人間が一番好きなことをするフィットネスジム
「ハーメルン」で以前発表し、削除した作品です。
これもこのコロナ時代、おそらくはこれからも無理かも…
オレは今日は休みなので、いつもの24時間ジムに行く。高い方の会員権だ。
安い方だとボートと弓矢、ハンマーだけになるし、メガネ画面だ。
持って行くのはジャージ……いや、インナー。手袋。タオル。シャンプーやリンスのプラ小瓶。
受付で会員証を出し、当日札兼用のリモコンと薄めたスポーツドリンクをもらう。
第一更衣室でジャージに着替え、ドリンクを飲んで、まず行く広めの部屋で軽くストレッチをする。トレーナーが一応いて、指導してもらうこともできる。
それから第二更衣室で鎧をもらって着る。剣道の胴に似たプラ板の一体型、リュックのようにしっかりした肩当てがあり、内側にいくつかウェイトをつけられる胴鎧。腕とスネに、マジックテープでつける重い部分鎧。
今日は体調がいいので、鎧は合計20キロ。重いが歩ける。いつも心配するが、ちゃんと洗浄はされている。
リモコンの番号と合う個室に向かう。
幅2メートル、長さ4メートル程度のルームは、三面が大画面になっている。画面はワイヤーの網でしっかりガードされているが、見るのに不自由はない。
扉横の、背のほうのスペースに両手剣、斧、身長ぐらいの槍、クロスボウのような弓などが並んでいる。
画面に『フィットネスソーズオンライン4.2』の表示が出、デモ音楽が始まる。
グリーグop.36をシンセサイザーとエレキベース×3でアレンジした名曲だ。
鎧の腰に磁力でついているリモコンを取り、簡単に操作する。
画面はかなり急な山の坂道を登っている最中だ。ということは……
『いきなりキラーホーネットの大群!逃げろ!』
画面に表示されると、横のほうの大画面にカラスぐらいのスズメバチが数十、さらに不気味な羽音もサラウンドで響く。
壁から、大型のステッパーが出てくる。棒の先についたステッパーが折り畳み家具のように収納され、出てくるわけだ。ステッパーの基部についた握り棒を引っ張ると抜けて、ワイヤーが基部までつながっている。常に結構強い力がかかっている。
ハンドルを握り、ステッパーに乗る。
壁のカメラが見て、安全に使える状態になったのを確認してくれる。
『準備はいいですね、逃げてください』
声とともに、普通の家庭用ステッパーより上下幅の広いステッパーを踏んで強めに歩く。ワイヤーで引っ張られるハンドルも結構負担になる。
どれぐらい?3分ぐらい?1500メートル走ったほどじゃない。その半分ぐらい、7割ぐらいで走ったような感じだ。
それで画面に、表示が出る。
『呪文の準備ができました。腹式呼吸で大きく息を吸って、吹いてください』
目の前に、薄い板がついたスタンドマイクのような棒が壁から伸びてくる。
できるだけ大きく息を吸い、板を強く吹く。それでこちらの息が測定されるわけだ。
同時にステッパーから降りると、壁の方にひっこむ。
ステレオに何十節も、知らない言語の呪文が響く。雷の映像が画面を覆い、次々と蜂が焼き尽くされていく。
『弓を!ホブゴブリンの群れです!』
文字が画面に出るので、背後からクロスボウを手にする。まだ息があがっているので、なんとか整える。
クロスボウと言ってもトリガーはない。弓に、横棒がついているだけだ。横棒は二本の角材がごくわずかな隙間をもたせて平行に並んでいるような構造で、その間を弦が通る。その横棒の少し下、弦の中心あたりにリングがついている。そのリングを、右手の人差し指と中指でつかむ。
オレの体力データはとられているし、受付で運動強度も申告した。弓の強さは調整済み。
弓を引き、狙うと壁の大画面に狙っている点が表示される。それを画面の不気味な150センチぐらいの怪物の胸に合わせ、放つ。
素人が弓をただ引いて放てば弦で腕を怪我する。だが弦は横棒、つまりレールに沿って動き、レール内の爪が受け止めてくれ、少しゆっくりと2秒ぐらいで元のポジションに戻してくれる。
しっかりと弓を連射する。これがかなりきつい。運動としてもいい。
と思ったら、画面奥の地面が砕け、衝撃音が響く。
『ランド・ワーム!跳んでください!』
と画面に表示される。
弓をラックに置き、何度も続けてジャンプする。
