23.売られた聖女は夜会に向かう
部屋に帰ると、泣いた跡のある私に、マリーが一瞬心配げな表情を浮かべた。
しかし何も言わずに迎え入れてくれる。
フェリクス陛下は私を送ると、執務に戻って行かれた。
部屋には、フェリクス陛下に頂いたロクムと自分で購入した他の品物が既に運ばれてきていた。
私はマリーにお茶の支度をお願いすると届いている荷物を見に行った。
日光が直接当たらない文机の側に積まれている。
頂いたロクムの入ったガラス細工だけ、文机の上に置かれている。中に入った桃色の飴が透けて見えていて美しかった。
町歩きも楽しかったのに、つい噴水の庭での出来事が思い出されてしまう。
あの時の陛下はいつにも増してきらめいて見えた。
(結局、家族からの手紙のこと、お伝えすることができなかったわ――)
眺めていると、マリーが控えめに声をかけてくれた。
「お茶の支度が整いました」
「ありがとうございます。そうだわ。マリーにもお土産があるの」
「私にですか?」
「そう。いつもお世話になっているからと思って」
そう言って、積んである荷物の中から、やや大きめの箱を取り出した。
中には色とりどりの布が詰められている。
「こちらでは、女性はスカーフを使っておしゃれをすると聞いたの。お菓子もあるから、マリーと他の侍女のみんなとで分けてください」
「まぁ、よろしいのですか?」
「ええ。いつもお世話になっているお礼だから」
「ありがとうございます。では、後で他の侍女と一緒に分けますね」
そういって、マリーは嬉しげに笑った。
お茶を飲みながら、夜会に出席することになった件も話して、こちらの儀礼などについても聞いておく。
やはり、エヴァンデル王国とは、いくつかの違いがあるようだ。
次の休みにドレスの採寸や夜会での立ち居振る舞いを教えて貰うことになった。
ダンスはこちらでは踊り子が招かれることが多いようで、自分たちで踊ることは少ないそうだ。
騎士団の騎士達の浄化と治療、私の能力の検証と並行して夜会の準備も行うこととなり、忙しいけれど、毎日、楽しい。
私の能力については、実験を重ねある程度のところがわかってきた。
わかったことは大きく二つ。
一つは、浄化の力を使いながら魔力を注ぐと、成長促進の効果があるということ。
もう一つは、そうして大きくなった植物はある程度私が操ることができるということだ。
植物にただ魔力を注いだだけでは何の効果もなく、操ることができるといっても、植物の葉や根を少し操作できるくらいで、地面から根を抜くとか、そういうことはできなかった。
検証していて思うけれど、あまり使いどころはなさそうな能力だ。
そうしているうちに、夜会の当日となった。
その日は朝からマリーを筆頭に侍女達に支度をしてもらう。
フェリクス陛下から届いたドレスは陛下の瞳を思わせる深い青の布地に銀糸と金糸で刺繍がほどこされていた。
形はフェーグレーン国風だけれど、エヴァンデル王国風のデザインも取り入れられている。本来なら袖口が大きく広がっているはずの部分を、薄絹を重ねた作りに変えてあった。
装飾品は豪華なネックレスが、耳飾りと共に届いていた。
ネックレスは幅広の金の地金に青い大きなサファイアがはめ込まれている。サファイアの周りには透明なきらめきを放つダイヤモンドが無数にちりばめられていた。
耳飾りは水滴型の大きなサファイヤがダイヤモンドに囲まれ、金の鎖につり下がっている形だ。
ネックレスだけでも見たことのないくらいの石の大きさなのに、耳飾りにつけられている石もかなりの大きさだ。
普段は髪色に合わせて銀色の装飾品を身につけることが多いけれど、ドレスにアクセントとして金糸が使われているので、トータルのコーディネイトとしても違和感はなかった。
髪飾りに私の持ってきていたものを身につけ、ドレスと装飾に負けないよう普段よりも濃いめの化粧をして髪を結ってもらうと完成だった。
