36.売られた聖女は使者と会う
宰相の言葉通り、マリーにはすでに指示が通っていたようで、部屋に戻るとマリーは準備万端で待っていた。
ちなみに、襲撃があった客室は私が落ち着かないだろうからと、滞在している客室も変わっている。
用意されていたドレスはエヴァンデル王国風の装飾を取り入れながらも、全体的にはフェーグレーン国風の形をしていた。
『私がこちらで受け入れられている』ということを示そうとしてくれているフェリクス陛下たちの思いがうれしい。
支度が調うと、そう待つことなく呼び出しの者がエーリク事務官と共にやってきた。
三人で会談の行われる部屋へと向かう。
「セシーリア・ロセアン様がいらっしゃいました」
取り次ぎを行ってもらい中に入ると、まだ使者は来ておらず、中にはフェリクス陛下だけがいらっしゃった。
案内されるまま、陛下の隣に向かう。
「同席をお許しくださりありがとうございます」
「セシーリア嬢が望むのなら、よほどのことでない限り私は妨げることはない。それにエヴァンデル王国側の希望でもある」
陛下を見上げると、どこか普段よりも不機嫌な様子だ。
だが、私にかけられる言葉は優しく、その不機嫌のもとは、これから行われる会談にあるのだろうと察せられた。
「ドレスをありがとうございます。私のために用意してくださっていたと伺いました」
教えてくれたのはマリーだ。
「ああ。よく似合っている」
そうして話していると、使者がエヴァンデル王国の使者の訪れを告げた。
陛下が許可を出し、使者が入室する。
使者は、エヴァンデル王国での王太子妃教育で、何度か顔を会わせたことのあるオルヴァー・カールソン伯爵だ。
四十代だったかと思う。話したことはないが、エヴァンデル王国の王太子殿下からは交渉の達人だと聞いていた。
カールソン伯爵は陛下の隣にいる私を見てわずかに片眉をあげたが、すぐに取りつくろうと陛下に礼を取る。
「フェーグレーン国の国王陛下におかれましては、ご機嫌うるわしゅうございます。
本日は会談の場を設けてくださり、感謝いたしますぞ」
「使者殿のたっての願いだ。話だけは聞こう」
「かたじけなく存じます」
そしてカールソン伯爵から語られたのは、私に一時の帰国を願う言葉だった。
私の後に聖女となったエミリ・シーンバリ伯爵令嬢が体調を崩しているそうだ。
「聖女殿は、前聖女殿を呼び戻すほどに体調がお悪いのか」
フェリクス陛下の言葉に、カールソン伯爵は悲しげな表情を浮かべる。
「原因不明と伺っております。ですが、周囲がどんなに勧めてもおつとめを放棄されることもなく、婚約者でもあるアルノルド殿下が心配なさり、少しでもシーンバリ伯爵令嬢を楽にするためにと、ロセアン嬢に一時帰国を願いに参りました」
「カールソン殿の言葉を疑うようだが、本当に一時帰国か?
フェーグレーン国は、ロセアン嬢をこちらへお招きするのに、大金を払っている。
万一ロセアン嬢が帰国し戻ってこなければ、エヴァンデル王国はわずか数ヶ月の聖女の貸し出しで、大金をもうけたことになるが」
「失礼ですが、ロセアン様は、元・聖女でございましょう。
それに、ロセアン様に願うのは、あくまで一時帰国であって、決してそのような詐欺のような真似はいたしませんぞ」
カールソン伯爵が、フェリクス陛下の言葉を訂正する。
「ああ、今の聖女殿は、そのロセアン嬢よりも能力が高い、という話を聞いている。
だったら、なおのことロセアン嬢の力など、不要ではないのか?
この国で、ロセアン嬢が成したことを思えば、なおのことそう思うのだが」
「ロセアン様が成したこと、でしょうか。
それは何か、お伺いしてもよろしいですか?」
「もちろんだ。隠さずとも、きっとこの王宮で誰に尋ねても同じようなことを聞くことができるだろう。
ロセアン嬢は、一日で数十人の騎士に対し浄化と治療を施し、この数ヶ月で我が国の騎士団の絶大な信頼を勝ち取った。
国内で魔獣が発生した際も、私と騎士団と共にそちらまでおもむき、村人に治療を施し、原因の除去にも絶大な力を振るってくれている。
その上、相手が誰であろうと分け隔てなく接し、その貴重な力を存分に振るってくれた。この国にとっては、まさに聖女という働きだった。
新しい聖女殿は、そのロセアン殿以上の能力をお持ちなのだろう?」
「そのようなことを、ロセアン様が成されたのですか?」
カールソン伯爵は、驚いて私の方を見ている。
フェリクス陛下は、重々しく頷いた。
「だからこそ、この要請をエヴァンデル王国が我々に詐欺を仕掛けているのではないかと疑ったのだ」
「陛下のご懸念はわかりました。
ですが私も王太子殿下から、必ずロセアン様にご帰国いただくようにと言われております。
私の誓いにどれほどの価値を持って頂けるかはわかりませんが、誓って詐欺のような真似はいたしません」
「それを私に信じろというのか」
カールソン伯爵は、頭を下げる。
数秒の後、体を起こすとそのまま言葉を続けた。
「それに、陛下はご失念されているようですが、契約書には、ロセアン様の派遣は『双方の合意のもとに行われる』との文言があったはずでございます」
「ほう、使者殿は私を脅迫するのか」
「滅相もございませんとも」
「私も、もちろん、その文言は記憶している。
だが、だからといってロセアン嬢を返せといわれて簡単に返すと思うのか」
「では、ロセアン様に問いましょう。
こちらで随分大切にされているようですが、久々にご家族にもお会いしたいのではないですか?
このまま二度と会えなくなるかもしれませんよ」
まるで家族を人質にするかのような言葉に、私ではなくフェリクス陛下の方がカールソン伯爵を威圧する。
カールソン伯爵は、意図の読めない笑顔で私を見つめている。
私はその目を見つめ、答えを返した。
「家族は、私のことを信じてくれるでしょう」
「そうですか。そういうことでしたら、今日は出直しましょう。また明日、説得のお時間をいただくことはできますか?」
「どう言われても私の気持ちは動かぬが、機会を与えることくらいは許そう」
「では、また、明日、お伺いします」
「それがよいだろうな」
そうして、会談は終わった。






