冷遇
素手で熊を撲殺するというショッキングな討伐を終え、和人たちはギルドに戻っていた。
チンピラたちはクエストの報酬と熊の一部の換金分を配分しようとしている。今回の総額は小金貨3枚と銀貨5枚--全3万5千円だった。
本来なら4等分するのだろうが、今回はほとんど、というか全て大男がやったので等分するわけにもいかないだろう。
和人がそう考えていると、大男が硬貨を渡してきた。分配が終わったのだろうかと思い、それを受け取ると、
「……銀貨5枚」
和人は思わず呟いた。全3万5千円で取り分は5千円。
配当自体に文句はない。実際、和人がやったことはほとんどなく、大男に取り分のほとんどが集まるべきなのだ。
大男が小金貨2枚で残りの3人が銀貨5枚ずつ。これなら、妥当だと言える。むしろ、これでも十分すぎる気さえする。
だから、自分への配当には全く文句はない。文句があるのは、自分以外(傍点)の配当。
「あの……なんで僕以外の3人が、小金貨1枚ずつなんですか?」
和人は訊かずにはいられない。そう、和人と同じく全く仕事をしていなかったはずの、痩せぎすの男とずんぐりした体形の男。彼らの取り分が金貨1枚というのは明らかにおかしい。
そう尋ねた和人に大男は当たり前のように答える。
「取り分は均等にしないといけないからな」
「じゃあ、僕の分も均等に分けてくださいよ」
和人は大男にそう言う。その顔は戸惑いと不満の感情で溢れていた。
それに大男が答える前に、痩せぎすの男が初めて口を開いた。
「ガンナーに均等に分けるわけないだろ……」
小さい、だが恐ろしく不気味な声が木霊する。和人はその声に思わず身震いした。謎の迫力に和人が黙り込んでいると、
「ガンナーに金を恵んでるだけ感謝するべきだよ~」
今度はずんぐりした体形の男が気持ち悪い笑い方で話す。こちらも、痩せぎすの男とは別ベクトルで不気味だ。
チンピラの男2人の雰囲気に慄いていると、和人はふと周りの視線を感じる。周りを見渡すと、ギルド中の視線が和人に集中していた。それだけでも異常事態だが、その視線に込められた感情がより異質だ。
一つは憐憫。かわいそうなもの、不出来なものを見るような視線。
もう一つは嘲笑。下に見て、滑稽だと嘲笑うそんな視線だ。
和人はその視線を受けて、完全に思考が硬直する。この異質な空間に呑み込まれ、まるで自分が間違っているのではないかと錯覚してしまう。
「……わかりました」
和人は唇を噛みながら、渋々答えた。不平不満は山ほどあるが、言ったところでどうしようもなさそうだ。そう思い、和人は折れることにした。
だが、和人は知らなかったのだ。この世には言葉にできないほど恐ろしい悪意があることを。そして、それを無意識に振りまく者たちがいることを。
その日から、毎日チンピラたちとクエストに行くことになったのだが、その度に和人は散々な目に遭った。それこそ、初日が数倍ましだと思えるほどに。
戦闘前後の荷物持ちは全て和人の担当。その他雑用や、魔物の解体などもさせられた。
戦闘中に敵が素早く、攻撃が当たらない時には、強引に前に出されて敵の気を引く--つまり囮の役をさせられ、何度も死にかける。
クエストが終わり、報酬の分配で和人に渡される配当金が他の半分以下なんていうのはざらにあり、時には三分の一にまで減らされることもあった。
こんな仕打ちを受けても、和人は滅多に文句は言わなかった。和人自身も自覚している、自分が我慢することで相手を優先させるという悪癖が出たのだ。
それは、和人が日本にいる頃から--いや、生まれたときから刷り込まれ続けている感覚であり、彼はそれに従っていた。
それでも、どうしても腹に据えかねることはある。そんなときには、和人も抗議の声を上げるのだが……
「はは……本気で言ってるのかな?」
和人がチンピラたちに抗議をする度に、どこから聞きつけたのか金髪の優男が割り込んでくる。
「君の意見が通るはずがないじゃないか」
「ガンナーなんだから、大人しく従いなよ」
「皆もそう思わないか?」
