27.売られた聖女は第五騎士隊の治療に向かう
夜会が無事に終わってから、数日が経つ。
レンネゴード家の父娘は一旦は牢に入れられたものの、今は屋敷での謹慎に切り替えられたそうだ。
本当はもう少し重い罰が検討されたそうだが、私が減刑をお願いしたこともあり、大臣の職を解かれた上での謹慎で落ち着いたと聞いた。
夜会の翌日は休みをもらっていて、その翌日から騎士団の業務と私の能力の検証に戻っている。
私はたまに意見を聞かれるだけとなったが、黄鈴草の検証も順調のようだ。
夜会で、宰相より釘を刺されたが、私の気持ちは相変わらず整理がつかないままだ。
悩むばかりでは仕方がないので、私もまずはできることから片付けていくことに決めた。
午前中、騎士達の浄化と治療が一段落した後、エーリク事務官が管理をしている名簿を借りる。
やはり、第五騎士隊と第六騎士隊の名簿が埋まっていない。
魔の地に遠征に出かけている第六騎士隊はしかたがないとしても、第五騎士隊は前回の遠征担当だと聞く。
夜会で何人か気になる人も見かけたから、早く浄化と治療をしたいところだった。
「名簿をありがとうございました」
「どういたしまして」
「第五騎士隊の皆様は、まだいらっしゃらないのですね」
「グルストラ騎士団長も大分厳しく言われているそうですが、自分たちの体のことは自分たちがわかっているからと従う様子がないそうです。このままだと、何らかの処罰がくだる可能性もあります」
「そうですか。調査の方はいかがですか?」
「……それが、あまり進捗は出ていません」
エーリク事務官は肩を落とす。
そこで、私は考えていたことを口に出した。
「でしたら、私が第五騎士隊の皆様のところに行ってみようと思います」
「え、ロセアン様、ご自身がですか?」
「はい。まれに浄化で体が驚いて倒れる方もいらっしゃるので、寝台がある医務室を使わせて貰っていますが、第五騎士隊の皆様はこちらにいらっしゃるのがお嫌のようです。
もし第五騎士隊の方でそのような方が出られたら、第五騎士隊の方にこちらまで運んでいただきます」
「ですが、ここに第五騎士隊を来させるのも騎士団長の仕事です」
「待っていても医務室にいらっしゃらないのなら、私が出向けば良いと思いませんか?」
「ですがそれは……」
「もちろん、第五騎士隊の方に、断られれば諦めます」
エーリク事務官が考え込むように黙った。
「ダメですか?」
「……正直、良い案だとは思います。でも、僕の一存では決められないので、一度宰相閣下と騎士団長に相談させてください。
任務もありますので第五騎士隊への日程の調整も必要だと思います」
「そちらはお任せします」
「宰相閣下からの許可が下りなければ、諦めてくださいね」
「もちろんです」
頷くとエーリク事務官の方が諦めた顔をしながらも承知してくれた。
意外なことに、あっさりと宰相閣下と騎士団長の許可は下りた。
数日後に第五騎士隊は騎士団の建物内での内勤業務があるので、その日に伺うこととなった。
当日。
一旦は医務室に出勤し、それから第五騎士隊の執務室へと向かう。
「それでは、行って参ります」
「どうか、お気をつけください」
心配そうなサムエル医務官に見送られて、エーリク事務官と共に第五騎士隊の待つ部屋へと出発した。
騎士隊にはそれぞれ、この建物内で部屋が割り当てられているそうだ。
向かうように言われたのは、第五騎士隊の執務室だ。
「失礼致します」
エーリク事務官が取り次いでくれて、第五騎士隊の執務室の中へと入る。
中は広く、班ごとに執務机が準備されていた。
一定の単位で机が寄せられていて、その机の半数ほどに騎士達が着席し仕事をしていた。
取り次ぎに出てくれた騎士の案内の元、執務室を通り、応接室へと通される。
待たされることなく、すぐに黒髪のクリストフェル・ヤコブソン隊長が入室してきた。
以前食堂で見かけた通り、騎士団の中では小柄な方だが、その雰囲気は抜き身の剣のように鋭いものがあった。
ヤコブソン隊長は無表情を崩し、薄く笑みを浮かべ私たちを歓迎してくれた。
「よくいらしてくださいました。クリストフェル・ヤコブソンです」
「セシーリア・ロセアンです」
「事務官のエーリクです」
挨拶の後、ヤコブソン隊長は私たちに着席を促す。
ヤコブソン隊長が席に着くと、まだ年若い騎士がお茶とお菓子を出してくれた。
エーリク事務官が給仕を手伝い、私の前にシンプルなティカップと、お菓子が並ぶ。
「こちらは私の故郷のお菓子と部下の地元のお茶になります。ロセアン殿がいらしてくださるということで用意しました。
ロセアン殿は甘い物がお好みだとか。きっとお口に合うでしょう。どうぞお召し上がりください」
そう言われると、口をつけないのも失礼にあたるだろう。ヤコブソン隊長は神妙なお顔で私たちを見守っている。
「では、いただきます」
エーリク事務官と共にお茶とお菓子をいただいた。
お茶は薄い水色で、知らない花の香りがした。
お菓子の方は、こんがりと焼き色がついていて、クッキーよりも厚めのものだった。
味のほうは外見通りの素朴な味で、生地に混ぜ込んであるのか木の実のような風味がする。
「おいしいですね」
私の感想に、ヤコブソン隊長は少しだけ微笑んだ。
「お気に召していただいて嬉しいです。小さい頃、私もよくその菓子を食べていました。
今日は私の隊のためにわざわざいらしてくださって感謝します。
一日で全員は無理でしょうから、何日かにわけてお願いすることになると思います。
本日は、出勤している騎士たちをよろしくお願いします」
「かしこまりました」
そして、本日の浄化と治療の進め方を説明する。
医務室の時と同じで、ここに騎士を一人ずつ呼んでもらい、浄化と治療が終わればその人に次の人を呼んでもらう形で進める。
もし具合が悪くなる人がいれば、状態にもよるけれど、その人は医務室に第五騎士隊の人たちで運んで貰うことになる。
ヤコブソン隊長はうなずき、第五騎士隊からも一人立ち会うことを提案された。
私の方では第五騎士隊の皆様に問題がないのならば、立ち会いは問題がない。
そうして、細々としたことを決めて、治療を始めた。