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夜の森

「ん……うぅ……」


 和人は意識をゆっくりと覚醒させる。

 まず、自分が横になっているということを認識する。次にベッドのような柔らかい感触ではなく、硬く冷たい感触を感じて、自分がどこにいるのか思い出そうとする。


(たしか、ギルドから出た後、宿に戻ろうとして……)


 その後起こったことを思い出して、和人は飛び起きる。すると、その途端に頭に激痛が走った。


「うっ……!」


 咄嗟に痛みがした場所--後頭部を抑える。頭をさすりながら、和人は慎重に自分の記憶を漁った。


(路地裏に入ったら頭が痛くなって……殴られたのか?その後のことを覚えてない……)


 そこまで考えたところで、気づいた。


 ここはどこだろうか?


 足元には冷えきった地面。顔を上げると、もう日が沈んでしまったらしく真っ暗だ。よく目を凝らすと周りには木が立っている。その数は一つや二つではなく、数えきれないほど多い。耳には木の葉がこすれ音しか入っては来ず、怖気がするほど物静かだ。


「ここ……森?」


 和人はそう声に出すが、それには誰も答えない。ただ沈黙が流れているだけだ。


 和人は自分の武器であるショットガンを構えようと背中に手を伸ばすが……その手は空をつかむだけだ。持っていたはずの銃が消えている。


「銃がない!?」


 動揺しながら辺りを見渡しても、それらしきものは落ちていない。それどころか、ショットガンだけでなく財布もなくなっていた。


 普段なら自分を殴った相手が取っていったのだろうと冷静に分析できたのかもしれない。だが、和人はそんなことを考えられる余裕などなかった。

 魔物が生息する森で武器を持っていない。しかも、夜の暗闇のせいで周りの様子がほとんどわからない。


 和人の胸中は焦りと恐怖で埋め尽くされていた。


「とりあえず……歩くか……」


 恐怖を紛らわすために出した声はかなり上ずっていて、逆効果にしかならない。一歩を踏み出すその足も震えている。


 動いたほうが良かったのか和人にはわからない。だが、何もしていないと恐怖に呑み込まれそうになると考えた和人は、とにかく行動せずにはいられなかった。


「どこだ、どこに行けばいい……」


 またもそうして声に出す。その声は震えていて、恐怖と怯えを含んでいる。

 まともに視界の利かない暗闇。木の葉のこすれる音しか聞こえない、閑散とした森。そんなところに、灯りも武器も持たずに放り出されたのだ。これで平常運転でいられるような者の方が少ないだろう。


 和人は歩き続けるが、変化が感じ取れない。ちゃんと進んでいるはずだが、周りに変化はないし、あったとしても些細なものでは気づけない。


 そうして、自らの感覚さえも狂い、先に進む足を止めようかと思ったその時--


 和人の右側から物音がした。ガサガサと茂みを揺らす音だ。

 一瞬、びくりと大きく跳ねた和人の体は、まるで凍り付いてしまったかのように固まった。そして、おそるおそる音のしたほうに顔を向ける。


 茂みを揺らす音は鳴りやむ気配がない。それどころか、音はますます大きくなっていく。まるで、カウントダウンのように徐々に大きくなっていくその音に、和人は怯えることしかできない。


 やがて、音の発生源が和人の前にその姿を現した。


 それは、イノシシだった。


 いや、イノシシのような魔物だった。それはたしかにイノシシの姿をしてものの、体長はゆうに10mを超えている。額には無数の傷跡が見られ、血管が浮き出ているのが非常に禍々しい。


 存在そのものが冒涜的とも言えるイノシシは、和人を一瞥するなり、体を和人の方に向ける。そんなイノシシの動きを見ながらも、和人は身動き一つとれない。まるで、蛇に睨まれた蛙のように固まってしまった。


 そうして向かい合っていること数秒、イノシシが動いた。


「っ!!!」


 その動き--少しかがんで頭を下げるという動作を見た途端、和人は真横に走りだした。その直後--


--ドゴォ!!


 大きな衝撃音と何かが砕ける音が和人の鼓膜を震わせる。和人が音がしたほうを向くと……そこにはなぎ倒され、破壊された木々が転がっていた。誰がやったのか?答えは言わずともわかりきっている。


 イノシシはゆっくりと和人のほうに向き直して--


「まずっ!!」


 またも和人が横に走ると、


--ドゴォ!!


 先ほどと同じように強烈な衝撃と破壊音。その跡には、案の定さっきと同じような惨劇が広がっている。

 

それを横目で確認しながら、和人はイノシシから距離を取る。


(あんな突進攻撃くらってたまるか!!)


 イノシシはその巨体からは考えられないほど俊敏に動いて突撃してくる。その威力は木を何本もへし折るほどだ。まさに猪突猛進--あれをまともにくらったら肉塊になってしまうだろう。


 和人はイノシシのほうを確認しながら、時折走る向きを直角に曲げる。すると--


--ドゴォ!!


 またも衝撃が響いてくる。和人に突撃しようとしたイノシシが木々に突っ込んだのだ。

 ただ一つ運がよかったことがあるならば、このイノシシが突進中には方向転換できなかったということだろう。そうでなければ、和人の体はすでにぐちゃぐちゃの肉塊となっている。


(でも、これじゃあそのうち……!!)


 夜の森に衝突音が鳴り響く。イノシシが突っ込んできたのを和人が紙一重で避け続ける。そんな絶対にやりたくない鬼ごっこをつづけること数分、あれほど多く並び立っていた木はそのほとんどが原型をとどめていなかった。


 そして、和人の体力と集中力も限界を迎えていた。

 もはや、気力だけで体を動かしていた和人だが、何度目かのイノシシの突進を避けたその時--


「うおっ!」


 石に躓いて派手に転んでしまった。すぐに体制を立て直そうとするが、もう遅い。イノシシは、今まさに和人に突撃しようと身構えていた。


 もう避けることはできない。和人は少しでも距離をとろうと、その場から後ずさった。

 

 すると、その直後和人の体は宙を舞った。


--ズルッ!


 何かが滑る音とともに和人の体は後ろに倒れこむ。そして、イノシシは和人の視界から消えかわりに星空が映った。


 それと同時に、和人は体に浮遊感を覚え、目に映る星空はどんどんと遠くなっていって--


(って、落ちてる!?)


 和人が先程までいたのは崖だったらしい。そこから下がったことで、崖から足を踏み外したのだ。


 和人は下を見る。その直後、見なきゃよかったと後悔する。


 その目には、底の見えない谷が広々と映し出されていたのだ。

 「死ぬ」--その2文字が頭に浮かんだ時、和人はがむしゃらに叫び声を上げていた。


「うわああああああああああ!!??」


 生まれて初めて出したような絶叫が、深い谷で木霊する。だが、いくら叫び声を上げても、身体の浮遊感はそのままだし、落下速度は増す一方だった。


 和人はもがくように空に両手を伸ばしながら、谷の奥底に消えていった……

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