3.同盟結成?
メールにはただ地図だけが添付されていた。
地図が指し示す場所は、学校の第二部室棟の一室。
校舎からは少し離れた位置にあって、少子化のせいもあってほとんど使われていない場所だ。
つまり、学校の誰かが送ってきたということになる。
どう見ても俺をからかうためのいたずらとしか思えない。
これ以上、俺を傷つけようってのかよ。
内部から沸騰をし始めた水のように、ふつふつと腹が立ってきた。
『誰だよ、お前』
本文にそれだけ書いてメールに返す。
スグに返信が帰ってきた。
『オレだよ、オレ』
うぜえ……。
こんなヤツを相手にする気分じゃないんだ。
『死ね』
とだけ書いて、床の上にスマホを放りだして布団にくるまる。
……ここ最近は深く眠れない。
こうやって横になっても、周囲の音や光に敏感に体が敏感に反応してしまうんだ。
スマホの音やバイブレーションは切っているし、目もつむって布団の中にいるはずなのに、なぜかメールの着信を知らせて画面が点灯する光が、視覚野の端っこで光っているのを感じ取ってしまう。
くそっ!
もう電源を切ろうと、一度放りだしたスマホを手に取ると、返信メールのタイトルが目に入った。
『ふざけてすいませんでした!』
……意外な変わり身の早さにつられて、またついついと本文を見てしまう──
『蒼久保信幸さん。あなたのココロの痛み、私も分かるつもりです。私もひどい失恋を経験しましたから……。是非一度、お会いしてお話ししませんか? もちろんお金はかかりませんし、他の人に話を漏らすことは絶対にありません。……来てくれないと、私、本当に死んじゃいます……』
俺の名前も知っているのか。
しかし、メールの内容を読むと、なんだかこいつも病んでる気がした。
それも結構めんどくさい感じで……。
……めんどくささなら俺も他人のこと言えないな、と思う。
それで共感を覚えてしまったんだろうか、翌日の午後に待ち合わせ時間を決めると、学校に向かうことにしたのだが──
「……うげぇ……」
道を歩いていると吐き気がしてきた。
最近は、ほとんど何も食べていないのに、胃液が逆流しようとしてそれを抑えるのに必死だった。
この時間なら通学路で他の生徒に会うこともない。
それに俺は校舎に行くわけじゃない。
離れた位置にある部室棟に向かうだけだ。
「学校」という目的をもった場所に行くわけじゃない、ただそういう名前がついている「場所」に足を進めるだけなんだ。
そう自分に言い聞かせながらも、正直行って途中で何度も引き返したくなった。
だけど、足を止める度に、待ち合わせの相手からメールが届いて──
『ゆっくりでいいですから』
『一度休憩してもいいですよ』
『あと少しですね』
──などと俺の様子を見守っているかのように俺を励ましてくる。
そのおかげで、待ち合わせ時間には遅れたものの、なんとか学校につくことができた。
校門をくぐると、校舎の方にはできるだけ目をやらないように、すぐ左手に曲がって第二部室棟に向かう。
◇ ◆ ◇
第二部室棟は、今はほとんど使われていない。
ひっそりとしたプレハブ立ての二階の端に「失恋同盟」と名札が張られた部屋があった。
「ふぅぅ…………」
ゆっくりと息を吐き出して、その扉を開けた。
中は薄暗闇になっていた。
ろうそく──ではなくそれを模したランプが数本、部屋の真ん中の丸い机の上に立っていた。
まるで悪魔の召喚でもするのだろうかという不気味ささえ感じる。
俺がそんな風に感じた理由はもう一つある。
机の向こう側で、椅子に腰掛けているこの空間の主が、占い師がつけていそうなフェイスベールをつけて顔の半分を隠していたからだ。
頭にはフードをかけていて、そこから綺麗な黒髪のロングヘアーを覗かせていた。
ただし、不気味さがあると同時に、なぜか心が安らぐ空間だった。
部屋に漂っているアロマオイルの香りのせいだろうか。
──ラベンダー? オレンジ? 詳しくないから何の匂いなのかは分からなかった。
「ふふっ……こんにちは……蒼久保さん。……そちらへおかけ下さい」
