地方から機械化農業・コンパクトシティ
日本の戦後史は、地方が大きいテーマだった。
戦争を起こした、特にクーデターの理由の一つに農村と都市の貧富格差があった。地方農村が極端に貧困、生活設備も江戸時代のまま。
それをどうにかしようとしたのが、田中角栄の日本改造。
だがそれは、ある時期から「タヌキしか通らない道」「無駄な箱物」の大合唱で悪の代名詞ともなった。
本来、自給自足の農村があった。鉄と塩を最低限手に入れれば、あとはそこでとれる穀物を食べ、豆を味噌にし、獲物の皮や樹皮や麻の繊維で作った布を着た。
ある程度徴兵されたり、年貢を取られたりするだけだった。
無論交通機関は必要としないし、ない。家から歩いて行ける範囲の田畑を耕す生活。
だが、その地方農村を豊かにしようとしたら?
金を稼がなければならないが、どうしても情報的に劣る地方農村は農作物を安く叩かれる。
道路や鉄道や空港、上下水道、電気やガス、学校や役所を整備した。だがそれは、若者を都市に吸いだすだけだった。
村おこしの類にも金を注いだが、絶対的な魅力はなかった。少なくとも大都市の華やかさに比べたら。美食も、厳しい競争がある大都市でなければ維持できないものがあった……超金持ちが集まるごくわずかな特級観光地以外。
ではどうすればよかったか。
単純に、地方農村の人々を、地方の大きめの都市に移住させる。
そこから、それこそ大きいヘリコプターで農村に通勤させる。
ヘリほどでなくても、ケーブルカーでも、ミニ鉄道でも、簡易舗装道路で悪路に極端に強いバスでも。
さらに根本的には、へき地を耕すのではなく、その水をコンパクトシティに近い優良耕地に集中し、機械化された農業で面積当たり収量が大きい効率的な農業をして、余剰人員は文明自体の発展に回す。
それぐらいにしたほうが効率がよかったのではないか?
何よりも日本で、小規模自作農至上主義が強く、大規模機械農業が流行らなかったことこそ問題だ。
山奥の谷間での農業は、本来経済的には不利な存在なんだ。
実効支配、という問題が出るかもしれない。ならば農業にこだわらず、狩猟に寄った、より少ない人口でもいい。
とにかくこの村、と皆がやったら、いくら金があっても足りない。