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手軽で美味

今回は以前「ハーメルン」で発表し、削除したものです。

 質実剛健、印が無く良い品、という印象が強い店。BGMも最低限、ラジオが小さめの音量で鳴っているだけ。時報ごとに気まぐれにチャンネルが変わる。

 外装も派手ではなく、割と品がいい。

 中身も松材の机に、ビニールと、その上に生成りの厚めのテーブルクロス。床はニセアカシア材の頑丈だがそっけないフローリング。

 入り口に食券機。といってもメニューは「牛」「豚」「鶏」「羊」「魚」、それと「酒」を頼むかどうかだけ。

 店内にウォーターサーバーがあり、水と白湯を飲める。その水の質は結構いい。


 食券を出すと、数分後に料理と、頼んだ場合酒もまとめて来る。

 200グラムぐらいにカットし表面だけ焼いた、塊肉・大きめの切り身魚。つけあわせすらない。

 焼いてバターをのせたパン。

 野菜がかなり入った濃厚なスープ。

 それだけだ。

 時々気まぐれ料理がつくが、それはサービス。

 酒は250ミリリットルぐらいの、磁器のカップ一杯のみ。


 酒がなければ「鶏」680円、酒がついても980円。「牛」で酒をつけても1480円。気軽に楽しめる。



 うまさが尋常ではない。

 豚もも肉塊など、比較的安価な赤身を多く使う。

 だがその、塊肉の断面は均一なピンク色で、本来なら固いであろう筋部分もとろけるようだ。牛ステーキでいつまでも噛み続けてしまう、脂と肉の境界の筋すらやわらかい。魚も同様にうまい。

 真空調理。

 塊の肉や魚をジッパー付きのビニール袋に入れて水に沈め、摂氏55度など厳密な温度をかなりの時間保つ料理法。

 タンパク質が処理され、殺菌もされ、それでいて固くならない温度に、一番深くまでゆっくり熱を伝える。


 本来、西洋料理の肉料理の目的はそれだ。

 最高の肉料理は暖炉と言われている。本来暖炉は、熱の多くを煙突に乗せて外に出してしまう非効率な暖房器具だ。暖房器具と考えれば。

 調理器具と考えれば、低めの温度を保つ最高の調理器具だ。

 暖炉に串に刺した塊肉を置き、ゆっくりと回して滴る脂を塗りながら焼く。

 それは英語では独自の単語にすらなる。


 他にも、アメリカでは大規模なバーベキューがある。大きな倉庫のようなところでじっくりと肉を焼く。

 それもまた低温で焼き上げるもの。


 塩釜も結果的には、低温でじっくり加熱する調理法となる。


 それを科学の力で、確実に温度を保てるようにした、新しい調理法が真空調理法だ。


 ビニール袋の中で加熱された肉の表面を、フライパンで軽く焼く。袋に残った肉汁にワインと醤油を少し入れて煮詰めたソースをかける。

 均一なピンク色で柔らかい柔らかい肉はまさに絶品である。


 羊肉はかなりチャレンジメニューの面がある。慣れてから覚悟の上で頼む……ラムですらなく、しっかりしたマトンのブロックだ。味は素晴らしいがどうしても、日本人が苦手な臭みがある。

 魚の種類は日によって違う。鮭のときもあるし、キンメダイのときもある。その日手に入った新鮮で良質な魚を大きく切って、洋風に真空調理している。



 パンは焼きたてと言っていい。市販の上質な冷凍生地を、忙しくなる時間からタイミングを見て解凍し、焼いたものだ。

 さらにバターが作りたて。バターを作れる新鮮な牛乳から作られたクリームが用意されており、注文が入ってからミキサーでバターにしている。作ってすぐのバターは、市販の酸化したバターとは別格である。

 加えて、そのパンはかなり大きいのだ。普通のスーパーの八枚切りでいえば、合計五枚ぐらいにはなる。


 バターを除いた残りの牛乳も無駄にはならない。スープのベースにするのだ。

 牛乳のあまりにインゲンマメ・ヒヨコマメなどを入れ、スロークッカーと呼ばれる、電気を用いて長時間のとろ火を保つ調理器具でじっくり煮こんである。

 さらに、鶏ガラ・鶏皮・豚皮・豚の顔面の皮・豚骨などを業務用大型大型圧力鍋で長時間煮た濃厚スープを加える。肉類はザルで濾し、スープのみを使う。

 その二つの汁を合わせてから、タマネギ・ニンジン・カブ、ときにはテーブルビーツなど野菜を入れ、じっくり煮こむ。味はごくわずかなカレー粉と塩だけ。

 それ以外の余計なものは使っていない。スプーンが立つほどに濃く、うま味が強く脂も多い。

 コラーゲンが肌によいと来る女性客も結構いる。医学的には否定されているが。


 日替わりの気まぐれ料理がつくことがある。

 主に圧力鍋や厚い鋳鉄スキレットを使う、肉や野菜を蒸し焼きにしただけの簡素なものが多い。



 酒は、種類を指定することはできない。一種類だけ、普通のコップ程度の磁器で提供される。日替わりの気まぐれだ。

 レモンを絞り、ウォッカに入れただけ。

 コーラに度数の高いラム酒を、計りもせず適当に落としただけ。

 ビールにウィスキーを混ぜただけ。

 好んで、標準以上に度数が高い蒸留酒を使う。バーボンや特殊なウォッカなど。

 かなりアルコール度が高く、アルコール量はジョッキビールにも匹敵する。警告もされる。


 最低限の価格で、できるだけそっけなく、美味。ついでに必要な技術水準も低い。

 また酒好きも、思いがけないパンチのある酔いを求めて来ることがある。



 かなりの常連になってからだと、賄いに使われる料理を頼むこともできる。

 炊き立て熱々の丼飯に、スープに使った皮の類を塩味にしてのせたようなものだ。

 ドロドロに溶け、小骨も多数あるし脂もたっぷりだが、うまい。

 ニンジンなど野菜のむいた皮を、スープの上にたまった脂や余ったバターで炒めたものもある。

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