ベールの奥から聞こえてきたのは落ち着いた女性の声だ。
「う、うん……」
雰囲気に若干気圧されながら、俺は机を挟んで彼女と向かい合わせに座る。
「ええと……」
女性と向かい合ってることもあり、何か話さないといけないかと無意識に思ったが言葉が出てこない。
最近、誰とも喋っていなかったし……いや……もとから話は得意な方ではないんだ。
「……何も言わなくていいですよ」
何を話せば良いのかと頭を悩ませていると、彼女の方から話しかけてきてくれた。
とても優しい声色だ。
「まずは……」
そう言いながら彼女は、椅子から立ち上がると机越しに俺に近づくと──
「……がんばりましたね……よくここまで来てくれました……」
そう言って俺の頭をなでてくれた。
「──っ──」
俺の髪をとかすように、ゆっくりと慈しむように手を動かしている。
彼女の暖かい手のひらの温度が伝わってきてドキマギとしてしまう。
同時に、不思議な安心感が心の中に芽吹いたのを感じた。
……きっと俺は、初めて人の手の温かさを感じた子犬のような顔をしてしまっている。
「……そうですね、あなたのお話しの前に……まずは、この失恋同盟についてお話しさせて下さい……」
そう言って彼女はとつとつと話し始めた。
メールで聞いたものと重複する部分もあったが、彼女が語るには彼女自身も失恋を経験して、ひどく落ち込んだ経験があるのだと言う。
それから立ち直った彼女は、同じように失恋をした人を助けるために何か出来ないかと考えて、失恋同盟というものを作ったらしい。
「といっても……まだ何をするかは決めていないのですが……。蒼久保さんは、相談者一号であり、最初の同盟メンバーの候補者……というところでしょうかね……ふふ」
「そ、そっか……ええと……今更なんだけど、君の名前は何というの?」
今になって、相手は俺の名前を知っているのに、俺は相手の名前を知らない事に気付いた。
「……愛美といいます。愛が美しいと書いて愛美です。失恋をした後じゃ、笑っちゃいますけどね……」
「えと……じゃあ愛美さん。……なんで俺の事を知ってるの?」
「……学校で噂になってましたからね。幼馴染に振られた人がいるって」
「そ、そうなのか……」
リカは顔が広いし、その相手である俺が不登校になったために噂が広まってしまったのだろう。
……自分の失恋を学校中に知られていると考えると余計に気が滅入る。
「……でも、俺の連絡先はどうやって?……」
「えっと……それは……せ、先生に聞いて」
「先生に?」
一応、生徒の個人情報なんだし、そんなもの簡単に教えてもらえるんだろうか。
「えっと……不登校になった蒼久保さんを、学校に連れてくるように頑張ってみますと言ったら、連絡先を教えてもらえたんです」
「ふぅん……」
「……疑ってますか?」
「いや……」
口では否定していても、信じることが難しかった。
「……いいですよ。疑ってもらっても……」
「え?」
「今のあなたが人間──特に女性を信じられないのは分かっています。それでも……少しだけ……話してみませんか? こういう言い方は気に障るかもしれませんが……、私、ある程度のお話しは既に理解しているつもりです」
「……まぁ、学校の噂になってるぐらいだしな……」
リカのことだけじゃない。
前の彼女だって、ここの高等部を卒業して隣の大学に内部進学した人だ。
だから、知り合いの知り合いなんて感じで人の繋がりを広げていくと、意外に多くの人に知れ渡ってしまっていたのは分かっていた。
「なので……ただ、この場で蒼久保さんの中に溜まっているものを吐き出すぐらいの気持ちで話してもらえれば。……あっ、えっちな意味じゃないですよ! 気持ちの整理という意味合いで……」
……愛美さんって落ち着いている雰囲気なのに、時々妙にはじけた空気を出すな……意外にキャピキャピしてるというか……。
【あとがき】
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