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13.売られた聖女は緊急任務に着任する

 騎士団の浄化を始めて、一度目の休暇を終えた。

 騎士達への浄化は順調に進んでいる。


 今日は休暇明けということもあり、エーリク事務官に騎士団の名簿を見せてもらっていた。

 名簿の浄化記録には、不自然に空白が並んでいた。

 第五騎士隊と、第六騎士隊の騎士だ。

 他の隊については平均的に浄化と治療が進んでいるが、その二隊については浄化者ゼロ名となっている。

 そのうち、第六騎士隊については魔の地の防衛業務にあたっていて不在だと聞いている。

 問題は、第五騎士隊だった。

 食堂でのやりとりから、放置しないほうがよいという気がした。


 エーリク事務官とサムエル医務官はどう思っているのだろう。

 記録簿から顔を上げると、エーリク事務官と目が合った。

 サムエル医務官は包帯や薬品の補填をしているところで忙しそうだ。

 ひとまずはエーリク事務官から話を聞いてみることにする。


「記録を見せて頂きありがとうございます」

「いえ、僕の仕事でもありますから」


 エーリク事務官に名簿を返却し、どう切り出そうかと思っていると、エーリク事務官の方が口を開いた。


「何か気になることがございましたか?」

「……はい。第五騎士隊の方は、まだ来られたことがないのですね」

「気がつかれましたか。その件につきましては僕も調査中なのです」


 エーリク事務官は既に気がついていたようである。

 『第五騎士隊』というところで、サムエル医務官が顔を上げた。

 少し迷ったように視線をさまよわせている。


「サムエル医務官は何かご存知なのですか?」


 エーリク事務官が問うと、サムエル医務官は、ためらいがちに口を開いた。


「あの方たちは、いらっしゃらないかもしれません。

 偶然食堂で話が聞こえたのですが、せっかく来ていただいているロセアン様のことを歓迎されている様子ではありませんでした」

「ですが団長命令は出ているのでしょう?」


 疑う様子のないエーリク事務官の言葉に、サムエル医務官は曖昧に首を傾げた。

 黙ったエーリク事務官がしばらくサムエル医務官を見つめると、サムエル医務官は観念したように口を開いた。


「先日、廊下を移動している際に、第五騎士隊の騎士たちが他の隊の人に『第五騎士隊のメンバーは浄化にいかないのか』と話しかけられていたのを見たのです」


 エーリク事務官が頷く。


「私も、第五騎士隊が来ないのが気になっていたので、聞き耳を立てていました。

 すると、彼らはヤコブソン隊長が何とかしてくれると話していたのです。

 その時は、命令が不満でも従わないといけないが故の虚勢だと思ったのですが、実際にこちらにいらっしゃらないとなると、本当にそのつもりかもしれません」


 騎士団の指示系統は絶対のはずだ。

 私の故郷のエヴァンデル王国では、兵士の命令違反は翻意ありということで処罰の対象になる。

 国や組織は違えど、このフェーグレーン国でもそういった部分は変わらないだろう。

 私は気になったことを尋ねた。


「騎士団長のご命令を無視しても罰則はないのですか?」

「懲罰があります。三ヶ月の無償労働だったはずです」


 騎士団の規則も把握しているのだろう。エーリク事務官が答える。

 第五騎士隊のメンバーは処罰が怖くないのだろうか。

 エーリク事務官がサムエル医務官にさらに尋ねる。


「ヤコブソン隊長に騎士団長より上の権限はないと思うのですが、今までにも騎士団長の意思が軽んじられることがあったのですか?」

「……私が、見聞きしていた限りではありません」

「心当たりはあるのですか?」

「同僚の他の医務官が、任務中に第五隊所属の騎士に『お前なんていつでも首にできるんだぞ』と暴言を吐かれたことがあると聞いています。

 なので、私にも気をつけるようにと忠告をしてくれていました」


 私が首を傾けると、エーリク事務官が人事権は騎士団長に属する権限だと教えてくれた。


「話しにくいことをありがとうございます。この件は、こちらでさらに調査致します。

 お二人は、浄化と、怪我をされた方の治療を最優先にお願いいたします」

「わかりました」

「はい」


 返事をしたものの、医務室の中はどこか固い雰囲気が漂っていた。



 その日の午後。

 食堂や廊下で、騎士団の空気がどことなくざわついているように感じた。

 何が起きたのだろうかと思いながら食事を済ませて医務室へと戻ると、宰相から使いの人が来ていた。

 至急の呼び出しだという。

