帰り道の恋愛相談と恋の始まりと終わり
「なんかさあ、たまに、このまま私は独り死んでいくんじゃないかと思ったりするんだよねえ」
「なにそれ? 少なくとも30年後ぐらいに抱える悩みでしょ?」
彼女の口から唐突に飛び出したヘビーな話題に私は驚きました。
「流石に高校生にもなって、未だに好きな人ができないってヤバいじゃん? ひょっとしたら何か心の問題だったりするのかなって……ほら、あの、3LDKみたいなやつ」
おそらくLGBTのことを言いたかったのでしょう。ツッコむと確実に話が横道に逸れるので無視することにしました。こっそり後で語録に加えておきます。
「んー。男に興味がないってこと?」
「人並みに、あの先輩カッコいいな~とか思ったりするし、好きな俳優に抱かれたら~みたいなことは結構妄想するんだけどさあ……でも誰かと付き合ったりしたいとは全く思わないんだよね。定期的に連絡とったりとか、相手に合わせてお洒落したりとか、色々とめんどくさそうだし」
実は、鈍感な彼女に告白するチャンスを狙っている男子が複数名いることを私は知っているのですが、もし『面倒臭いから』なんてふざけた理由で断られたら心がポッキリへし折れてしまうでしょうね。ご愁傷様です。
「それは単に生粋の怠け者ってだけでは?」
「そうかも。てか、一目惚れって都市伝説だよね?」
相変わらず話題を唐突に変えてきます。そんな天真爛漫なところも好きなのですが。
「そうでもないでしょ。それで付き合ったり結婚したりする人も実際いるわけだし」
かく言う私も完全に一目惚れですし。
「いや、あれは絶対嘘だって。『ルックスと性格と経済力、家族構成、体の相性その他諸々を総合して決めました』って恥ずかしくて言いたくないから誤魔化してるだけだよ、多分」
「そうかなあ。おっ、危ない」
「へっ? あいたっ」
反対側から余所見をした制服姿の男子が歩いてきているのに気づかず、ぶつかりそうになる彼女の腕を掴み、こちら側へ引っ張ることが出来なかったのは、一瞬何故だか躊躇ってしまったからでした。
もしあの時、勇気を出して彼女に手を差し伸べていたら、何か変わっていたのでしょうか。
派手に転ぶ彼女。咄嗟に自分の荷物を放り出して、彼女の手を取る男子。ちっ、性格もイケメンなのか。
「ああ、大丈夫ですか!? すみません! すっかり余所見してました。怪我はありませんか?」
「ぜ、全然ダイジョブです。こちらこそぼーっとしててすみません……」
「良かったあ……本当にすみませんでした……じ、じゃあ、僕はこれで……」
「はい……どうも……」
私が背後から睨みを利かせていた甲斐があったのか、大した会話もせず去っていく男子。でも、彼女の返事をする声、表情で、私には何が起きてしまったのか分かってしまいました。
「……あーあ、『なんだか足挫いちゃったみたいで……』みたいな、か弱いセリフでも言っとけばよかったのに。そうすれば、ワンチャンおんぶして家まで送ってもらえたんじゃない?」
「ちょっと! 聞こえるって!」
顔を真っ赤にして、しーっと指を立てる彼女。可愛いし、むかつきます。
「……では、実際に一目惚れした感想をどうぞ」
「はああ? してませんけど? これっぽっちも惚れてませんけど?」
ばーか。そんなんで誤魔化せるわけないでしょう。一体どれだけ私があなたのことを見てきたと思っているのよ。
「へえ、そう……ところで、さっきぶつかった拍子に、彼の定期入れが落ちたのを偶然拾ったんだけどなあ……」
「えっ……」
「今から急いで追いかけたらギリギリ間に合うだろうなあ……ついでに連絡先とか聞けて、お礼とかしてもらえちゃうかもなあ……」
「完全にあの人に一目惚れしましたお願いします今すぐ私に下さい!!」
「ん。正直でよろしい。ほら、またコケないようにして急ぎなよ」
「ありがと! 行ってくる!」
勢いよく走る彼女の姿が、徐々に遠くなり、曲がり角の向こうに消えたのを確認して、深い溜息をこぼしました。
「……はあ……ご丁寧に自分から恋敵との縁結びして、告白もせず片思いに終止符を打つなんて……本当に馬鹿だなあ、私」
上を向いたところで、どちらにしろ涙は零れてしまうようです。
次会った時に彼女から受けるであろう恋愛相談について思いを巡らせ憂鬱になりました。ただ、良く考えれば告白して振られていたら、きっと彼女の相談に乗ることも出来なくなっていたでしょう。勿論彼女の幸せを願っていますが、万が一、彼女があの男に振られてしまったら、慰めるのは、友人である私の務めです。
それに、そもそも彼女には、とても孤独死なんて似合わないからなあ、などと、とりとめのないことを考えて、どうにか自分を納得させようと、溢れ続ける涙を止めようと、無駄なあがきをしつつ、独り家路を辿るのでした。