5.ターゲットは?
「お、おい……殺すって……」
「ふふ……冗談ですよぉ……本当に殺したら私たちが捕まっちゃうじゃないですかぁ。社会的に殺すとか、精神的に壊すとか、駅のホームで突き落として殺すとか、そういうものの比喩ですって」
「なるほど……って、おいおい最後は実際に殺してるぞ」
「あら、いけない。つい本音が……ふふっ」
そんなやりとりをしながら、美穂は陽気な表情を崩していなかった。
「……美穂ってやっぱり肝が据わってるな」
ふとそんな言葉を漏らしてしまう。
彼女は子どものときから雑誌モデルをしていて、連続ドラマなんかにも端役で出ていたりするのだ。
彼女の演技が上手いのには、そういった理由がある。
「まぁ、私もそれなりに大人の世界で揉まれてますからねぇ~。……あ、えっちな意味じゃないですよ」
「……分かってるって」
「……先輩には揉ませてあげてもいいですけど……」
そう言って自分の胸に手を当てて、何かを主張していた。
「……遠慮しとく」
「そうですか……それではこの話はまた今度にして……」
……また今度するつもりなのかよ。
「そろそろ具体的な話をしましょうか!」
そう言って、美穂は部屋の電気を明るくした。
明るくして見ると、こざっぱりとした物の少ない空間だった。
もう使われていない部室を勝手に使っているのだろう。
部屋にある中で一番目立っているものとして、車輪のついた大きなホワイトボードがあった。
美穂はそこにマーカーで書き込んでいく。
「第一回 復讐計画会議」
「なんだか刑事ドラマみたいだな」
「えへへ、かっこいいでしょう?」
自慢げに胸を張って誇らしげだ。
「まずはセンパイの……最初の彼女、一ノ瀬サヤカ……あってますよね?」
「ああ」
美穂がホワイトボードに名前を書いていく。
大学二年生などという情報も書いてある。
「その彼氏の……名前知ってますか? センパイ」
「たしか……大和……テツヤだったかな? ……ここの大学の卒業生で今は社会人のはずだ。TBNに就職したらしいぞ」
TBNは有名な全国ネットのテレビ局だ。
「なるほど」
そう言いながら、美穂は一ノ瀬サヤカと大和テツヤを線で結んだ。
「そして……先輩の幼馴染である古ヶ崎リカ……と、その浮気相手の──」
「新宮カズヤ……空手やってる先輩だ。今はうちの大学一年」
「格闘技の雑誌に載ってるのを私も見ました。有名な人なんですね」
これで四人分の名前がホワイトボードにならんだ。
それを眺めて、最初に思ったことを言う。
「あのさ……美穂」
「なんですか?」
「俺……大和さん──つまりサヤカさんの彼氏にはそんな恨みないんだよね」
リカから聞いた話だと、就活に失敗してサヤカさんに一度捨てられているし、むしろ可哀想な人なんじゃないかと思ったのだ。
「ふむ……確かにそうかもしれません……しかし、サヤカさんにダメージを与えるには彼氏も巻き込むべきですし……それに……何か匂うんですよね……」
「匂う?」
「刑事のカン……いや、女のカンが……」
「カンね……」
「なんか上手くいきすぎていませんか?」
……う~ん……確かになぁ。
一度、就活で失敗した人が半年で大手テレビ局に受かる……いい話に見えて出来すぎている気がしないでもない。
「時期的に考えると……二次募集で受かっているということになるはずなんだけど……」
「二次募集?」
「基本的に大企業は春に新入社員の募集を一斉にするんだけど、秋にも少人数の採用活動をすることがある。一次募集で足らなかった人材の補充とかいう名目で」
「へぇ、センパイ詳しいですね」
「まぁ……俺も早めに将来を考えてたしな」
それに、一応大学生の彼女と付き合ってたから普通の高校生よりは詳しいはずだ。
「む……今センパイ、昔の女のことを考えてましたね?」
美穂がむすっとした表情を見せる。
「えっ?」
「そういうの、だめですよ~」
指でめっと言う仕草されて、身をすくめる。
……本当に子どもみたいに扱われてるな。
「う、うん…………。ただ二次募集は採用人数は少ないはずだし、一次募集の時期に彼女に振られるほど失敗した人が、二次募集で逆転というのは稀なケースだとは思う……」
「……となると、採用されたというのが嘘なんでしょうか?」
「う~ん……どうだろう」
さすがに実際に就職した事がないから分からないけど、そんな嘘を突き通せるとは思えない、というのが正直なところだ。
「なにか調べる方法はないですかねぇ?」
「調べる方法……。とりあえずネットで探してみるか」
持っているスマホで大和の名前を検索してみた。
実名で使っているSNSが見つかった……けど長く更新しておらず、めぼしい情報がない。
「う~ん……手詰まりですかねぇ?」
直接、大和に会うことができれば一番手っ取り早い。
だけど、高校生である俺が社会人にあう方法なんてあるだろうか。
「……いや、できる……かも」
「ほんとですか? さすがセンパイ!」
「自信はないけどな……とりあえず試してみるか」
俺は美穂に案を話して美穂からも同意を得られた。
そして、一縷の希望をもって俺たちは次の日に大学側に向かうことにした。
◇ ◆ ◇
「美穂……近いぞ……」
二人で大学のキャンパスを歩いているのだが、右腕に美穂が巻き付いている。
近いというか密着状態だった。
「え~……いいじゃないですかぁ~。センパイ、気持ちいいでしょ?」
たしかに、美穂の手と体の温度は高めでぽかぽかとする。
……こいつパン職人向いてるんじゃないかっていうほどだ。
その上、色々と柔らかい。
脳と右腕がとろけさせられそうだ。
自分は家族みたいなものと思って欲しいと美穂は言っていたが……。
「……家族だってそんなにベタベタしないだろ」
「いいえ、お母さんは、本当は息子とこうやって手を繋ぎたいものなんです」
「そうなのか?」
「そうなんですぅ」
そんな風に押し切られて密着しながら歩いている。
……まぁそれは良いとして、大学側に来るに当たって一つ不安な事があった。
元彼女──サヤカさんに会ってしまうのではないかということだ。
美穂と一緒にいるからとかじゃなく、単純に顔を見たくなかった。
会ったらどうすればいいのか分からない。
まぁ大学は学生数も多いし、授業もまばらだ。
そんな簡単に会うことはないだろう……と思っていたのだが──
「信幸くん……?」
俺の名前を呼ぶ声。
人生、起きて欲しくないと思ったことは、実際に起きるものだ。
【あとがき】
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