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17.売られた聖女は魔獣の発生源に向かう

 翌日、起床し身支度を整えていると、ドリスさんが起こしに来てくれた。

 ドリスさんの話によると、昨日私が治療を行った人たちは皆目が覚めて、元気になったそうだ。

 本人もその家族もとても感謝してくれていると聞いた。


 朝食を摂り終えた頃にエーリク事務官がやってきてくれて、ドリスさんとは別れ、フェリクス陛下と村長さんのところに向かった。


「おはようございます」


 挨拶をして、昨日、フェリクス陛下と村長さんが話し込んでいた部屋に入室する。


「おはよう」


 村長さんはご不在で、そこに居たのはフェリクス陛下だけだった。


「よく眠れたか?」

「はい、おかげさまで、魔力も回復しています。

 陛下はお休みになられましたか?」

「ああ、大丈夫だ」


 けれど、そう答える陛下の目元には、少し疲労がにじんでいた。

 もしかしたらあの後も打ち合わせなどをしていたのかもしれない。

 そういえば村長の姿が見えない。


「あの、村長さまは?」

「村長は、昨日セシーリア嬢が治療した村人の様子を見に行った。

 問題がないようなら、全員この後自宅へと帰すそうだ」

「そうでしたか」


 頷くと、陛下が真面目な顔をする。


「私もこれから一旦騎士隊の元へと戻る。

 セシーリア嬢には、今日は村を回ってもらいたい。

 軽症者は自宅で療養しているそうだ。彼らの治療を頼む」

「わかりました」

「エーリク事務官は、セシーリア嬢についていてくれ」

「かしこまりました」


 そして、私達は一緒に村長宅を後にした。



 エーリク事務官の出身の村ということで、迷うことなく昨日見ることができなかった人たちの家を回ることができた。

 全員の治療が済んだ後、エーリク事務官の実家も教えてもらい、ご両親に挨拶をさせてもらう。

 戦争で併合された村だと聞いていたけれど、みな好意的で、確かにフェーグレーン国の中枢とは確執がないようだった。


 早めに全員を回り終えたので、一旦フェリクス陛下に報告に行こうと騎士隊のキャンプへと向かう。

 その途中に、気になったことをきくことにした。


「そういえば、どうしてエーリク事務官は王宮に出仕しようと思われたのですか?」

「僕ですか?」


 『そうですね』と言い置いて、エーリク事務官が話し出す。


「戦争の時、僕は十二歳前後だったのですが、この村にフェーグレーン国の騎士隊がやってきました。

 その時、騎士隊を率いていらっしゃったのが、今の陛下のご兄弟で一番年上の王子殿下だったそうです。

 あ、陛下にお兄様がいらっしゃるのはご存じですか?」

「はい、うかがっています」

「そうなんですね。それで、その殿下がおっしゃったんです。

 『私は、この村を滅ぼしたいわけではない。戦争に明け暮れる日々は、この荒れ果てた大地をさらに荒廃させるだけだ。

  そうではなく、我々は、力を寄せ合い、もっと協力すればさらに豊かな生活が許されるはずだ。

  そういう世界を目指している。賛同するなら、降伏してくれ。

  だが、戦うというなら容赦はしない』ってね。

 しかも、それを、村を騎士隊に囲ませたうえでおっしゃるんです」

「えぇ!?」

「殿下は、当時まだロセアン様よりもお若かったはずです。

 その若者が武力をちらつかせて、理想を語って。

 大人達の反発は酷かったですよ。

 でも、僕はその時に思ったんです。彼の作る国はどんな国になるんだろうって。

 だから聞いたんです」


 エーリク事務官の言葉にあいづちを打つ。。


「『僕でも、協力できるんですか』って。

 そしたら、『できる』っておっしゃるんですよ。

 『軍人でも、ただの村人でも、誰もが欠かせない我が国の人材だ。

  この国に所属する限り、協力してもらっていることになる』って。

 そして、『国を動かす力を少しでも多く得たければ、登用試験を通って文官になるか、騎士隊に入団して騎士になるしかないが、その門は誰にでも開かれているって』

 大人達はどうせ反対しても皆殺しになるだけだし、所属する国が変わるだけならいいだろうって、降参しました」


 ずいぶん革新的な考え方だが、その考え方は嫌いではなかった。


「僕はその考え方に感銘を受けて、できるだけあの方のお側で仕えたいと思いました。

 両親は文句をいいながらも町の学校に通わせてくれて、何年かかかりましたが、こうして王宮に仕官することができました。

 残念ながら僕が王宮で文官の雇用試験を受ける頃には、既に殿下はお亡くなりになっていましたけれど、陛下も宰相閣下も亡くなられた王兄殿下の思いを受け継いでおられました。

