29.売られた聖女は診察を受ける
私が倒れた翌日。
一晩休んだからか、昨日の不調が嘘のように回復していた。
診察に来たパルム先生は首をかしげていたけれど、元気になったのならと、今日一日安静にすれば明日から通常の生活を送ってよいとの言質を得ている。
今のところ昨日のお菓子とお茶からも毒は見つかっていないそうだ。
だからこそ、一日様子を見るだけで許されたのかもしれないけれど、私は寝台の上で退屈を持て余していた。
「昨日の不調はなんだったのかしら」
「ロセアン様は、騎士団のお仕事や他にも色々たずさわっておられると聞きます。
働きすぎだったのではないのでしょうか」
「そんなことはないわよ。故郷にいた頃は、毎日三、四割の魔力は必ず使っていたの。
使っている魔力量だけで言えば全然楽をしているわ」
「あれだけのことをなさって、楽をしているとおっしゃるなんて、さすがはロセアン様ですね」
「マリーは、ほめ上手ね」
話をしていると、マリーが不自然に体をかばっているのに気がついた。
「マリー、どうしたの?」
「朝からめまいがして、その時に体をぶつけてしまったのです。ロセアン様がお気になさるほどのことではありません」
治癒の魔術を使うつもりで寝台から起き上がると、マリーは首を横に振った。
「ご療養中のロセアン様にそのようなことをして頂くことはできません」
「もう元気なのだし、大丈夫よ。
いつもよくしてくれているマリーが痛そうにしていると心配だわ」
「そのようなことはございません。ご心配をおかけしてしまい、申し訳ありません。
本当に、それほどのことではありませんから」
「でも私が気になるの」
じっと見つめると、マリーのほうが折れてくれた。
「……でしたら、お願いします」
そして、魔力を込めようとしたところで、それに気が付いた。
――魔力が、集まらない。
私の中に魔力はあるのに、そこから魔力を引き出そうとしても、できないのだ。
たとえば、水を手ですくっても指をひらけば、その指の間から水がこぼれてしまうように、使うことのできる魔力は私の内側に確かにあるのに、外に引っ張ってもすり抜けていってしまうのだ。
「ロセアン様?」
そのまま固まる私に、マリーが怪訝な顔をしている。
「なぜ……?」
「どうなさったのですか?」
「……治癒の魔術が、使えないみたい」
「そ、それは本当ですか!?」
驚きを隠せないマリーに、私は茫然とうなずいた。
マリーも一瞬茫然とした顔をしたが、すぐに事態を把握したようだ。
私をしっかりと見つめると、ゆっくりと言い聞かせるように言葉をつむぐ。
「私はパルム医師を呼んでまいります。ロセアン様は、こちらにいらっしゃってください」
マリーは迅速に行動した。
人を呼べるような格好に私を着替えさせると、椅子に座らせ、いつの間にかパルム先生を呼びに行っていた。
パルム先生の診察はすぐに終わった。
「どうやら何らかの原因で、ロセアン様の魔力が乱れておられるようです。
ですので、普段通りに魔力を扱えなくなっているのでしょう」
まだパルム先生の言葉を受け止め切れていない私に変わって、マリーが尋ねる。
「そんな……、もとに戻るのでしょうか?」
「おそらくは一時的なものだと思われます。
魔力が消えたわけではありませんから、魔力の乱れが落ち着けば元の通りになられるでしょう」
「原因はわからないのですか?」
「はっきりとしたことは、なんともわかりません。お力になれず申し訳ありません」
肩を落とすパルム先生に、私は首を振る。
「……いえ、一時的なものだと聞いて、少し心が軽くなりました」
そう伝えるが、パルム先生は難しい表情のままだ。
「何が原因かわかりませんので、それまではお部屋にいらっしゃってください。
宰相閣下には私がご連絡にいきましょう」
頭を下げると、パルム先生は辞去の言葉を残して戻っていかれた。