 サムエル医務官に、騎士がやってきた場合は一旦戻ってもらうようにお願いして、エーリク事務官と使いの人と共に宰相の執務室へと向かう。


「失礼致します」


 宰相室に入ると、中には難しい顔をしたトルンブロム宰相とグルストラ騎士団長がいた。


「仕事中に呼び出して申し訳ありません。単刀直入に用件をお伝えします」


 宰相の緊迫した声に、私も何を聞いても驚かないように気を引き締める。


「緊急事態が発生しました。ここから五日程離れたアーネスという村で魔獣の群れが発生し、村人に多数被害者が出ています。

 明朝、騎士隊を差し向けることとなりました。

 ロセアン殿には、今お願いしている騎士達の浄化は一旦中断し、可能であればアーネスに向かう騎士達と共に村に向かってほしいのです」


 こういう事態は想定していなかったけれど、魔獣による傷なら、怪我をされた方は瘴気を浄化する必要があるだろう。

 同行が望まれるのは理解できた。

 エーリク事務官も想定していなかったのか、トルンブロム宰相の発言に息をのむ気配がした。

 私の後ろに立っているので、表情は見ることはできない。


「かしこまりました」


 了承の返事をすると、トルンブロム宰相が微かに肩の力を抜いた。

 グルストラ騎士団長は宰相よりもさらにわかりやすく表情が緩む。

 だが、何か気になるのか、私を伺うようにグルストラ騎士団長が口を開いた。


「できるだけ便宜を図るが、もしかするとあまり快適な行程ではないかもしれない。それでも大丈夫か?」

「覚悟して参ります。その、不慣れでご迷惑をおかけすることはあると思いますが、私のことでできるだけお手数をおかけしないようにとは思っています」

「そうしてもらえると助かる。

 それに浄化の使い手であるロセアン嬢が来てくれるとなると騎士たちも心強いだろう。よろしく頼む」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」

「ちなみに、ロセアン嬢は馬には乗れるか?」

「いえ、乗れません」


 申し訳なく思いながら首を横に振ると、グルストラ騎士団長が頷いた。


「そうか。まぁ、そうじゃないかと思っていた。なら、馬車を用意するか。

 ロセアン嬢は今日これから荷造りをしておいてくれ」

「侍女のマリーにいえば、必要な物もわかるはずです」


 グルストラ騎士団長の言葉にトルンブロム宰相が続ける。

 年が近いからだと思っていたけれど、こういう点も考慮されたのかもしれない。


「じゃ、医務室にはこっちから人をやって知らせておく」

「頼みます」


 グルストラ騎士団長がトルンブロム宰相に言い、宰相が頷いている。

 続いて、トルンブロム宰相はエーリク事務官に声を掛けた。


「それと、エーリクにも確認があります。

 アーネスはあなたの故郷でしたね。できればあなたにも行ってもらいたいのですが」


 私は驚いて後ろを振り返った。

 エーリク事務官はトルンブロム宰相の言葉に驚いたようで、言葉が出ないようだ。

 グルストラ騎士団長が、トルンブロム宰相の言葉に続ける。


「ロセアン嬢とは別に、今夜、まず先発隊を遣わす予定だ。

 お前がいいなら一緒に連れて行くつもりだ。さすがに馬車は用意してやれないがな」

「本当に、帰ってよいのですか」


 エーリク事務官が信じられないというように宰相に尋ねる。


「もちろん、仕事はしてもらいます。

 アーネスはそこそこ辺境ですし、土地勘のあるものが付いていった方がいいでしょう。

 それに、あなたがいた方が、騎士団だけで向かうよりも現地での協力も得られやすいかもしれません」


 その言葉に、エーリク事務官は覚悟を決めたように口を開いた。


「ありがとうございます。是非、お言葉に甘えようと思います。それと、馬は、下手ですが一応乗れます」

「礼は不要です。エーリクのアーネス村での活躍を期待してのものですから、そこは忘れないでください」

「はい! 励みます」

「では、ロセアン殿、引き留めて申し訳ありません。

 エーリクも、ロセアン殿を送った後は荷造りを急ぎなさい」


 そして私たちは宰相の執務室を退室し、それぞれ荷作りを急いだ。

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【書籍化情報】
▼2023年2月17日発売▼
売られた聖女は異郷の王の愛を得る(笠倉出版社 Niμノベルス様)
表紙絵

【コミカライズ情報】
▼2025年10月15日発売▼
表紙絵
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