35.売られた聖女は後始末をする
あの襲撃の事件から、十日ほどたつ。
この期間に、事件のあらましがわかり、停滞していた出来事が一気に片付いていった。
まず、陛下はまるで何事もなかったかのように、事件の翌日にはご快復された。
私はというと、陛下を治療した後、翌日は魔力切れの症状が出たものの、休息をとり二日も経てばもとのように動けるようになった。
回復すると同時に、浄化と治癒の魔術も元通りに使えるようになり、問題はなくなった。
体を休めている間に、陛下に毒を盛り、私を襲撃した人たちに指示を出していた人が判明した。
想像はついていたが、レンネゴード卿とその娘のマルティダ嬢が犯人であった。
マルティダ嬢は単純に陛下と親しくしている私が邪魔だという理由で、レンネゴード卿は夜会で恥をかかされたことの逆恨みが理由だった。
襲撃計画は、ヤコブソン隊長のようにレンネゴード卿に恩があったり弱みを握られたりして逆らえないものたちに指示して行われた。
陛下に毒が盛られた件に関しては、娘のマルティダ嬢は関わっていないそうだ。
だが、レンネゴード卿は、陛下を殺すつもりだった。
ヤコブソン隊長は、レンネゴード卿が娘を陛下の妻とし実権を握るという野望を持っていると言っていたが、実際には違っていたのだ。
陛下からマルティダ嬢との婚姻の可能性をはっきりと断たれたことで、レンネゴード卿は娘の輿入れを諦め、陛下を殺し直接権力を握る方向へ舵を切っていたようだ。
それを裏付けるように、レンネゴード卿の屋敷からは毒と指示書が見つかっている。
毒は体が弱り周りの瘴気を集め自然に亡くなったように見せるもので、指示書は昨年、辺境への任務に就いている第五隊の手下へ宛てたものだった。
フェリクス陛下に毒を飲ませることも成功していたが、陛下に毒を盛ったのが瘴気が豊富な辺境だったために、陛下が思った以上に瘴気を取り込んでしまい、私がここへ来た時の状態になってしまったということらしい。
今回陛下に盛られた毒も、前回の時のあまりを保管していたものだったと聞いた。
それを聞き、私は、なぜ治療の際に、フェーグレーン国に到着し陛下を治療したときと同じような感じがしたのかということにも納得がいった。
それらの罪を犯したレンネゴード卿と、他国の王族を害そうとしたマルティダ嬢は、すべての話を聞き出した後に斬首が決まっているという。
今は死刑囚の入る牢に、二人はそれぞれ分かれて入れられていると聞いている。
そうして、一応の決着がついてから、私は第五隊の浄化任務を終わらせた。
三分の一ほどの人数が不在だった。
つまり、それだけの人間がレンネゴード卿の配下だったということらしい。
ヤコブソン隊長も不在だった。
退団したという。
彼は陛下の毒殺には関わっていないそうだが、そのまま第五隊の隊長として残るわけにもいかず、退団し故郷へ戻るそうだ。
第五隊に所属しているが、今回の件に関わっていない騎士たちからは、謝罪を受けたり、体調を気遣われたりした。
私が聞いて差し支えのない話は、ほぼ、宰相が教えてくれた。
あれからエーリク事務官を通じて時々呼び出されるようになり、話をするようになった。
それ以外の時間は、黄鈴草の生育と、私の魔力を調査することに使っている。
午前中は外に出て、午後からはパルム先生の医務室に向かう毎日だ。
それ以外に変わった点といえば、ほぼ毎日、陛下と共に夕食を頂いていることだろうか。
まだ言葉にして伝えていないが、私の気持ちは固まっていた。
フェリクス陛下とは、夕食を共にしているが、そこでは話が盛り上がってしまい、なかなか告白をするような雰囲気にならず、伝えるタイミングを掴めないでいた。
そんなある日のことだった。
トルンブロム宰相から呼び出しがあった。
至急ということなので、エーリク事務官と共に宰相の執務室へと向かう。
執務室へ入ると、宰相は難しい顔をして書簡を読んでいるところだったようで、その手に握られていた。
「お呼び立てして申し訳ありません」
「大事な話があると伺いましたが、どのようなことでしょうか」
「落ち着いて聞いてください」
トルンブロム宰相の前置きに、何を言われてもいいように、覚悟を決める。
「エヴァンデル王国から、先ほど使者が到着しました」
エヴァンデル王国という言葉に、思わず息を飲む。
「陛下への謁見は無事に終わりましたが、できるだけ早く、陛下と個別に話をされたいということで、本日陛下との会談の場が設けられました
使者殿はロセアン様の同席も希望しておられますが、いかがされますか。
陛下としては、ロセアン様のお気持ちを一番に、とのことです。私もおおむね同意見ですね。
もし、お断りされても、会見とは別で、ロセアン様がご希望なさるようであれば会う機会を設けることも可能です」
どこまでも私の意見を尊重してくれようとしてくれる言葉に、私の気持ちは決まっていた。
家族から届いた手紙のこともあり、やはり、あちらの状況を知っておきたい。
「私もその会談に同席させてください」
「そう、ですか。いえ、ロセアン様ならそう答えるだろうとは思っておりました」
トルンブロム宰相は続ける。
「謁見は、夕刻の時間帯に組んでいます。
それまでに、ロセアン様は支度をしてください。
マリーにはすでに指示をだしています。パルム医師の元へはこちらで連絡をしておきます」
「支度ですか?
私は、別にこのままでも――」
「いいえ。是非着飾って頂く必要があります。
使者殿に、ロセアン様がいかにこちらで尊重されているか、見せつけておく必要がありますからね」
トルンブロム宰相の言葉の圧に、それ以上の反論はできず私は頷いたのだった。