 だから、恐れ多いことですが、僕もあの時の王兄殿下の思いを、少しでも後世につなげていこうと思ったのです。

 って、あらためて語ると恥ずかしいですね」


 エーリク事務官は少し照れたようにうつむいた。

 馬車の中で少し話を聞いた限りでも、フェリクス陛下は王兄殿下をかなり慕っていらっしゃるようだった。

 そのような立派な方なのなら納得だった。


「話してくださってありがとうございます」

「いえ、僕も、ロセアン様にお話ししたいと思ってのことなので」


 話しているうちに、村の端についていた。

 その時だった。後方から、誰かが走り寄ってくる声と甲高い声が聞こえた。


「おねぇちゃん!」


 振り返ると、七、八歳くらいの少女と、その後ろをドリスさんが追いかけてきている。


「イーダ、待ちなさい! セシーリア様、申し訳ありません」

「かまいません。少し話をしてもよろしいですか」


 イーダちゃんに追いついたドリスさんから了承をもらい、イーダちゃんの方に向き直る。


 イーダちゃんは、私の前に来ると、ずいっと手に持った黄色の花を差し出した。

 見慣れた花弁の形に黄鈴花だとすぐにわかる。


「おねぇちゃん、おとうさんを治してくれてありがとう! これ、どうぞ!」

「ありがとう。このお花、どうしたの?」

「うん。これ、おとうさんが元気になるようにって育ててたの。

 でも、おねえちゃが元気にしてくれたから、だから、これ、あげるね!」


 イーダちゃんの目線に腰を落とし、花を受け取ると、イーダちゃんは嬉しげに笑った。

 そしてちょっとお母さんのドリスさんを見上げた後、続ける。


「ねぇ、おねぇちゃんは、本当はセイジョサマなんでしょう?」

「どうしてそう思うの?」


 思ってもみなかった質問に聞き返す。

 ドリスさんとエーリク事務官は少し焦った様子だ。

 こんな時まで、陛下が「聖女と言わないように」と伝えてくださっているのだろう。


「だって、おとうさん、元気になったんだよ!

