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18.売られた聖女は緊急任務を達成する

 まどろみの中、私は柔らかな布の感触に包まれていた。

 なんだか少し肌寒くて、左の頬に触れる暖かい温度に思わずすり寄ると、耳に心地よい低い声が降った。


「起きたのか?」


 あれ、この声は、フェリクス陛下……?


「そうだ、私だ。なんだ、起きたわけではないのか?」

「え――?」


 私ははっと気がついて体を起こそうとした。

 けれど、体ごと柔らかな布に包まれていて、自由に動かせない。

 頬に触れる空気は冷たく、辺りは暗かった。


「……?」


 混乱する私の背中を、フェリクス陛下が『安心しろ』とでもいうように撫でる。


「大丈夫だ。変なことはしていない」

「……」

「池で浄化を行っていたのは覚えているか?」

「は、い」

「あの後、セシーリア嬢は倒れたのだ。

 村に連れて帰ろうとしたのだが、足に黄鈴花が巻き付いている。

 無理に動かして良いかわからなかったので、ここで野営した」

「あの、この態勢で、ですか……?」

「動けないそなたに風邪を引かせるわけにはいけないだろう?」


 フェリクス陛下は、毛布でくるんだ私を膝に乗せてくれている。


「陛下は寒くなかったのですか?」

「スヴァルトがいてくれたからな」


 言われて背後をのぞき見ると、暗闇に溶けるようにスヴァルトが座り込んでいた。

 陛下はスヴァルトに体を寄せて暖を取っていたようだ。

 スヴァルトが長い首を伸ばし、心配げに私たちを見ている。

 急にこの態勢が恥ずかしくなり、私は立ち上がろうとした。


「あの、もう大丈夫です。スヴァルトも、ありがとう」

「急に動くな」


 けれど、立ち上がろうとした体は何かに足を引っ張られてバランスを崩した。

 倒れかけたところをフェリクス陛下にぎゅっと抱き留められる。


「あれ、……?」

「足に黄鈴花が巻き付いているといったろう」


 暗くてはっきりとは見えないが、足下から伸びた黄鈴花が私の足に絡みついているようだった。

 ゆるく巻いているので、草が巻き付いているという自覚はなかった。


「もう少し明るくなれば、ほどく方法も見つかるだろう」

「はい」


 頷くと、乱れた毛布を整えられ、再度しっかりと抱き込まれる。


「寒くはないか?」

「大丈夫です」


 さっきまで寒さを感じていたというのに、今は頬が熱を持っていて、寒さを感じる余裕などなかった。

 フェリクス陛下が続ける。


「……今回もそなたの力に助けられた」

「実際に魔獣を倒されたのは、陛下と騎士隊の皆様です」

「覚えていないのか?」

「なにがですか?」

「セシーリア嬢が池の浄化をしている最中、ここに来る際に出た魔獣と同じ、猿の魔獣が出たのだ。

 その魔獣を、突然大地から伸びてきた黄鈴花のツタが封じた。

 お陰で、こちらは怪我人もなく倒すことができたが、あれはセシーリア嬢の力だろう?」


 そうだったのだろうか。

 途中、魔力をごっそり持って行かれた記憶はあるけれど、よく覚えていない。

 それを伝えると、フェリクス陛下は少しだけ嘆息した。


「そなたには、もう少し、自分がどれだけのことをしているのか自覚してほしいものだ。

 だが、その無垢さを女神は好むのかもしれぬな」


 フェリクス陛下の声に反論しようとした時だった。

 暗い空の果てが、じんわりと光を帯びてきているのが目に入った。

 徐々に明るくなる空に目が奪われる。

 夜明けだ。


「きれいだな……」


 私の声がこぼれたのかと思ったけれど、それはフェリクス陛下の言葉だった。

 ゆっくりと世界が光に照らされていく。

 私の意識がない間に、この辺りの風景は様変わりしていた。

 昨日は土が剥き出しのただの荒野だったはずなのに、地面は見渡す限り黄鈴花の葉が覆っている。

 ところどころで黄色い可憐な花が咲いていた。

 これだけの黄鈴花が生えていれば、しばらくは瘴気など気にしなくて良いだろう。


「この光景を、あなたが作り出したのだ」


 実際に見てしまえば、否定するわけにもいかなかった。

 私に黄鈴花が巻き付いているから無理に動かして良いかわからなかったという、フェリクス陛下の言い分も飲み込める。

 私の浄化でこのような光景が広がったのであれば、下手に触って何かあればとも思うのも当然だ。

 しばらくは朝日に見とれていたが、太陽が昇りきったところではっと我に返った。

 なんとなくできるような気がして、足下の草に魔力を流し、ツタをほどいてくれるようにお願いする。

 すると、巻き付いていた黄鈴花はするりと私の足から離れた。


「植物も操れるのか?」

「わかりません。やろうと思って触れたのは、今が初めてです」

「そうか」


 頷いた陛下が私を抱えたまま立ち上がる。


「へ、陛下?」

「怖いのなら、首に手を回せ」


