初仕事
和人は受付嬢についていった先でガンナーの装備を受け取った…………が、受け取った装備は、和人の思い浮かべていたそれとは少し異なるものだった。
「…………」
和人は無言でそれを見つめる。それは銃身が60センチもあり、その端についている木製の持ち手には金属の引き金がある巨大な銃。
どこをどう見てもショットガンだ。
(ガンナーっていうから、てっきりリボルバーだと思ってたけど…………)
和人はそう思いながらもそれを背中に担ぐ。傍から見ると、絵面が完全に猟師のそれだ。まあ、狩猟する対象が動物か魔物かの差しかないので、あながち間違いでもないのだろうが……
こうして和人は、幻想を尽く打ち砕かれ、テンションダダ下がりのまま受付まで戻ってきた。
「クエストを受けるには、あちらの掲示板に貼られている依頼書を受付まで持ってきてください。私たちが受付処理をしますので」
受付嬢は左側を指差してそう言った。その先には大きなコルクボードに何枚もの紙が貼られているのが遠目でも見て取れた。
和人は受付嬢にお礼を言ってから掲示板の方に向かった。掲示板には多種多様な依頼が貼られている。
薬草を採取してギルドに納品する『採取クエスト』。これは危険なことは一切なく、初心者向けなのだろう。
それから、ハンターの本業ともいえる、魔物を討伐する『討伐クエスト』。
他にも未開地の調査をする『調査クエスト』というのもある。
(そろそろ切り替えるか……)
和人は掲示板に貼られた依頼書に集中する。
ジョブがファンタジー感をぶち壊しにするものだったのには驚いたが、いつまでも引きずっているわけにはいかない。
これは仕事。生活がかかっているのだから、真面目に取り組む必要がある。和人がそう思って、真剣な眼差しでクエストを選定し始めると、
「どんなクエストを探しているのかな?」
背後から声をかけられた。和人が振り返ると金髪碧眼の優男が立っていた。歳は20をこえたくらいで、顔は綺麗に整っている。
「えっと……あなたは…………?」
「僕は君と同じハンターさ。クエストを受けようと思っているんだけど、パーティメンバーを募集しているんだ」
優男はそう答える。『パーティ』というのは要するにチームのことだ。ギルドの依頼は、依頼書の明細に反していない限り、どんな風に受注しても問題ない。複数人で1つの依頼を受けるのもアリということだ。
報酬はパーティで分けることになるそうだが、その分メリットも大きい。例えば1人では討伐が難しい魔物でも、3人や4人でなら簡単に討伐できる。そして強い魔物は、大抵高額の報奨金をかけられていることが多いので、配分しても十分な金額が稼げるのだ。
当然、必ず上手くいくか保証はないが、1人で受けるよりも大幅に危険度が下がるのは間違いない。
「そうですか……ちなみにどんな依頼を受けるつもりですか?」
和人は好奇心からそう尋ねてみた。パーティ募集となると、強敵を相手取るということだ。一体どんな魔物なのだろうか?