 おかあさん、昨日はもうおとうさんに会えなくなるかもしれないって言ってたんだよ。

 それをおねえさんが治してくれたんだって聞いたの。

 だから、おねえさんはセイジョサマじゃないのかなって思ったの」

「そうなの、でもごめんね、私は聖女ではないのよ」

「そっか……」


 イーダちゃんは、少しがっかりした様子だ。

 けれど、切り替えが早いのか、すぐににっこり笑った。


「でも、お花はもらってほしいな!」

「もちろん、いただくわ。ありがとう」

「うん! じゃ、イーダはお花をわたしたし、もうかえるね! ばいばい。お仕事がんばってね!」

「ばいばい」


 イーダちゃんは言うが早いか、道をかけていった。

 謝るドリスさんをなだめ、イーダちゃんを追いかけるようにいうと、私たちも騎士隊のキャンプへと向かった。

 もらった黄鈴花はどうしようかと考え、一旦は胸の飾りポケットに差し込んだ。


 騎士隊のキャンプに着くと、どこか慌ただしい雰囲気だ。

 けれど、魔獣が出たわけではないらしい。


 エーリク事務官と共にフェリクス陛下のところへ向かうと、リードホルム隊長と他の班長達と共に打ち合わせをしているところだった。


「――班と十班は村に残り、防衛を勤めよ。他の班は魔獣の討伐に向かう」


 フェリクス陛下の言葉が途切れたタイミングで、話しかける。


「フェリクス陛下、ただいま戻りました」

「……セシーリア嬢。早かったな?」


 じろりとフェリクス陛下がエーリク事務官を見るので、私は一歩前に出る。


「終わりましたので、一旦指示を仰ごうと戻って参りました。

 何か進展があったのですか?」


 先ほど指示を出していた陛下の言葉から、何か進展があったのはわかった。

 フェリクス陛下は、探るような瞳で私に問う。


「――どこから聞いていた?」

「村に残られる班の方以外は、魔獣の討伐に向かわれるというところからです」


 『正直に話してほしい』と思って見つめると、フェリクス陛下は一瞬考えた末に、深く息を吐いた。


「……そうか。セシーリア嬢が村で治療をしている間に出立しようと思ったが、そちらの方が早かったようだな」


 気持ちを切り替えたのか、フェリクス陛下が難しい顔をして私に言う。


「先に来ていた班の調査により、魔獣の発生源がわかった。

 我々は一旦、発生源の側に出現している魔獣の群れを掃討しにいく。

 掃討が完了し次第、セシーリア嬢には浄化をお願いする予定だ。

 それまで村長宅に待機を命じる」

「どうしてですか。私も一緒に行けば、魔獣との戦いで傷ついてもすぐに治療できます。

 それに、魔獣を倒した後に私を呼びに来るのでは、その間にまた新しい魔獣が出現するかもしれません」


 正論を言っているという自覚はある。

 他の班長たちは興味深げに私たちのやりとりを伺っていた。


「セシーリア嬢が一緒に来ることにより、その護衛に人手が割かれるが、それについてはどう思う?