『ジャンプが足りない!』
と警告があり、画面の体力バーが減る。
要するに縄跳びを飛ぶのと同じ。20キロの重りつきで。
『ソイルドラゴン!剣を!』
と文字が出る。両手剣をつかむ。重い……4キログラム。
画面内で地面が盛り上がり崩れ、巨大なオオトカゲが出てくる。少し吠えてから襲う前のモーション。隙。
両手剣と言っても、今握っているものと画面の映像が違う。
握っているものは刀身は30センチもなく、柄だけが本物っぽい。刀身と言っても、扇形で曲線が前のほうに突き出ている。またその扇形の板に、何枚も調整可能なようにウェイトがねじ止めされている。
それで、目の前のワイヤーに斬りつける。すると画面には長い刀身が映り、刀身がドラゴンを斬りつけているのがこちらには見える。
当たるのはワイヤーの網なので、画面が割れる心配はないというわけだ。
フォームは野球バットでも剣道でもいい、どちらも知らなければ入会時のチュートリアルでコーチしてくれる。
ワイヤーが変な剣を受け止め、しっかり手ごたえが返る。とにかく剣が重い。
少しずつ敵の体力ゲージが減っていく。だがこちらは全力で走るように息が上がる。
しかもこっちが休むと、敵の体力ゲージが回復してしまう。
もうすぐ……と思ったら、画面に別の波のようなエファクトと雑音。
『敵モンスターの回復呪文です!』
そいるドラゴンの体力ゲージが、2割から7割まで回復する。
(そりゃねーだろ)
と思いながら、斬り続ける。
手が痛い……
やっと倒した、と思ったら、
『ランド・ワーム!跳んでください!』
鎧が重い。疲れてきた。
やっと町が見え、町までステッパーで歩いていると、突然野党に襲われて弓を引き、剣をふるう羽目になった。
町を前にして体力ゲージが無情にも0になる。
『1分間の休憩ののち再開しますか?別のステージをしますか?』
と画面に出るので、別ステージを選んだ。
『ここは無法の町、チューシ。あなたは邪悪な吸血鬼貴族の陰謀で、冤罪で追われています。ジャンプしてバーにつかまってください』
天井を見ると折りたたまれた鉄棒が、ちょうどつかまると立てなくなる高さに出てくる。こちらの身長も入会時に測る。少し飛び上がってそれに捕まる。
『手が使えません。それでも敵は容赦なく出ます。足をももから上げて蹴りましょう』
……レッグレイズ、鉄棒にぶら下がって両足を腰の高さに上げる腹筋運動、というわけだ。足首ウェイトの重しつきの。
きつ……10回で悲鳴が漏れそうになる。棒につかまっている手も……。
降りたら、大きく体力ゲージが減った。
『また跳んでください!』
ぐ……
やっとまた何度か足を上げると、
『敵を撃退しました。降りて剣を』
メッセージが出て地面に出た。
何度か剣をふるい、下水に住む毒ワニを斬っているうちに、
『お時間です。お疲れさまでした。現在のデータは記録しておりますので、次回ここから再開するする、またはゲーム版《FSO》で続きから再開できます』
と画面に出る。可愛い女の子のアニメと、短く少し寂しげで楽しい音楽に変わる。
結構疲れた体で第二更衣室に行き、鎧を脱いで棚に入れる。そうすれば鎧は洗濯してくれる。
それからシャワールームに行き、受付でリモコンを返却して帰る……結構今日もきつかった。
帰ったら、ゲーム版の《FSO》をやるとするか。ゼメドの町にはあと少しだったし。
帰りにビール、まあそれをやると今度の健康診断はあれで、今日運動した意味もなくなるだろうが……
家のゲーム機にも、ステッパーと弓が付属している。別売りのボート漕ぎマシンもある。《FSO》などフィットネス兼用ゲームシリーズなら、運動しながらプレイすることもできる。
今日は運動なしモードだけど、当然!
単にこの話は、「なぜ、現実はこうなっていないんだろう」です。
もしこうだったら……ゲームセンターと運動ジムが統合されていたら。
何より、『小説家になろう』などで圧倒的に人気なのは、剣と魔法ファンタジー。ゲームでも『ドラゴンクエスト』の人気は圧倒的。
人間が一番好むのは、剣と魔法世界でモンスターを倒すことのようです。ならその好みを活用し、史実通りの重い剣を存分に振り回せる場を作れば……
オンラインでの会話などもあればもっといいでしょうが、今回はちょっと力不足。