「ああ、新緑樹海のディザスターボア討伐さ」
「ディザスターボア?」
知らない単語が出てきて、和人はそう聞き返した。おそらく、魔物の名前だということくらいしか分からない。
「まあ、知らないのなら仕方ないが…………それよりも君、僕らのパーティに入らないか?」
「え?でも、魔物ことは知らないんですが…………」
「ああ、君の場合は関係ないから」
釈然としない和人に、優男は笑って答えた。ただし、その笑顔は爽やかなものではなく、薄ら笑いのような笑顔だった。和人は、その顔から得体の知れないどす黒さを感じ取り、身を固くする。端正な顔立ちに浮かべられた醜悪な笑顔には、不気味以外の感想が思い浮かばない。
「ぼ、僕は新米なので!足を引っ張るだけだと思うので遠慮しますね!」
和人はその場から一刻も逃げたくて、そう言って強引に断った。それから、掲示板に貼られていた採取クエストの依頼書をとって、急いで受付に向かった。
その後ろ姿を、優男は何の感情もこもっていない目で見つめていた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
和人は現在、薬草を探している。場所はダカートの西に位置する森林--名前は新緑樹海というらしい。依頼書の内容は、回復薬の調合に必要な薬草を取ってくること。数の指定はなく、採取してきた分だけギルドが買い取るそうだ。また、この森には魔物が出るそうなので注意しなければならない。
街や森の位置関係について説明しよう。ダカートという街は西に森林、南に砂漠がある。それぞれの名前が、新緑樹海と白昼砂漠。
普通なら全く問題にはならないのだが、この森林にも砂漠にも魔物が出るのだ。そのためダカートではハンターが多く滞在しているらしい。
また、森林には比較的弱い魔物が、砂漠にはより強い魔物が現れるようで、ギルドマスターが許可を出したハンターでないと砂漠には行けないらしい。
和人はそんな危険なところに丸腰で飛ばされたわけなのだが…………
(……てことはカイルってそうとう強い?)
和人は辺りに気を配りつつ、ふとそう思った。よく考えればそうだ。砂漠に来ていたということはギルドマスターが認めるくらいの実力者だということで…………カイルがワーウルフを簡単に退けていたことに、ようやく合点がいった和人であった。
「おっと、発見!」
そんなことを考えているうちに指定された薬草を見つけた。ゼンマイのような見た目の草が大きな樹の陰に生えていた。これを5本以上持ってくれば依頼達成。余った分は換金できるらしい。
「もっと見つけないと」
和人はそう言って、薬草探しを続ける。
クエストを受ける前はかなり渋っていた和人だったが、いざやってみるとおもしろいことに気づいた。やっている本人は宝探しでもやっている気分になって、どんどんやる気がわいてくる。
第三者がいれば、圧倒的に地味な光景に辟易してしまうだろうが……
とにもかくにも、和人は集中して薬草集めに勤しむのだった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
夕方、和人はギルドに向かって歩いていた。薬草採取から帰ってきたのだ。
成果は、11本。思いの外多く取れた。依頼書には1本あたりの値段が書かれておらず、いくらになるかは分からない。ただ、今日一日分の宿代くらいは確保できるだろう。そうでないと、和人は今後かなり厳しい生活を余儀なくされてしまうのだ。
和人はギルドに入ると受付に向かった。そこで依頼が達成したことを報告する。すると、薬草を5本納品して、ギルドカードを見せるように言われた。依頼達成の確認と本人確認をするというわけだ。
和人が言われた通りカードを見せると、対応した受付嬢は奥に入っていってしまった。その数分後、依頼完了が報告され、依頼達成報酬として銀貨2枚と銅貨5枚を渡した。
この世界では、通貨としての価値の低い順に、銅貨、銀貨、小金貨、金貨、白金貨がある。銅貨1枚は日本円で100円の価値があるらしく、銀貨はその10倍の1,000円、小金貨は10倍の10,000円だそうだ。つまり、今回の報酬は2,500円ということになる。
報酬の受け渡しが終わると和人は買取所に行くように言われた。
買取所はその名の通り、ハンターからの買取を受けつけるところである。買い取るものは依頼された薬草や魔物の死体などだ。魔物の皮や牙、爪などは武器や防具に使えるらしく価値があるのだそうだ。
買取所で余った薬草6本を出すと、銀貨2枚と銅貨4枚で売れた。
銀貨2枚と銅貨4枚は日本円で2,400円にあたる。報酬と合わせて4,900円の成果だ。
カイルから餞別として金貨1枚--1万円をもらっているので、かなり金銭的な余裕はできた。宿や食事の値段にもよるが、しばらくは安泰なのではないだろうか?
和人はそう考えながら、宿を探すべくギルドを後にした。
さて、これで和人のハンターとしての一日は終わった。
振り返れば、ものすごく地味で、普通で、そして和人にとっては最も平和な一日(傍点)となることになったのだが……
今の和人にこのことを知る由はない。