2.世界は○で溢れている
◇ ◆ ◇
──リカと俺は小中高と同じ学校で気心が知れている仲だ。
俺が中学校で辛い経験をした時にも彼女は俺を気遣ってくれた。
高校に入ってからは、同じ学校ではあるもののクラスも別になって、常に一緒にいるというわけではなく、多少は疎遠になったが、俺も困ったときはリカに相談するし、逆もそうだった。
別れた彼女と付き合うときにも彼女には相談に乗ってもらった事を覚えている。
涙を拭いてから、電話口で待っているリカに話しかけた。
「……ありがとう……リカは優しいな……。でも……同情ならいらないよ」
「同情じゃないよ……。私、あんたの事が好きだったんだから……」
「──えっ──」
そうだったのか?
俺は彼女のことを可愛いとか大切な友人とは思っていたが、女性として恋愛の対象としてみたことはなかった。
「……女として見られてないことは分かってるよ……。でもさ、私にもチャンスが欲しい……。ね……付き合ってみようよ? 私のこと女として好きになってもらえるように……私、頑張るから……」
彼女の声は切なさと強さが入り混じっているように聞こえた。
ただ、この場で答えを出すには今の混乱した俺には不可能だ。
「ごめん……少し……考えさせて……」
「うん……分かってる。まだ心の整理がついてないんだよね? 私……待ってるから」
「……ありがとう……」
そう言って電話を切った。
その日の夜は、少なくとも前の彼女のことは考えずにいられて、意図したことなのかは分からないが、俺が少しでも未来のことを考えられるようにしてくれたリカに感謝しながら眠った。
次の日──
「ねぇ……お弁当作ってきたよ。一緒に食べよ」
昼休みに別のクラスからリカが俺を訪ねてきてくれた。
俺がいつも購買でパンを買って食べていることを知っていたのだろう。
「サ、サンキュ……ええと……」
なんと言えば良いのか戸惑っている俺を見て、リカは
「もう! そんな堅くなんないでよ、幼馴染なんだからさ」
いつも通りの元気な声を出しながら、バンバンと俺の背中を叩いた。
「お、おう……」
そのまま学校の中庭に行って、ベンチに座って一緒に弁当を食べることにした。
「なんか久しぶりだよね、こうやって一緒にお弁当を食べるなんてさ」
「そう……だな。昔は良く一緒に食べてたっけ」
「そうだよ……あんたももっと元気だったしさ」
「……」
「ごめん、ごめん。……でもさ、こうやって『恋人候補』として、お弁当食べるのって、何かドキドキしちゃうね?」
そう言いながら、上目遣いに俺を見るリカの姿に、今まで考えてこなかった「女の子」を意識させられる。
当たり前なはずなのに、突然それに気がついたように恥ずかしくなってしまう。
「う……そ、そうだな」
「もう……ほんとにそう思ってる?」
「ほんとだって」
「そう? ならよし!」
めまぐるしく表情を変えて得意げな態度になったリカがおかしくて、「ははっ」と自然と笑ってしまう。
こういうのは幼馴染ならではだと思う。
前の彼女は年上だったのもあって、常に背伸びをしなければならない感覚に追われていた。
等身大の自分で向き合えるリカといると気持ちが楽だった。
それから彼女とデートをするようになった。
気兼ねなく話をできて、かつ今まで知らなかったリカの可愛らしい姿を見て、幼馴染や友人としてだけでなく、女の子として彼女を好きになっていった。
「ね……私たち、付き合ってるって事でいいんだよね?」
「うん……」
「それじゃ……んっ」
二人で出かけた遊園地の観覧車の中で、お互いの関係をキスをして確かめて、一緒にいる時間はますます増えていった。
とは言っても、俺たちは高校生だし学校の勉強をしなければならない。
俺は暇な時間のほとんどを勉強にあてていたのもあって、学校の成績は自信があったし、リカも悪くはないが、彼女の理想と比べれば低い位置だった。
だからデートと言いながらも、二人で一緒に勉強をすることが多くなっていった。
それでも、リカに勉強を教えるのは嫌じゃないし、一緒にいられる時間は幸せだった。
──しかし、再び俺の幸せは崩れ去ることになった。
三月十四日ホワイトデー。
「生徒会で少し遅れるから、校門で待ってて」
というリカのメールを確認して、俺は教室で少し時間を潰した後に校舎を出て外で待っていた。
一月前にリカにもらったチョコレートのお返しに、お菓子とブランド物のネックレスを用意していた。
そんなに高いものではないけど、気に入ってくれるだろうかと少し緊張しながら待っていると、リカのクラスの窓から彼女の姿が見えた。
おーいと手を振ろうと思ったが、様子がおかしい。
一緒にいるのは、知っている顔の男──空手部の主将をやっている三年の先輩だった。
嫌な予感がして、俺はリカの教室に向かって走った。
教室の外から中で何を話していたのかは聞こえなかったが、外からでも見えてしまった──
彼女と先輩が抱き合ってキスをしていた……。
「──くっ──」
俺は真っ白になってダッシュで廊下を駆けて、後ろを一切振り返らずに学校を後にした。
家に帰るまでの間に、スマホに何度も着信があったが見る気もしないので電源を切った。
家に着いてからは、一人布団にくるまって何も考えないようにした。
いや、脳が考えることを拒否したんだ。
心が無になって、感情が虚ろになっていく。
真っ暗闇の空間に一人ぽつんと浮かんで、丸くなってくるくると漂っている感覚だった。
次の日──目が覚めると、父親が家の電話をもって俺の部屋に入ってきていた。
時計を見るともう昼になっていた。
「大丈夫か? …………リカちゃんからだけど」
リカは幼馴染なので、うちの家の番号も知っているんだった。
電話に出ようかどうか迷ったけど、出ることにした。
「……分かった……。ごめん……父さん出て行ってくれる?」
「……あ、ああ……」
父親が家から出て行ったのを確認してから、俺はリカに電話を替わったことを伝えた。
「どうしたの?」
「……俺、見たんだよ……」
そうしてリカに俺が見たことを伝えた。
その時、俺が考えていたこと──
あれは見間違いだったんじゃないか、
キスしていたとしても合意の上じゃなかったんじゃないか、
ちょっとした気の迷いだったんじゃないか、
なんでもいいから、言い訳をして欲しいと思った。
でも彼女は、
「そっか……見てたんだね……」
と言ったきり黙ってしまった。
「……なにか……言うことないのか?」
「なにもないよ……。あんたの事、勉強教えてくれる便利なヤツとしか思ってないし……。知ってるでしょ? 私、強い男が好きなんだよね。アンタみたいにナヨナヨしてる男じゃ、ダメなんだよ私」
「──っ──」
「……別れよう」
「……分かった」
そうして、俺とリカの恋人としての、そして幼馴染の友人としての関係も終わった。
俺はそれからしばらく学校に行かなくなった。
うちの家は父子家庭だが、これまでにも俺が学校に行きたくなる時期があったのもあって、父親は、何かを察したのかそっとしておいてくれた。
そうして……数週間が経った。
学年的には三年生になったのだが、一度も学校には登校していなかった。
暇つぶしにスマホでゲームをしていると、一通のメールが届いた。
タイトルは「二度も失恋したあなたへ」。
どうみても怪しいが、妙にピンポイントなタイトルだなと思ってつい開いてしまう。
本文は、ピンク色を基調とした装飾付きのメールで、その装飾の中心にはこう書いてあった。
「ようこそ、失恋同盟へ 〜あなたのココロ、必ず癒やします〜」
【あとがき】
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