25.売られた聖女は夜会に向かう3
宰相が喧嘩の仲裁に向かわれてから、エーリク事務官がステンホルム公とトーレソン公について話をしてくれた。
お二人は隣り合う領地で、特産物も生産量も同じくらいなため、いつも競っているらしい。
それが良い方向に働けば領地の発展につながるが、悪い方向に働けば今回のような騒動につながってしまう。
しかし、利の方が多いため、普段はできるだけ二人を鉢合わせないようにと手を回しているらしい。
今回のような夜会の場合は、いくら手を回してもどうにもならない部分があり、仕方がないのだとエーリク事務官は諦めた目をしていた。
エーリク事務官も、色々と迷惑をかけられたのかもしれない。
会場を見ながら、エーリク事務官は目に留まった人物についての話をしてくれた。
気がつくと、ステンホルム公とトーレソン公は宰相と共に別室に行ったのか、姿が見えなくなっている。
そうしていると、先ほどお会いしたばかりの派手な女性がまっすぐにこちらに向かって来られるのが見えた。
エーリク事務官が私をかばうように一歩前に進み出てくれる。
「レンネゴード様、なにか――」
「あなた、確か宰相閣下の所の人だったかしら。私、こちらのセシーリア嬢にお話があるの。邪魔しないでくださる?」
「ですが――」
「うるさいわね。平民ごときが私に話しかけるなといっているのよ」
レンネゴード嬢はエーリク事務官を鋭くにらみつけた。
先程フェリクス陛下とレンネゴード大臣が話をされていた時にも思ったけれど、父娘そろって難のある性格のようだ。
「エーリク事務官、レンネゴード様はお話にこられただけのようですので、大丈夫ですよ」
「……かしこまりました」
「ふぅん。あなた、平民にも優しいのね。私のことはマルティダで結構よ。その代わり、私もセシーリア嬢と呼ばせてもらうわ」
「承知しました」
私の返答に、マルティダ嬢は満足気に頷いた。
「さっきも思ったけど、そのドレスは少し斬新すぎるのではなくて?
ここでは、女性は肌を見せるものではないのよ」
確かに薄絹で覆われた私の腕は、目をこらすと肌がうっすらと透けて見えるかどうか、という感じだ。
マルティダ嬢は、黄金の髪が映える真紅のドレスで、袖口から覗く白い飾り袖がしっかりと指先まで覆い隠している。
けれど私のドレスも伝統的な形は崩しておらず、少しその素材を変えているだけだ。
会場に入った時も、そこまで嫌悪の視線は向けられなかったように思う。
「それにその色。陛下の瞳の色だわ。その色のドレスを身に着けるなんて、あなた、陛下からご自分が愛されているとでもいいたいの?
自意識過剰だわ」
そう言われても、これは陛下に頂いたものだ。
エーリク事務官や私への振る舞いから、そのことを告げればマルティダ嬢は激高するだろうとは察せられた。
マリーから事前にこちらの暗黙のルールについて色々と聞いてきたはずだが、さすがに国賓として出席する夜会でドレスについて文句を言われるとは思わず、この件については聞いていなかった。
考えた末に私は正直に告げることにした。
「こちらはフェリクス陛下より頂いたものです」
「なんですって!?」
大きな声をあげるマルティダ嬢に、まわりの視線が興味深い色を宿してこちらに向いた。
だが、興奮しているマルティダ嬢は気がついていないようだ。
「あなた、私を差し置いてそんなことが許されると思っているの」
「許される、ですか?」
「さっきも聞いていたでしょう。私は陛下の婚約者候補なのよ!
だいたい、あなた、そこの平民はかばうし、辺境の村まで騎士隊と共に出かけたんですって?
どうせ血筋もたいしたことがないのでしょう?
