまり部屋から出ない生活を続けていた。
私の外出には、フェーグレーン国の騎士達がついてきてくれるので外出を止められることはないけれど、私がうろうろすると邪魔になるのがわかっておとなしくしている。
王城も無傷ではない。
半分ほどは瘴気を押さえる結界に取り込まれていたため、そちら側の損傷が激しいようだ。
なんでも、高濃度の瘴気に触れていた箇所の石材の硬度がもろくなっているそうだ。
早速修理の手配がされているらしい。
フェリクス陛下は日中は出かけておられるようで、不在がちだ。
毎回夕食を共にすることはないが、朝食は共にとっている。
そんな退屈を持て余している私に、面会の申し込みがあった。
驚くことに、宛名はシーンバリ伯爵令嬢だった。
フェリクス陛下に相談すると、私の好きにしたら良いとのことである。
了承すると、後日王城の一室を借りてお会いすることとなった。
約束の日。
部屋に入ると、シーンバリ伯爵令嬢は既に待っていた。
記憶よりもやつれている。
美しかった金髪は、銀色に変わったままだ。
「本日は、来てくださって、ありがとうございます」
立ち上がり礼をする姿は美しい。
きっと、まじめに王太子妃教育に取り組まれていたのだろうと思う。
「いえ、私も聖女様のことを心配しておりましたので、こうしてお姿を拝見でき、とても嬉しく思います。
もう、お加減はよろしいのですか?」
「はい。これでも、かなり調子は良いのです。
それと、今日は聖女ではなく私個人として参りました。少々込み入った話もしますが、そのつもりでお聞きください」
「かしこまりました」
シーンバリ伯爵令嬢の希望で、侍女たちにはお茶を入れた後、部屋の外に出るよう指示される。
フェーグレーン国の騎士には、残ってもらっている。
それが、フェリクス陛下の出した条件でもあり、シーンバリ伯爵令嬢も気にした様子はない。
「ロセアン様。本日は、どうしても直接お礼をお伝えしたくて参りました。
この度は、私とこの国を救ってくださりありがとうございました」
「私は、私にできることを行っただけです。
聖女様にとっては越権行為だと感じられたかもしれません。
もしそう思われているとしたら、申し訳なく思います」
「そんなことはありません!
私とこの国を救ってくださったのは間違いなくロセアン様です。
本来なら、私に聖女と名乗る資格はないのです。
私のことは、どうか名前でお呼びください」
「かしこまりました。では、シーンバリ様とお呼びします」
そう言うと、シーンバリ伯爵令嬢は了承の返事をした。
「あの時、あの場所で、ロセアン様が私に浄化をかけてくださらなければ、私は魔力の使いすぎと体内に取り込んでいた瘴気により命を失っていたでしょう」
「倒れていらっしゃる方を治療するのは当然です。
それに、あの場でシーンバリ様が結界を張っていらしたから、国内の被害が押さえられていたのだと思います」
実際、あそこでシーンバリ伯爵令嬢が結界を張っていなかったら、最終的に瘴気の浄化はできたとしても王都の住民にはかなりの被害が出ていたと思う。
けれど、私の言葉にシーンバリ伯爵令嬢は驚いた顔をして、そして泣きそうに顔をゆがめた。
「シーンバリ様?」
私の呼びかけに、シーンバリ伯爵令嬢は立ち上がると、その場にひざをついた。
「ロセアン様にお伝えしたいのは、感謝の気持ちだけではありません。
私は、今までどれだけロセアン様がこの国のために身を削られていたのか知りもせず、不当に聖女の地位を奪いました。
どうか謝罪をさせてください。本当に申し訳ありませんでした」
「聖女様が、何をおっしゃっているのです」
「いいえ。違うのです」
私はシーンバリ伯爵令嬢の側により、ひざまずいた。
シーンバリ伯爵令嬢は驚いた顔をすると、とうとう、その瞳から涙をこぼした。
そして、これまであったことを話し出した。
それはシーンバリ伯爵令嬢がアルノルド殿下に一目惚れしたところから始まり、長年に渡る魔法陣の開発。
そして、伯爵領での事故が仕組まれたものであったということ。
私に代わり、聖女となった後の話――。
正直、信じられない話ばかりだった。
けれど、それを嘘だと断定できるほどの情報を私は持っていない。
それに、浄化の魔法陣があのようになってしまった経緯は、私には納得できることだった。
「それなのに、今回帰国し、全てを浄化してくださったこと、本当に感謝しています。
私が命をかけても、あの瘴気を浄化しきることはできませんでした。
ありがとうございます。
そして、本当に申し訳ありませんでした」
シーンバリ伯爵令嬢の謝罪と告げられた真実が衝撃的で、私はすぐには言葉が出てこなかった。
自分の力が足りなかったから起きたと言われた事故。
うまくいっていなかったとはいえ、婚約者からは婚約破棄を告げられ、遠方の地へとお金と引き換えに売られるように派遣されたこと。
そこでフェリクス陛下と出会うことができたとはいえ、あの事故が仕組まれたことだと知って、すぐに全てを消化して飲み込むことは難しかった。
今はまだ、正直なところ、どう受け止めて良いかわからない。
だから、そのままの気持ちを伝えることにした。
「私には、まだ、シーンバリ様からの謝罪をどう受け取るべきか、気持ちが整理できません」
シーンバリ伯爵令嬢は、神妙な顔で頷く。
「私を許せないのは、当然のことかと思います。
私からお伝えしたかったことは、以上になります。
今日はお呼び立てして申し訳ありませんでした」
シーンバリ伯爵令嬢はもう一度頭を下げる。
「真実を話してくださったことは、感謝致します。
シーンバリ様もお立ちください」
私は立ち上がると、シーンバリ伯爵令嬢に手を差し出した。
シーンバリ伯爵令嬢もためらった末に、私の手をとると立ち上がる。
「どんな経緯があろうと、シーンバリ様、あなたは聖女の地位に就かれました。
そして、色々と間違ったことを積み重ねられたかもしれませんが、最終的には、聖女として、このようになるまで王都の民を守ろうとなさったのです。
その点は、どうか、ご自身を認めて差し上げてください」
「ロセアン様……」
「それでは、私は失礼致します」
再び涙が止まらなくなったシーンバリ伯爵令嬢を置いて、私は退室した。
外に控えていた侍女には、もう少ししてから中に入るように告げ、部屋に戻った。