王子様のプリンを食べてやろうと思います。
夕闇のディナーはすっかり暗くなってしまった。
王子様からの婚約破棄の後はお互い沈黙したまま食事を続けた。雰囲気のせいか、私も王子様も大好きな赤ワインに口をつけなかった。
「デザートのプリンでございます」
ウェイターさんがラストのデザートを運んできた。
テーブルを挟んで王子様と私の2人。
その間に置かれる2つのプリン。その滑らかな光沢が照明を反射してきらり、と光る。小さな光の中にこれまでの王子様との様々な思い出が投影されるように思えた。
2人同時にプリンのスプーンを黙って手に取る。
と、ここで私にあることを思い付いた。
『そういえば、王子様の大好物はプリンだったな』
『王子様のプリンを食べてやろうか』
それはささやかな意趣返しにも似ていた。
一見、争いもなく円満なこの婚約破棄ではあるけれど、元はといえば婚約している身の上で他の女性に心変わりをした王子様が悪いのだ。
黙々とディナーを口に運ぶ間、私にはそんな考えが巡っていた。
私という婚約者の存在がありながら他の女に現を抜かし、挙げ句の果てにはその女に恋してしまった。
婚約破棄までする始末である。
これはもはや浮気以外の何物でもない。
一度涙を流したせいだろうか、心がすっきりした後、怒りのような感情が沸き始めていた。
でも、だからといって今から声を荒立てて王子様を糾弾するような真似はしたくない。それでは綺麗ではない。婚約破棄された私が余計に惨めになるだけだ。
かといって、このまま静かに引き下がるのも何だか癪だった。故のささやか意趣返しである。
「ねえ、王子様」
「どうした?」
「そのプリン、私にいただけませんか?」
にっこり、と今作れる最大限の微笑みで私はそう王子様に告げた。
対して王子様はきょとんとしている。
まあ、さすがに予想外だったのだろう。
しばらくしてから王子様は自分のプリンを一瞥すると、
「構わないが、食べきれるのか?」
「大丈夫です。甘いものは別腹ですので」
少食な私に気を遣う王子様。
正直、お腹はいっぱいだったけど、王子様のプリンをもらう気満々である。
「それなら、ほら」
「ありがとうございます」
王子様が差し出してくれたプリンを手に取って、私のプリンと並べた。
早速、王子様にもらったプリンから手をつける。
「美味しいか?」
「はい。とっても美味しいです」
婚約破棄されたことの引き換えに王子様の大好物のプリンをもらう。別に嫌がらせをしたいわけではないけれど、婚約破棄で私の感じた悲しみや寂しさに似た感情を王子様も少しは味わってもらいたかった。
家に帰ってから婚約破棄にイライラするよりかは今、何かしておきたかったのだ。
ちょっと性格悪いかもしれないな、私。
「はあ、美味しかったあ」
「そうか。それは良かった」
満腹感を堪えて2つのプリンを平らげた。
うん、大変満足だ。
まだ少し婚約破棄のダメージは残っているけど、やりたいことはできた。
これでこの王子様との別れも受け入れられそうだ。
さあっと夏の風が吹く。
この心地良い冷たさで王子様は何を思っているのだろう。