 そんな恥ずかしいことと思ったけれど、フェリクス陛下が歩き出すと、揺れが怖くて結局その首筋に腕をまわした。

 騎士達は、人数からして一班のみが残っているようだ。

 彼らが少し離れたところで野営しているのが見える。

 あちらも私の目が覚めたのに気がついたのだろう。

 立ち上がり、何やら準備を開始している。

 フェリクス陛下の後ろをスヴァルトが大人しく付いてきていた。


「セシーリア嬢が目を覚ました。アーネスの村へ帰還する」


 騎士達の視線が痛い。

 陛下に抱えられているこんな状態を見られるのは恥ずかしい。

 それに、なんだか視線には強い熱がこもっている気がする。

 フェリクス陛下はその視線に気づいているだろうに特に何もいうことはなく、帰りも行きと同じくスヴァルトの背に二人で乗って帰った。



 村につくと、村に戻った騎士隊が準備していた朝食を頂き、休息をもらう。

 キャンプの方では撤収に向けての準備が始まっているようだ。


 本日、一日様子を見て、問題なさそうなら明日の朝出立するという。

 今日のうちに馬車の修理も行うそうだ。

 魔獣の残党に襲われたときのために七班だけはもうしばらく残るようだが、他はフェリクス陛下と共に帰還するらしい。

 私はというと、朝食を頂き休息をいれた後は、エーリク事務官と共に最後にもう一度治療した人たちを見て回ることにした。

 皆、問題ないとのことで、キャンプへと戻ろうと引き返していると、イーダちゃんが駆け寄ってきた。


「おねぇちゃん!」

「イーダちゃん、おはよう」

「外、すごいの! きいろのお花が、たくさんあるの!」

「うん、お姉ちゃんもみたよ。たくさん咲いていたね」


 そういうと、イーダちゃんは尊敬のまなざしで私を見てくる。


「あれ、おねぇちゃんがしたんでしょ?」

「どうして知っているの?」

「おとうさんも、おかあさんも、隣のおじちゃんも、その隣のおばちゃんだって言ってるよ」


 どうやら、もう村中に広まっているようだ。

 どう訂正した物かと思っていると、イーダちゃんもにっこりという。


「それにね、やっぱり、わたしも、おねえちゃんはセイジョサマだと思う!」


 違うのだけれど、でも、この様子の小さい子供にどう言えば納得してもらえるだろうか。

 言い方を考えていると、上から同意する声が落ちる。


「そうだな。私もそう思う」

「フェリクス陛下!」


 不服の意を込めて名を呼ぶと、フェリクス陛下はいたずら気に笑う。


「けれど、どうやらこの人は聖女と呼ばれるのが嫌なようなんだ。

 聖女様というのは、君の胸の中だけでそう呼んであげてほしい」

「うん、わたし、おねえちゃんだからわかるよ!」


 これではなんだか私の方が大人げないみたいではないか。

 イーダちゃんが私をきらきらした瞳で見てくる。


「あのね、おねぇちゃん!」

「どうしたの?」

「おねぇちゃんは、ちゃんとセイジョさまだから、じしんもってね!」


 イーダちゃんの一言に、フェリクス陛下が小さく笑いをこぼす。


 幼い子供なりに、色々考えて、その一言に至ったのだろう。

 その気持ちをむげにはできず、曖昧に頷く。


「それじゃ、わたしもう行くね!」

「うん、イーダちゃん、ありがとう」

「どういたしまして!」


 そういって、イーダちゃんは駆けていった。


「礼をいってよかったのか?」


 フェリクス陛下に問われ、私は頷く。


「あの子が私のことを考えて言ってくれた言葉ですから」

「そうか。寛大だな」

「普通です」

「なら、私も一度、セシーリア嬢のことを『聖女』と呼んでしまった。

 その寛大な心で許してくれると嬉しい」


 申し訳なさそうに言う様子に、私は驚いてフェリクス陛下を見つめてしまう。


「覚えていないようだから言わないままでも良いと思ったのだがな。

 言わぬと約束したのを破ってしまった」

「……いつですか?」

「セシーリア嬢が浄化をしている時、魔獣に襲われた際だ。咄嗟に出てしまった」

「危急の際でしたら、呼び名にこだわっている場合ではなかったでしょう」


 そう答えながらも、私は胸の奥にとげが刺さったような痛みを感じていた。

 どうしてそのように思うのか。

 イーダちゃんに言われても、何も思わないのに。

 少し表情に出てしまっていたのか、フェリクス陛下が申し訳なさそうに言う。


「そう言ってくれるとありがたい。

 では、そろそろ戻ろうか。もうすぐ昼食だ」

「わかりました」


 答えたものの、騎士隊がキャンプを作っていたところまで戻る帰り道は、お互いにぎこちなく会話もなかった。

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【書籍化情報】
▼2023年2月17日発売▼
売られた聖女は異郷の王の愛を得る(笠倉出版社 Niμノベルス様)
表紙絵

【コミカライズ情報】
▼2025年10月15日発売▼
表紙絵
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