8.変身
部屋に女物の服や化粧品、そしてウィッグが所狭しと並んでいた。
「まさか、お前さぁ……」
「ふふふ……気がつきましたか?」
「……俺に女装させようって言うんだろ?」
「ええ、私も就活生に見えるように変装しますけどね」
美穂の作戦は、大和に送るメールに、俺の女装姿と美穂の写真をつければ、会ってもらえるだろうというものだった。
「お前の写真だけでいいんじゃないか?」
「ダメですよ〜。私一人で会ったら何を聞いたらいいか分からないですから。センパイが横からアドバイスしてくれた方がいいです。そして、二人で会うなら最初から二人の写真を送った方が自然ですよ」
「そうかなぁ〜……」
正直、いくらでもごまかせるんじゃないかという気がする。
「だいたい、どっちにしろ会うときには女装するんですから一緒ですよ」
「いや、別に、俺が男のままで話を聞きに行ってもいいだろ? お前が付き添いでついてくる感じで」
「いやいや、それはだいぶ相手の感じ方が違いますよ。男相手なら隙を見せる可能性は低くなります。それに、男と女のペアだったら、カップルみたいじゃないですか? 大和さんも『なんだこいつらデキてるのか』って口が堅くなるに決まってます。カワイイ女の子が二人で行くのが一番効果的ですって」
「ああ言えばこういうなぁ……」
まぁ筋が通っていないわけではないけど。
「……お前、俺に女装させたいだけじゃないだろうな?」
「ギクリッ」
美穂はわざとらしく擬音を口に出した。
「…………センパイの顔って女装向きだと思うんですよね。絶対キレイになれるだろうなって前から思ってたんですよ」
「またテキトーなこと言って……」
「ホントですって! それに、一生に一回ぐらい女装を試してみてもいいじゃないですか」
まぁ女装をしたことのある男なんてそんないないだろうから、経験としては面白いと思う人もいるかも知れないけどさ……。
「俺にはそんな願望ないぞ」
「……ふ〜ん……センパイ、そんなこと言うんだ……。せっかく私が、こんなに衣装をそろえたのに……」
確かに、どうやってここに運んだんだってぐらいの服がそろっている。
「……シクシク……」
美穂は一応芸能人とは思えないぐらいの下手な鳴き真似をしている。
それにほだされたってわけじゃないが……
「分かったよ……やるだけやってみよう」
試してみる分には損はないだろう。
「やったー!! だからセンパイって素敵ぃ」
嘘泣きから立ち直った美穂が満面の笑みを浮かべた。
「お前なぁ……」
溜息をつきながら、俺は椅子に座った。
俺の前に立つ美穂はノリノリで
「それじゃまずはお化粧からですね──」
と俺の化粧を始めた。
「──これで毛穴を隠して──うふっ、つるつる──」
「──次に肌の色ムラを──うふっ、つやつや──」
「──次のこのリキッドで──うふっ、ぷるぷる──」
よく分からないが、どんどんと作業が進んでいった。
「──それじゃ、アイシャドウと──」
「こ、怖え……」
目の周りの作業はちょっとビビってしまった。
「──後は口紅で──いやん、センパイの唇柔らか〜い」
美穂め……相当楽しんでやがるな……。
「はい……完成しました、後はウィッグを適当に……まずはこれでどうでしょう」
割と普通っぽい黒髪のロングのかつらをつける。
「はい、センパイ。鏡をどうぞ」
「おう」
美穂が手鏡を手渡してくる、それを見た俺は──
「おい……なんだこれは……なかなか……いいじゃねえか……」
大変に満足していた。
◇ ◆ ◇
「でしょでしょ?」
「俺……もう女になろうかな……」
……考えてもみろ。
男だから女に騙されるんじゃねえか。
いっそのこと自分が女になってしまえば、女に騙されることもなくなるのでは?
──俺って天才か?
「……って何を考えてんだ俺は」
わけの分からない思考を振り切って冷静になる。
「まぁ……女には見えるよな」
「ただの女じゃないですよ。カワイイ女の子です!」
「う〜ん……でもさ……」
確かに顔だけ見れば悪くないかも知れないが……。
「俺って結構肩幅あるだろ。こんなの隠せるのか?」
同年代の男と比べても体格は良い方だと思う。
「もちろん! そこも考えてありますよ」
そう言って美穂はいくつかの衣装を持ってきた。
「こういう肩を隠すカーディガンを羽織ったり、全体のバランスで細く見せるためにスカートを裾が広めのものにしたり……。それに細く見せる仕草もありますから。演技指導は任せて下さい!」
「ふぅ……分かったよ」
気合いが入りまくっている美穂に気圧されながら任せることにした。
「じゃ、とりあえず服を脱いで下さい」
「え? いや、自分で着るよ」
「ダメですよ〜。胸に詰め物だってしないといけないですし。服だって着方が分からないくせに。もしかしたら服を汚しちゃうかもしれないじゃないですか」
いやいや、女物って着るのそんなに難しいのか?
「……俺の裸が見たいの?」
「ええ、見たいですね〜」
美穂は恥ずかしがる様子すら見せなかった。
まぁ、下着姿ぐらいならそこまで抵抗があるわけでもない。
さっさと済ませてしまおう。
「まったく……はいはい……」
パンツ一枚になった。
「うほっ……これは良い体……触っちゃお」
美穂がペタペタと俺の体を触ってくる。
「お〜い……早くしてくれ」
しばらくして女装が完了した。
全身鏡で全体をチェックする。
まぁ悪くないと思う。
「しかし、よく考えたら、大和に会うことになったらこれをもう一回やるのか」
「まぁ次回はもっとスグ終わりますよ。私もセンパイも慣れてるでしょうし」
「慣れたくねぇなぁ……」
……クセになったらどうしてくれるんだ。
「じゃ、早速写真撮りに行きましょう」
「は? ここで撮るんじゃないの?」
「センパイ! こんな色気のないところで撮った写真で、男が釣れるわけないでしょう!」
「そ、そうかなぁ……?」
「それに、せっかくおめかししたのに、写真撮るだけなんてもったいないですよ〜。学校なんてサボってどっか行きましょうよ〜」
「もうサボってるけどな……」
よく考えたら、俺はともかく美穂まで授業に出てないわけだ。
それについては申し訳ない気持ちになる。
「ほら……女っぽく見せる練習もしないといけないし」
「それはそうだが……」
「ね〜、お願いしますよ〜。私こんなに頑張ったんですよ〜。ご褒美ぐらい欲しいです〜」
……女装した俺と出かけるのがご褒美になるのか? とも思うが──
「分かったよ……ちょっとだけな……」
どうやら俺は美穂のお願いに弱いらしい。
「わ〜い!」
……知り合いに会わなきゃ良いけど……。