 昨日の猿の魔獣を忘れたわけではないだろう?」

「村にいても、別の魔獣がこちらを襲ってくれば、それは一緒ではないですか?」


 フェリクス陛下は厳しい目つきで私を見る。


「昨日よりも遙かに怖い思いをするかもしれないのだぞ。

 私か、リードホルム隊長がいない場面では各班長の指示に従い、悲鳴など、魔獣を呼び寄せるような大声を出さないと約束できるか?」

「できます」


 きっと怖い思いをするだろう。

 フェリクス陛下は、そういったものから私を遠ざけようとしてくれていることはわかる。

 けれど、私も覚悟して、ここにいるのだ。


 確かにフェリクス陛下達は魔獣を倒すことはできる。

 けれど、途中で誰かが大けがをしたら、どうだろうか。

 私が自分の安全を優先して、できることをしなかったばかりに、誰かが傷つくのは嫌だった。

 まっすぐにフェリクス陛下の目を見つめる。

 私が折れるつもりがないと知ったのか、陛下は一つ息を吐いた。


「仕方ない、か。エーリクはどうする?」

「僕も、ご一緒させてください。僕の村のことです。

 宰相閣下にも、できるだけ自分の目で確かめてくるように言われています。

 騎士隊の皆様には、ご迷惑をおかけしてしまいますが、許していただけるなら共に参りたいです」


 フェリクス陛下は重い息をついた。


「……お前まで無理をせずとも良いのだぞ。だが、そこまでいうなら連れて行こう。

 ただし、先ほどセシーリア嬢に伝えたとおり、騎士隊の指示に従ってもらうからな」

「はい!」

「かしこまりました!」


 そして私たちも陛下たちと共に魔獣の討伐へ向かう許可が下りた。



 魔獣の発生源は、なんとこの村が生活用水や農業用水にしている池だった。

 この水源があるからこそ、アーネスの村は村として存続可能なようだ。

 エーリク事務官によると、あまり雨の降らない大地でも、この池は水を絶やしたことがないようだ。

 それが魔獣の発生源になれば、今後の村の存続にも関わる。

 何とかする必要があった。


 池へは魔馬で向かうようだ。

 私はフェリクス陛下に抱き込まれるようにして、スヴァルトに乗って進んだ。

 今は水を止めているのか、干上がってる用水路を遡り、水源に向かう。

 途中、魔獣の群れが襲ってきたが、その大半は槍などの長い得物を持つ騎士たちによって倒されていた。

 群れを作るだけあって犬のような魔獣が多い。


 池に辿り着くと、池は工事がされたばかりなのか、その周囲は真新しい土が盛られていた。

 土手の部分も焼き払われていて、黒焦げの草花の後が残り見通しが良かった。


 聞いていた通り、確かに池の上を濃い瘴気が漂っている。

 その瘴気によって生まれたのか、焼けた野原の上を、野犬や狼の魔獣が歩いていた。

 今までで一番数も多く、凶暴さも高そうだ。


 状況を見て、フェリクス陛下が指示をくだす。


「三手に分かれる。

 一班、二班以外の奇数班は右回り、偶数班は左回りに池の周囲の魔獣を退治しながら反対側まで前進。

 合流後、再度前進し、またここに集合とする。

 一班と二班はここで、討ち漏らしが村の方にいかないよう牽制、可能なら退治も行え。

 私とエーリクは一、二班と共にここで戦闘を行う。

 もし状況に変化があれば再度指示を出す」

「はい!」

「では、作戦開始!」


 フェリクス陛下の指示のもと、戦闘が始まる。

 池の端から魔獣を追い立てるような形になるので魔獣が畑の方に逃げないかとも思ったけれど、戦闘が始まると魔獣は好戦的ですべての魔獣が騎士たちに向かってくる。

 体が傷ついても戦い続ける姿は、恐ろしかった。

 戦闘が一番激しいのは、やはり池を周りながら戦っている隊だ。

 しかし、こちらにも、ちらほらと狙いを定めた魔獣が襲ってくる。

 あたりには濃い血の匂いが漂った。


 一通りの戦闘が終わると、討ち漏らしがないか確認しながら騎士たちが戻ってくる。


「魔獣は、逃げたりしないのですね」

「事前に調べさせていたからな。戦闘が始まれば興奮してこちらに襲いかかり、逃げる個体が少ないのはわかっていた」


 さすが、手際が良い。


「セシーリア嬢には、確認が終わり次第、ここら一帯の浄化を頼みたい」

「お任せください」


 待っている間に、どう浄化を進めようかとプランを練る。

 母国では、人に対する浄化よりも土地にかける浄化の方が多かった。

 人にかけるよりも気持ち的には楽なのだが、一瞬、シーンバリ伯爵領で浄化ができていなかったことを思いだす。

 ここは、私がよく知らない土地なのだ。

 浄化したと思っても、後であのようなことを起こさないよう、念を入れよう。

 そう思って待っていると各班長が問題がないことを報告にきた。


「確認が取れたようだ。セシーリア嬢、頼む」

「大地に直接触れたいので、降ろして頂けますか」

「少し待て」


 フェリクス陛下はもう一度周囲を見渡し、魔獣の姿が見えないことを確認しているようだ。


「よかろう」


 許可が下り、スヴァルトから陛下が降ろしてくれた。

 大地に触れると、ここの大地が思っていた以上の瘴気を生み出していることがわかる。

 でも、この量の瘴気を生み出しながら、今までは何もなかったという。


(それに、ここの水で農作物を育てたりしていたのよね)


 これほどの瘴気を含んでいる水で植物が育つことはないだろう。

 今まではこれほどの瘴気を含んでいなかったはずだ。

 きっと、何か理由があるはず。

 ふと、真新しい池の斜面や、池の周りが焼かれていたことが気になった。


「エーリク事務官、もしご存じだったら教えてください。

 池を工事か何かされたのですか?

 それに、池の周りが焼かれている理由もご存じだったら教えていただきたいです」


 いつの間にか馬を降りていたエーリク事務官が答える。


「それについては聞き取りを行っています。

 村に人が増えて、溜めておける水の量を増やしたいから池を全体的に拡張したそうです。

 地面が焼けているのは、工事をするのに草陰に魔獣が潜んでいたりしたら危ないから、一旦焼いてしまおうって話になったと聞いています」

「そうなのですね」


 燃え残った葉を手に取ると、形が黄鈴花と思われる葉の形をしている。

 おそらくは間違いがないだろう。

 胸にさしていた花を取り出し、エーリク事務官に見せる。


「もし覚えていたら教えて頂きたいのですが、工事の前の池で、この花をこの周辺で見かけませんでしたか?」

「その花はこの池の周りと畑の周りにたくさん生えていました。

 今は畑の周りにちらほら咲いているくらいですが、僕が小さい頃は、その花でよく女の子たちが遊んでいたんです」


 エーリクの言葉に、私の後ろで見守ってくれて居たフェリクス陛下が顔をのぞかせる。


「その花は?」

「村で、少女にお礼としてもらいました」

「何か意味があるのか?」

「祖国では、微力ですが、この花は根から大地が生み出す瘴気を取り込み浄化すると言われていました」

「はぁ!?」

「花が? そんなことがあるのか?」


 エーリク事務官は驚愕の声をあげ、フェリクス陛下もにわかには信じられないようだった。


「お世話になっているこの国の宮殿の庭にも、浄化の力を意図してのものかはわかりませんが、この花が使ってあります。

 王都から離れるにしたがって花の姿も見えなくなっていったので、ここに来る途中、馬車の中でフェリクス陛下にお伝えしようとしたのですが、魔獣に襲われてそれどころではなくなってしまいました」