優男が声を張り上げると、ギルド中から肯定の声が聞こえ、そしてあの目が和人を見つめてくるのだ。
憐憫とも嘲笑ともとれる、あの視線。それをギルド中のハンターたちがこちらに向けてくる。
それらが明確な悪意を持ったものだったら、和人も反論できたのかもしれない。
だが、彼らの眼差しは純粋な悪意によるものではなかった。
確かに憐れんでも、嘲笑ってもいるわけだが、なぜだかその視線や表情には悪意はない。
優男の表情や声音は、喧嘩を売るような威圧的なものではなく、むしろ 穏やかで丁寧だ。まるで、子供に何かを諭す大人のように。
周りの視線も、憐憫や嘲笑混じりであるものの、気分を害している様子はなく、微笑ましく見守っている。
だからこそ、そんな視線を向けていても、和人に暴行や恐喝は一度もしていないし、あからさまに侮辱する言葉もかけたことはない。
そんなちぐはぐな感情をこめられた視線を受ける和人は、混乱していた。
これではまるで、自分が悪くて周りが正しいようではないか。
しかし、それを否定したところで、根本的には何も変わらない。
結局、和人は気味の悪さを感じながらも、首を縦にふり続けるしかなかったのだった。
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そんな悪気ない悪意を受け続けて1週間。
「……パーティを……抜けさせてください……」
和人が憔悴しきった様子でそう言いだしたのも、当然と言えば当然なのだ。
この1週間で、和人は精神的にダメージを受け続け、今や人間としての誇りさえ危うくなっていた。
このままではダメだと、和人は意を決してパーティ脱退を言い出したのだ。
ハンターとして働いていく以上、ずっとこの視線に晒されるのかもしれない。それでも、それ以外の自由は取り戻せるのだ。
和人はそう考えると、すぐに直談判に向かった。
それを聞いたチンピラの大男は……
「……好きにしろ」
と、意外なほどあっさりと和人の脱退を了承した。
和人も少し驚いたものの、自分から言い出したことなので、礼を言ってから足早に退散する。
こうして、和人の地獄のような1週間は終わりを告げた--ように見えた。
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「よかった……抜けられた……」
和人はギルドから出て、歩きながらそう呟く。
時刻は夕方。朝からチンピラたちとクエストに向かい、帰って来てから脱退を申し込んだのだ。
和人は大きく胸を撫で下ろす。このまま、あのパーティにいたのでは精神が死んでしまう。
これからは、パーティに入るようなことはしないでおこう、と固く誓う和人だった。
そんな和人のもとに、何やらおいしそうな匂いが漂ってくる。匂いのする方向をみると、そこは大通りに露店が立ち並んでいた。その中のいくつかから、漂ってきたのだろう。
「……腹減ったな」
その匂いにつられ、和人は空腹を自覚する。何か買っていこうかと、財布の中を覗く。不幸中の幸いであったのが、金銭関係だ。配当を減らされたとはいえ、十分な金額を頂戴し和人の財布はだいぶ潤っていた。
「いや……止めた」
そんな財布の中を見た後、和人は財布をしまって帰路を急いだ。というのも、パーティを抜けたことで、収入が不安になったのだ。無駄遣いは極力避けたい。もちろん、パーティを抜けたことは全く後悔していないのだが……
「早く帰ろう」
そう言って、和人が大通りから離れて、宿まで近道しようと路地裏に入った時--
--ゴッ!!
不意にそんな音が和人の耳に入ってきた。それは、まるで鈍器で何かを殴りつけたような音で……音源は、和人の後頭部。
次の瞬間、和人は立っていられなくなり、その場に倒れこむ。同時に、後頭部に激痛を感じ、意識が保てなくなる。
(何が……起こって…………)
和人は混乱しながらも、何が起きたか即座に探ろうとする。だが、そんな時間は与えないとでも言うように、和人の意識はみるみるうちに遠くなっていく。
最後に意識を手放す前、和人は後ろに人の気配を3人分感じていた。