立ち居振る舞いから、貴族だろうとは思ってたけれど、もしかして、あなたも平民の御出身なのかしら。
だったら、なおさら私の言うことを聞いておとなしくしていればいいのよ!」
「いえ、私は――」
「私に、逆らうというのね」
訂正しようとしたところで、マルティダ嬢が手を振り上げる。
私は衝撃を覚悟して目をつぶった。
だが、衝撃は来ない。
おそるおそる目を開けると、目の前には、エーリク事務官が私をかばう背が見える。
そして、マルティダ嬢の手は、振り上げた姿勢のまま静止し、振り下ろされてはいなかった。
振り上げた手を、フェリクス陛下がつかんでいる。
先程、壇上で父娘に向けていたものよりも何段階か低い温度を宿す視線が、マルティダ嬢を射貫いていた。
「何をしようとしていた」
「あ……わ、わたくしは……」
地の底を這うような低い声に、フェリクス陛下の怒り具合が伺われた。
いつの間にかトルンブロム宰相も戻ってきている。
フェリクス陛下はやってきた近衛騎士にマルティダ嬢の身柄を預け、手を払った。
「娘が何か――?」
そこに、レンネゴード大臣が、大きな体をゆすりながらやってきた。
「ロセアン殿、これはどういうことですかな!」
近衛騎士にマルティダ嬢が拘束されているのを見て、フェリクス陛下とトルンブロム宰相もいるにもかかわらず、レンネゴード大臣の怒りが何故か私にぶつけられる。
思わず身をすくませたが、陛下が一歩前に出て、私をレンネゴード大臣の視線から隠してくれた。
「見当違いな怒りをセシーリアにぶつけるというのなら、レンネゴード大臣、そなたも娘ともども宮殿への立ち入りを禁じよう」
「陛下、そのような異国の女に入れあげたあげく、道理を失われるとは! 見損ないましたぞ!」
レンネゴード大臣が怒鳴り声をあげる。
宰相が大臣とマルティダ嬢に向かって声をかける。
「ロセアン殿は、陛下と私がお招きした大事なお客様です。
それに、どうやら大臣もお嬢さんも勘違いをしておられるようですが、ロセアン殿はエヴァンデル王国の王族の血を引くご令嬢です。
あなた方にそのように罵られるいわれはありません。
この宮廷で話題にもなっていましたし、知ろうと思えばすぐにわかったはずですが」
「え、そんな、まさか……!」
涼やかな声で告げられた宰相の言葉に、大臣とマルティダ嬢は顔色を青く変えた。
そこに陛下が低い声で続ける。
「セシーリア嬢のお父上はエヴァンデル王国の公爵閣下だ。
爵位を持っているのは彼女自身ではないし、招いた理由も彼女自身の浄化能力によるために、あえて吹聴する必要のないことだと思っていた。
そもそも、私が招いた客人に、こんな無礼な真似をする者がいるなどと思いもよらなかったからな」
「そ、そんな、知らなかったのです!」
「知っていたら、どうだというのだ」
陛下が、低い声で発した。
「今日の夜会だけでも幾多の無礼を重ね、あげくこのような事態を起こすとは、お前のようなものにとても大臣の職など任せられぬ。
レンネゴード公には、本日をもって職位を返上してもらう」
「へ、陛下、どうかお慈悲を!」
「私への不敬罪と、エヴァンデル王国の王族に連なるセシーリア嬢への侮辱罪に、目をつぶれというのか?
何様のつもりだ。そのようなことはできん。
早く大臣を拘束し、二人を牢へと入れろ」
近衛騎士はフェリクス陛下の指示に従い、冷静にレンネゴード大臣を拘束した。
騎士たちに命じるフェリクス陛下の声音は厳しい。
大臣がすがりつくように陛下を見ている。
マルティダ嬢は陛下の怒気をぶつけられ顔色を青くし震えていた。
「へ、陛下、申し訳ありません。どうか、どうか……!」
「謝罪をする相手が違うだろう。早く連れていけ」
「はい!」
悲鳴を上げる大臣に、陛下は冷たい声で近衛騎士に指示を出した。