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婚約破棄

 夕闇のディナーの席は王子様の一言によって雰囲気が一変した。これまであんなに楽しかった私の心は一瞬にして真っ白になった。


「すまないが君との婚約なかったことにさせてくれ」


 王子様はきっぱりとそう私に告げた。

 口調は力強く、けれどとても冷たかった。


「な……、ど、う、して?」


 突然の申し出に私は呂律が回らない。


 婚約をなかったことに?

 今日、こうしてディナーに誘ってくれたというのに。

 さっきまで私と笑ってお話していたというのに。

 一体、何故?


 そう王子様に問いかけたかったけど、信じられない気持ちと痛々しい悲しみが私の喉を絞ってしまい、言葉を発することができなかった。

 パクパクと口を泳がせる鯉みたいな私を王子様は申し訳なさそうに見つめながら至って冷静に言う。


「君は素敵な女性だ。君は優しいし、一緒にいてとても楽しい。君の笑顔は大好きだ。そこは今も変わらない」

「……はい」

「君と夫婦(めおと)になって共に生きていく未来もとても素敵だと思う。一緒になれればうまくいくとも思ってる」

「では、……一体どうして婚約をなかったことに?」


 我ながら情けなくなるくらい力のない返事だった。

 こんなときこそ強い女でいたいのに。


「実は……」


 ここで初めて王子様が言い淀んだ。

 ただ、その表情はわからない。

 辛すぎて王子様の顔なんて見ていられないのだ。


 ぎゅっとドレスを両手で握る。

 お気に入りの桃色のドレス。

 とびっきりおしゃれな勝負服。

 そのドレスが私の握力でくしゃり、と乱れる。


「実は好きな人ができた」


 さあっと風が吹いた。

 夏の匂いがした。


「そう、……ですか」


 何となく予想はしていた。

 突然の婚約破棄の理由で一番最初に思い浮かぶ、単純な理由だった。

 ーー王子様に新しく好きな人ができた。

 私よりも好きだと思う女性の存在が彼の中にはある。

 それはつまり、もう私は2番目の女ということ。

 それはそれはとてもとても単純な動機ではあるけれど、こちらからはどんな抵抗もできない強固な動機である。


「その方のことを私よりもお好きですか?」


 わかりきっていること。

 でも、聞いてしまう。


「ああ」


 もしかしたら……という淡い期待も王子様の簡潔な返答で否定された。


「その方はどなたでしょうか?」


 駄目だ。

 泣くな。

 泣くなよ、私。


「アリア・フランシス」


 その女性の名前にはっとした。

 私の学院時代からの友人だ。


「君の友人だったね」

「はい」


 確かにアリアは良い子だ。

 顔はもちろん可愛いし、性格だって悪くない。困っている人を放っておけなくて、学院時代から何度も私の助けになってくれた。


 でも、よりによって王子様の心変わりの相手があのアリアだなんて。

 その事実に感情が理解を追い越してしまい、私の心はさらにぐちゃぐちゃになる。


「もう、無理ですか?」


 泣きつくことがとても惨めなことは知っている。

 でも、だから何だ?

 私はこの人のことが大好きだし、たくさんの時間を一緒に過ごしてきたし、そう簡単に諦められるわけがない。


「私を一番に好きでいることは、できませんか?」

「……」


 沈黙。

 一瞬だったような、とても長かったような静寂だった。

 息が詰まる。それは王子様も同じだっただろう。


「すまない」


 絞り出された王子様の声。

 この声色が全てを物語っている。


「大丈夫、君なら私よりも素敵な男性と結ばれる」


 そして、最後通告が放たれた。


 これ以上の抵抗はできない。

 王子様の気持ちが固いことはわかった。

 取り乱しそうな心をぎゅっと抑える。

 泣いて喚いてしまいたいけれど、こんなに好きな人との最後は綺麗な私でいたかった。


 そして、綺麗でいることはせめてもの慰めだ。

 自分で自分を保つための強がりだけど。


「はい。私も貴方様の幸福をお祈りしています」


 顔を上げる。

 もう全て終わった。終わってしまった。

 だから、この人との最後の思い出としてこの人の顔を瞳に焼き付けておこう。


「本当にすまない」


 私と目が合って王子様は寂しそうな切ない顔をした。


 嗚呼、駄目だ。

 ここまで耐えてきたのに。必死で我慢してきたのに。

 そんな顔見せられたら、泣いてしまうよ。


 泣いちゃうよ。


 夏の風が吹く。

 しばらくは風に身を任せていよう。


 この涙が乾くまで。



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