26.売られた聖女は夜会に向かう4
大臣たちが騎士たちに連れられて行ってしまうと、フェリクス陛下が振り向かれ、改めて私に謝罪を述べられる。
「セシーリア嬢、我が国の者が不快な思いをさせ申し訳ない」
「私の方こそ、かばっていただきありがとうございます。
しかし、私はエヴァンデル王国の王族に連なるといえど、その血は濃くはありません。
そのことをご一考くださればと思います」
「ご配慮感謝する。だが、だからといって許されることではない。
この件については、こちらに任せて貰おう」
フェリクス陛下の声は、断固としたものを含んだものだった。
陛下は私に歩み寄ると、手を取った。
「だが、このことで、我が国を嫌いにはならないでほしいと思う」
「もちろんでございます」
私が答えると、夜会の会場の雰囲気から張り詰めたものが抜けていった。
陛下はあたりを見回すと声を張り上げる。
「さて、少々騒がせた。問題はないので、皆は引き続き夜会を楽しんでくれ」
そして、夜会は再開された。
騒ぎが落ち着きしばらくすると、フェリクス陛下は私の手を引き、夜会の会場を抜け出した。
連れてこられたのは、夜会の客向けに用意されていた休憩室の一つだった。
こじんまりとした部屋だが装飾は豪華で、もしかしたらフェリクス陛下だけのために準備されていたのかもしれない。
長椅子に二人並んで座る。
「抜け出してよろしかったのですか?」
「ああ、しばらくは持つはずだ。セシーリア嬢も小休止をいれたほうがよいだろう」
確かにまだ夜会は続くのだ。色々なことがありすぎたために、この休憩は嬉しかった。
「先ほどはすまなかったな」
「もう気にしておりませんので、これ以上の謝罪は不要です」
「そういってくれるとありがたいな」
陛下は私の感情を推し量るようにじっと見つめた後、ふと表情をゆるめた。
「ところで、あちらでは、何も食べることはできなかっただろう?
私は何か口にしておきたい。軽いものを少し用意させようと思うが、セシーリア嬢はいかがする?」
「私もお願いいたします」
頷くと、陛下が控えていた従者に命じ、一口サイズの料理が何種類か盛られている皿がいくつも運ばれてくる。
どの料理も種類が違い、サイズも小さくて可愛らしい。
一緒に、こちらで好んで飲んでいる飲み物も運ばれてきた。
フェリクス陛下が遠慮なく料理に手を伸ばされるので、私も食べたいものを選びやすい。
いくつかの料理を口にすると、だいぶん空腹も紛れてきた。
フェリクス陛下は、一通り料理を召し上がると、長椅子にゆったりと背をもたせかけた。
人心地つくと、今度は中座した夜会の会場のことが気になってくる。
お化粧を直しに一旦席を外し、戻ると陛下に手招きされた。
再び元の位置へと座ると、私はまだ戻る気配のない陛下に話しかけた。
「夜会に戻らなくてもいいのですか?」
「そうなのだがな、私がセシーリア嬢との時間をもう少し楽しみたい」
言葉に詰まる私に、フェリクス陛下は楽し気に喉の奥で笑うと、その手を伸ばした。
陛下のあたたかい手が、私の指先を軽く握り込む。
「緊張が取れぬか?
少し冷えている気がする」
そのまま、陛下の指が私の手の形を確かめるようになぞっていく。
くすぐったくて、手を引こうとするけれど、陛下の力は案外強い。
「フェリクス陛下……?」
「どうした?」
見上げると、陛下の瞳が楽しげに細められている。
私の反応がそんなに面白いのだろうか。
表情に出たのか、陛下の手が離れ、頬の輪郭を指の腹でなぞられた。
「そう怒るな。手はあたたまっただろう?」
「それは、そうですけれど」
確かに陛下の言う通りだがどこか納得がいかなくて、その横顔を見つめる。
陛下には気にした様子はない。
「許されるならば、セシーリア嬢とずっとここでこうしていたいものだ」
それは、私も同じだった。
不意に陛下の反対側の手が、耳飾りに伸びる。
そして、そっと耳元を飾るサファイヤの宝石をすくい上げた。
「フェリクス陛下?」
「夜会の前にも伝えたが、よく似合っているな」
フェリクス陛下が、ゆっくりと私の方に身を乗りだす。
ダメだと思うのに、私は反射的に目を閉じてしまっていた。
「目を閉じてはならぬと言っただろう」
小さく笑う気配と共に、陛下に耳元でささやかれ、軽いリップ音が鳴る。
耳元で陛下の吐息を感じ、思わず目を開くと、陛下のお顔がすぐ近くにあった。
陛下の方は、どうやら耳飾りにキスをしただけのようだ。
私が固まっている間にゆっくりと陛下の体が離れていった。
動揺で固まる私に、陛下は満足げな笑みを浮かべていた。
「名残惜しいが、時間的にはそろそろ戻らねばならぬか。
セシーリア嬢が大丈夫というのなら、もう少し頑張ってもらおう」
フェリクス陛下は立ち上がると、まだ座ったままの私の手を取る。
そして、生地の上から手の甲へと軽く口づけた。
先ほどの耳飾りへのキスの方が衝撃が強く、私はぼんやりとその口づけを受け入れていた。
『さぁ参ろう』との陛下の言葉に慌てて立ち上がる。
真っ赤になっているだろう私を連れて、フェリクス陛下は夜会へと戻った。
その日、夜遅くまで夜会は続いた。






