28.売られた聖女は第五騎士隊の治療に向かう2
治療をはじめて一時間経った頃だろうか。
そう多くの人数に浄化も治療も行っていないというのに、時間が経つにつれて、どんどん気分が悪くなってきていた。
「……これで、大丈夫です。次の方をお願いします」
「ありがとうございます」
そういって浄化と治療を終えた騎士が出て行く。
「少し休憩をいれましょうか?」
「では、次の方が終わられたら、お願いします」
エーリク事務官にも私の不調が伝わってしまっているようで、休憩を提案された。
いつもならこの人数で休憩を入れるほど疲れたりはしないのに、何かがおかしかった。
原因を考えようと思ったところで、次の騎士が入室してくる。
貴重な時間を割いて来てもらっているのに、待たせるわけにはいかないと、不調を押し隠してなんとか浄化と治療を行う。
治療した騎士に、次の人には時間を置いてくるように伝え、退室してもらったところで、気が抜けたのと、込み上がってくる気持ちの悪さにその場にうずくまった。
「ロセアン様!?」
「……だいじょうぶです」
なんとか答えるけれど、全然安心できる回答ではないだろう。
「ご不調でしたら、無理はなさらず休まれてください」
同席している第五隊の騎士の心配がにじむ言葉に頷いた。
けれど、移動しようとしたところで、視界が黒く染まっていく。
『倒れそう』と思ったのが、最後の記憶だった。
気がつくと、見慣れた医務室の寝台の上だった。
どうやら意識をなくして運ばれてしまったらしい。
寝台の仕切りには全てカーテンが張られている。
小さく抑えられているが、カーテンの向こうから話し声が聞こえており、それで目を覚ましたようだ。
「——では、同じものを食べたエーリク事務官には、異変はないのだな?」
「僕は今のところ何もありません。あの、本当に毒なのでしょうか……」
「調べてみないことにはなんともわかりませんね」
フェリクス陛下の声に、エーリク事務官とサムエル医務官の声もする。
『毒』という言葉に意識が覚醒する。
だが、どうやらエーリク事務官は無事なようだ。
ならば、可能性として話題に上がっただけなのかもしれない。
私が倒れてしまったばかりにそのようなことを心配させるなんて、申し訳ない気持ちになる。
目は覚めたものの、体調は全くと言っていいほど回復していなかった。
倒れる前に感じていた気持ちの悪さは一向によくなっていない。
せめて目が覚めたことを伝えたいのに、力が入らず身じろぎさえ今は無理そうだった。
「俺としては、身内をあんまり疑ってほしくないが、だからといって確認もせず擁護はできねぇ。
今、第五騎士隊にはロセアン嬢に提供した飲食物を提出するように伝えてあるから、もうすぐここに運ばれてくるはずだ」
「使用された皿やカップに毒が塗られている場合もありますけれど、そちらは?」
グルストラ騎士団長に、サムエル医務官が尋ねている。
「一応洗ってなかったらそれも持ってくるように伝えているが、ロセアン嬢が倒れるまでに時間も開いているし、期待しない方が良いだろうな」
「そのことですが、給仕の際に、僕も配膳を手伝っているのです。
確実にロセアン様を狙うものであれば、その方法では不確実すぎる気もします」
「そうか。それなら、食べ物から何か見つかる可能性も低い、か」
フェリクス陛下が続ける。
「提出された飲食物は王宮のパルム医師に解析を頼むつもりだ」
その声に、グルストラ騎士団長とサムエル医務官が答えている。
「そこら辺は陛下に任せる」
「かしこまりました」
しばらくの間の後、再び陛下の声がした。
「では、グルストラ騎士団長は、第五騎士隊の騎士がきたら、共にパルム医師のもとに向かってくれ」
「わかった」
グルストラ騎士団長が返事をする。
「では、エーリク事務官は宰相のもとに報告にいき、サムエル医務官は通常業務に戻るように」
「ロセアン嬢は?」
「私が連れて帰る」
言葉と共にフェリクス陛下であろう気配が近づいてくるのがわかり、私は思わず目を閉じた。
『失礼する』という言葉と共にそっとカーテンが開けられた。
「セシーリア嬢、起きているか……?」
心配げな陛下の声におそるおそる目を開くと、心配げな表情の陛下と目が合った。
「よかった、気がついていたのか。具合はどうだろうか?」
口を開こうとしたが、口の中がカラカラだった。
声を出すことをあきらめ、ゆっくりと首を横に振る。かすかにしか動かなかったが、陛下にはそれで十分だったようだ。
「そうか。ここではゆっくりと休むことはできないだろう。
部屋に送っていこうと思うが、歩くことはできそうか?」
その答えにも、少し考えて首を振った。
「ならば、しばし我慢してもらうことになるが、私が抱えて戻ろう」
騎士団の医務室に泊まるわけにはいかないだろう。
陛下の申し出を断れば、夜までにどうにかして自力で客室まで戻らなければならなくなる。
そんなことは、とても無理そうだった。
申し出に頷くと、フェリクス陛下はその表情に少しだけ安堵をにじませた。
「では、失礼する」
陛下の介助のもと体を起こすと、横抱きに抱えられた。
フェリクス陛下は私を抱えていても安定感があり、歩みも安定している。
「きつかったら、目を閉じていなさい」
気がつくと私は陛下の腕の中で再び眠ってしまっていた。