「あの時か。そうか。そう言われてみればその花はみたことある気がするが」


 フェリクス陛下は考え込んでいるようだった。


「おそらくですが、この池の瘴気は、池の周りに生えていたこの花が浄化していたのではないかと思うのです。

 しかし、池の工事により、焼かれ、今まで働いていた浄化の力がなくなってしまったのではと思います」

「なら、その花が芽吹けば、この土地は元の通りに戻ると?」

「おそらくは」


 頷くと、フェリクス陛下は考え込んでいるようだ。

 私は続けて口を開く。


「今は一度浄化を行います。後でこの花を植えるにしても、元通りに戻るには時間がかかるでしょう」


 浄化の状況次第では、しばらくは息を吐く間が与えられるはずだ。


「そうだな。まずは魔獣の発生を抑えなければならないか。セシーリア嬢、頼む」

「それでは、すぐに」


 フェリクス陛下の言葉に頷くと、準備に取り掛かる。

 池に向かって進み、その縁でひざまずき女神様に祈りをささげる。


(女神様、どうかお力をお貸しください)


 そして、大地に手をつくと、浄化を始める。


「この土地を蝕む穢れし力を清めたまえ」


 力を流し、大地が生み出し抱えている瘴気をほぐし、浄化していく。

 わかりやすいものに例えるとするなら、瘴気の塊は角砂糖だ。

 角砂糖が暖かい飲み物に溶けるように、私の魔力を注ぐことで瘴気の塊の結合をゆるくし、その姿を消していく。

 飲み物に溶かす場合と違うのは、角砂糖は形が消えても水に甘さが残るけれど、浄化の場合は瘴気はそのまま消えていくところだ。

 続いて、この土地にもともと生えていた黄鈴花の生き残っている根を探す。

 探した根に力を注ぎ、活力を与えていく。


(知らずに焼いてしまったけれど、悪意があってのことではないの。どうか再びこの地を守って)


 その時、背後で、恐ろしい咆哮が聞こえた。


「あ、あの魔獣は!」

「やはりもう一匹居たのか!」

「血の匂いが引き寄せたか……!」


 騎士達が騒ぐ声が聞こえるが、頭の中では意味を持たない音として処理されていく。


「聖女は身動きがとれない!

 奇数班、前に出ろ。偶数班は二手に分かれ、後ろに回り込め。総員、なんとしても彼女を守れ!」


 地響きがする。

 馬が駆け、大きいものが暴れている。

 そんな音だ。

 どこかで聞いた気がする。

 そうだ。

 昨日、馬車の中で、聞いた声と酷似している。


「そこ、危ない!」


 危険を告げる声は、陛下の声だ。

 大丈夫だろうか。

 昨日は、守ってもらった。

 今回も、私は守ってもらっているのだろうか。

 昨日の魔獣との戦いでは、皆、怪我を負いつつも無事だった。

 今度は、どうだろう。

 毎回、無事にすむとは、限らない。

 運が悪ければ、誰かが消えない傷を負うこともある。

 現に、この国に来た当初、陛下は傷つき、その命は消えかけていた。

 誰かが、生きて、戻らないこともあるかもしれない。

 私は守られるだけで、何もできないのに。

 それは、嫌――!


 その時だった。

 黄鈴花に注いでいた魔力が引っ張られ、ごっそりと魔力を持って行かれる。


「な、これは!」

「奇跡か……!?」

「今がチャンスだ!」

「全力で行け――!」


 複数のものが大地を駆ける響きの後、悲鳴がとどろく。

 その直後、ドシンという振動と共に何か巨大なものが倒れた音がした。

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【書籍化情報】
▼2023年2月17日発売▼
売られた聖女は異郷の王の愛を得る(笠倉出版社 Niμノベルス様)
表紙絵

【コミカライズ情報】
▼2025年10月15日発売▼
表紙絵
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