鏡の中には異国風の装いをした私が背筋を伸ばして立っている。
一筋の乱れもなく、完璧な仕上がりだ。
鏡越しに、マリーと目が合う。
「綺麗にしてくれてありがとう」
「ロセアン様がお綺麗だからです。よくお似合いです」
マリーに感激したように言われると、照れてしまう。
「そんなに褒めても何も出ないわよ?」
「いいえ。本心ですから。きっと陛下も、ロセアン様の美しさに驚かれるはずです」
いたずらっぽく笑うマリーに、私も笑みを浮かべた。
その時だった。
「失礼します。陛下のお越しです」
フェリクス陛下の来訪を告げる声に、出迎えに向かう。
けれど私が向かうより先に、陛下が入室してこられる方が先だった。
「迎えに参った――」
「お待ちしておりました」
フェリクス陛下の姿に、思わず固まる。
見慣れているはずの軍服姿なのだが、いつもよりも装飾が多い。
黒い布地に、勲章と金鎖が映えていた。
青いマントは謁見をした日に身にまとわれていたもののようで、白い毛皮で縁取られ、布地には金糸で刺繍がされているのがわかる。
頭上には金の王冠が輝いていた。
あの時も思ったけれど、フェリクス陛下自身の研ぎ澄まされた気配もあいまり、神話から抜け出してきた軍神のようなたたずまいだった。
その陛下は私を見て、目元を緩めた。
「綺麗だ。よく似合っている」
「素晴らしいドレスと装飾品をありがとうございます」
「私がセシーリア嬢を着飾らせたかったのだ」
フェリクス陛下が手を差し出す。
「さぁ、行こうか」
「よろしくお願いします」
その手を取ると、夜会の会場へと向かった。
会場は、宮殿の表側にある広間だった。
フェリクス陛下に伴われて入室すると、一瞬会場が静まりかえる。
結構な人数の騎士たちの姿が見える。
騎士団の人以外には私を見て『誰?』という顔をしている人もいるし、納得するように頷いている人も居る。
陛下が壇上へと進む。私も手をひかれ共に進んだ。
壇上に着くと、陛下が立つその一歩後ろに私も立つ。
「今年もこの春の夜会を開くことができたことを嬉しく思う。
まずは宰相をはじめ、この宮殿及びこの国の各地で、変わらず私を支えてくれている皆に感謝を。
そして、いつもこの国を脅威から守り続けてくれている騎士団のものたちには、感謝の念に堪えない。
昨年、魔の地との防衛の任務に就いてくれた、第四騎士隊、第五騎士隊の騎士達。
先日、アーネスの村での魔獣の討伐に行ってくれた、第二騎士隊の騎士達。
諸君らの働きを、私は誇りに思う。
皆のお陰で、我が国は平和を保つことができた。礼を言おう」
第二騎士隊と、第四騎士隊、第五騎士隊に所属すると思われる騎士達が陛下の言葉に敬礼で答える。
「現在は第六騎士隊が任務に就いている。
また、もうしばらくすると例年通り第一騎士隊が辺境の任務に向かうことになっている。
私も可能な限り共に戦うつもりだが、主に戦場を駆けるのは諸君ら騎士達だ。
今後も変わらぬ働きを期待している。
今日はしっかりと羽を伸ばしていってくれ」
第二騎士隊、第四騎士隊と第五騎士隊以外の騎士達も敬礼し、騎士達は感動したような面持ちで陛下を見つめている。
「例年はここで宴を始めるところだが、今年はもう一つ嬉しい知らせがある。
既に知っている者も多いが、先頃、エヴァンデル王国から浄化の力を持つ客人を招くことができた。
セシーリア・ロセアン殿だ。
彼女もまた、アーネスの村での魔獣の討伐に同行してくれており、その貴重な力をふるってくれた。
今年は更にこの国の発展が望めるだろう。よろしく頼む」
前に進み出て一礼すると、拍手を受けた。
顔を上げ、一歩下がると、フェリクス陛下が杯を掲げた。
私も従者が差し出してくれたグラスを手に持つ。
「ではここに、このたびの夜会の開幕を宣言する」
乾杯の音頭の後、陛下万歳の声が唱和し、夜会が始まった。






