チンピラ
翌日、和人は今日もギルドに来ていた。ギルドに着くなり、掲示板を眺め始める。
(今日はどうしようかな……)
今日も採取クエストを受けるというのもありなのだが、せっかくなので今日は討伐クエストを受けてみたい。そう考える和人だったが、一つ問題があった。
魔物がどのくらい強いのかよく分からないのだ。
和人はこの世界に来て間もなく、この世界について詳しくない。もちろん、魔物の強さなんてわかるわけがない。
依頼書には報酬額が書かれているので、それを参照にすればある程度の予測はつくのだが……
(予想でしかないから、ちょっと心もとないんだよな……)
心の中でため息をつく和人。できれば、他のハンターとパーティを組んで経験を積んでおきたい。
そう悩む和人に野太い声がかけられた。
「おい、そこで何してんだ?」
和人が声に振り返ると、そこには3人の男が立っていた。
まず、目に入ってくるのは真ん中に立つ大男。カイルほどの巨漢ではないが、身長は190センチほどのがっしりとした体つきをした男だった。
顔は強面で、和人を見ているというよりも、睨みつけているような気がする。
その両脇に立つ男たちは、大男に比べて影が薄かった。というよりも、目立つような体格じゃないのだ。
一人は大男と同じくらいの長身なのだが、その身体には筋肉がほとんどついていない。ほとんど骨と皮だけのヒョロヒョロの体だ。頬はこけ落ち、その目はギョロリと和人の方を見ている。
その視線に耐えきれずに、和人が目を逸らすと、そちらにはもう一人の男が立っている。
その男は他2人と違い、かなり小さい。身長は140センチに届いていないだろう。その身体も引き締まっているわけでも、痩せすぎているわけでもなく、全体的にずんぐりしている。その小太りの男は、気味の悪い笑みと怪しげな瞳を和人に向けている。
その三人組を見て、和人はチンピラという言葉しか浮かばない。それ以上に適当な単語が思いつかないのだ。同時に、どうにかして切り抜けなければと悟る。
和人は最初の大男に視線を戻して、話をする。
「……掲示板を見ていただけですよ」
「にしては随分と悩んでいたようだが」
「それは……パーティに入ろうかと考えていて……」
和人は大男の凄みにびくつきながらも、訊かれたことに答える。和人としては早く逃げたかったが、強引に話を切ったらひどい目にあいそうな気がする。本能的にそう察知し、話を終えて穏便に離脱したかったのだが…………和人の答えを訊いた大男は、あろうことかこう言いだした。
「だったら、俺たちのパーティに入れ」
「!??」
大男の言葉を聞いて、和人の身体は凍り付く。一瞬止まりかけた心臓は、すぐにバクバクと高速で鼓動を始め、顔からはサッと血の気が引く。
(どうする?どう答える??)
和人は発狂しかけるのを無理やり抑え、必死に頭を動かす。
パーティに入ることができる。そう考えれば、まさに渡りに船の話だ。問題はやってきた船が泥船のような気がするということだ。
ぶっちゃけ、すごく断りたい。早々に断って、別のパーティを探すか最悪一人で受けたい。
そう考える和人だが、強面で睨むように見てくるこの男。パーティへの勧誘というより、命令のようなその口調。
ここで断ったらどうなるのか。和人はその可能性を想像してしまい……
「…………はい」
そう答えるしかなかった。
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和人はチンピラのような3人組のボスに勧誘され、無事そのパーティに入ることになった。
(どうしてこうなった…………)
和人は腐った魚のような目をしながら、チンピラの後に続く。
場所は新緑樹海。チンピラたちが討伐クエストを受けたので、和人もそれについて行っている。
(非常に不本意だけど……)
少なくとも、安全は確保されるだろう。さすがに、自ら討伐依頼を受けておいて、勝てないわけがない……はずだ。多分、きっと。
おそらく、大男は戦えるだろう。あんな筋骨隆々の身体をしておいて戦えないなんて言ったら、詐欺もいいところだ。
だが、残りの2人はどうだろう?正直、戦力にカウントできるとは思えない。特に長身で痩せぎすの男のほうは。
(本当に大丈夫か?)
和人が一抹の不安に心を曇らせていると、
「来たぞ……」
大男が静かにそう呟く。その後、前方の暗闇からその巨体が姿を現した。
それは熊だった。全長は2メートル半ほどあり、こちらを見つめるその瞳は、獲物を狙う捕食動物のそれだった。
対峙して思わず足がすくんでしまう和人。
圧倒的な威圧感を持つそれが、和人たちに向かって襲い掛かって来ようとした時、
「うおおおおぉぉぉ!!!」
大男が熊に向かって突っ込んだ。
雄たけびを上げながら迫ってくる大男に、熊は一瞬だけひるんだ様子を見せる。その間にも男は熊に詰め寄り、
「ふんっ!!」
その顔面を素手で殴りつけたのだ。
その光景に和人は呆然とするしかない。どこの世界に素手で熊に喧嘩を挑む人間がいるのだろうか?
(いや、目の前にいるけど……)
熊は殴られて激昂したのか、男に腕を振り下ろす。だが、男は難なくそれを躱して、二撃、三撃と巨体を殴りつける。その度に、熊の身体は揺れ、血も流れ出した。
5分後、現場には体中血みどろになって倒れ伏している熊と、その両手を同じく血で染めて立っている大男がいた。
勝負とも呼べない、一方的な蹂躙だった。
「嘘だろ……」
和人は力なく呟く。そりゃそうだ。目の前で熊を殴り殺したのだから、目を疑わずにはいられない。
ともあれ、無事討伐クエストは終了。後はこの死体の一部を持って帰れば、クエストは達成となる。
「おい」
突然、大男が和人に向かって話しかける。
和人は、血に濡れた両手を携える大男に畏怖しながら、恐る恐る返事をする。
「は……はい」
「こいつを運べ」
有無を言わせない強い口調。強面とその真っ赤な現場がより恐怖を引き立てる。
和人は文句も言わず、一目散に死体に駆け寄りその一部を切り取る。それをカバンにしまいながら、和人は思う。
(強すぎる……)
まさか、素手で魔物を倒してしまうとは思っていなかった。和人は内心で驚愕しながらも、あの大男を怒らせないように気をつけようと心に刻む。そうしなければ、命がいくつあっても足りない。
だが、同時にこうも思った。
(大男一人しか動かなかったな……)
自分が全く動けなかった。役立たずのようになってしまい、申し訳ないと思う気持ちもあるのだが、それ以上に残りの2人のことが気にかかる。
手を動かしながら、3人の様子を盗み見るが、大男は自慢げな雰囲気ではなく、他の2人も大男を労っているようには見えない。
つまり、チンピラたちにとって、これは日常茶飯事だということだ。
(どういうことだ……?)
大男が規格外に強いのは別にいい。問題は他の2人が全く仕事をしていないということ。そして、大男はそれを一切気にしていないということ。明らかに異常だ。
こうなってくると、和人をパーティに入れさせたのも疑問に思えてくる。
和人はチンピラたちに対する疑念を深めながら、ギルドに戻ったのだった。