プロローグ
人は死の間際になった時に、いったい何を思うのだろう?
やり残したことを思い返し、後悔するのだろうか?
残された家族のことを考え、どうしようもない自責の念に駆られるのだろうか?
それとも、自分の生に満足して幸せに逝くのだろうか?
多くの意見があるだろうが、彼の場合はこのいずれでもなかった。
彼が死の淵に立った時に感じたもの…………それは怒りだった。
『怒り心頭に発する』『はらわたが煮えくり返る』『怒髪天を衝く』など怒りを表現する言葉はいくらでもある。
だが、彼の怒りはもはや言葉では言い表すことができない。それほどまでに、彼の心は轟々と燃え盛っていた。
「ふざけるな…………!!」
彼は恐ろしく低い声でそう呟いた。その声からは憤怒以外の感情が見受けられない。
それほどまでに彼の怒りが強いのか、それとも他の感情を忘れてしまったのか。
それはともかく、彼のどす黒い呟きは夜の森の中で木霊した。それを聞くものは全くいない。静寂だけが返ってくる。
「ふざけるな…………!!」
彼は大の字に寝転がりながら、もう一度呟いた。その声に込められているのは、やはり怒り。
彼は何にここまで怒りを迸らせているのだろうか?これから、その軌跡を辿っていこう。
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日曜日とは世間で休日と呼ばれている日である。人々は仕事や勉強から解放され、自由に過ごす。
社畜という言葉が生まれるほど働きづめになることが多い日本人にとっては、まさに砂漠の中のオアシスのような存在だろう。
そして、それは毎日学校に通い、好きでもない勉強をしなければならない高校生の彼にとっても同じだ。
「今日はよく買ったな〜」
彼--三河和人は機嫌良さそうにつぶやく。
身長170センチの標準的な男子高校生の体は跳ねるように歩き、これといって特徴のない黒髪黒目の顔は、ニヤニヤと緩み切っていた。
完全に浮かれているといっても過言ではない和人が見つめているのは、右手に持つレジ袋。中にはモデルガンが大量に入っている。
和人はプラモデルやフィギュアなどの造形物が好きで、それを集めることを趣味としている。
特に彼が好きなのは、モデルガン。彼の家には大量のモデルガンが陳列されており、和人はそれを見て満足げな表情を浮かべるのだ。
和人曰く、「モデルガンは見てるだけで楽しいよ!僕は一日中でも眺めていられる自信があるね!」、とのこと。
完全に危ない人のような反応だが、決して怪しい白い粉を吸っているわけではない。
ちょっと、自分の趣味の方向に傾倒し過ぎているだけである。
また、この様子から察せるだろうが、和人は青春というものに全く縁がない。必死になって部活動に励んだり、彼女と一緒に高校時代を謳歌しているわけではない。
彼はどちらかというと一人でいることを好んでおり、友達と遊ぶことはほとんどない。
断じて和人がボッチというわけではない。学校では多くの友人に囲まれているし、親友と言える存在もいる。
しかし、彼は自分よりも他人を優先するきらいがあるのだ。
例えば、会話をしているときなんかは話す側に回るよりも聞く側に回ることが多い。自己主張することもほとんどなく、大抵は周りに合わせて行動している。
それは、どちらかというと良いことのように思えるかもしれないが、和人自身はそれを窮屈に感じていて、あまり他人といることを好まない。
それに趣味を理解してくれる人がほとんどいないというのもあり、和人は基本的に休日は一人で趣味に没頭している。
さて、話が逸れたが和人はこの日曜日に大量のモデルガンを購入して帰路についていたところだった。
その結果として、和人の財布はすっからかんだになってしまったのだが…………
「帰ったら何から見ようかな〜」
すっかり寂しくなってしまった財布とは対称的に、和人の機嫌は良くなる一方だった。上機嫌に帰った後のことを考えながら地下鉄への階段を下ること数段…………
--ズルッ!!
「え…………?」
突如、足元に感じる違和感。そして、和人の口から出た間抜けな声。
(足……踏み外した…………??)
和人がそれを認識する間にも、時計は無慈悲にもその針を進める。
(落ちて……る…………?)
和人の体は重力によって加速しながら、落ちていき…………
--ゴッ!!
頭に強烈な痛みが走る。
だが、まだまだ序の口とでも言わんばかりに和人の体は急速に階段を転げ落ちていき、その度に身体は階段に打ち付けられていく。
幸運というべきか不幸と言うべきか、和人は意識を途絶えさせることなく転がり続けた。
そして、最下段にたどり着いたときには、その体は一際大きく打ち付けられ、和人の意識を刈り取ろうとする。
和人はその衝撃に耐えることができず、視界が徐々に暗転していくのを感じた。
和人が完全に意識を失う直前、その瞳が映していたのは…………地面に散らばるモデルガンの数々だった。
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「う…………うぅ…………」
そんなゾンビのような唸り声を上げながら、彼は思った。
(あれ?僕、死んだんじゃ??)
和人はそれを鮮明に覚えていた。自分が階段を踏み外し、何の折檻なのか全身を階段に打ち付け、ただ痛みを感じながら意識を閉ざしたことを。
だが、彼は声が出せた。間違いなく自分が倒れていることを実感できるし、あつさも感じることができる。
「あつさ?」
和人は、自分の思考に混ざったそれに疑問を覚えた。
そう、あついのだ。何が原因なのかと、和人はゆっくりと起き上がった。
和人の視界に真っ先に飛び込んできたのは地平線だった。澄み渡るような青空と真っ白な地面がどこまでも続き、それらは最果てで一本の水平線となっている。
また、下をよく見てみると、地面だと思ったそれは砂だった。白い砂粒は太陽の光を吸い込み、明らかな熱を持っている。
曇りなき空から見える太陽は地上を照りつけ、白い砂はその光を反射している。
上からも下からも、光を当てられているこの状況は、はっきり言ってものすごく暑い。
「どこだ?ここ…………」
和人はそう口にしたものの、本当はわかっていた。
白い砂が延々と続く大地に、快晴の空に降り注ぐ日光と言ったら一つしか思い浮かばない。
砂漠。それが答えだ。
もちろん、和人はそんなことを疑問に思ったのではない。
どうしてこんなところにいるのか?、これが最大の疑問であった。
だが、それに答えてくれそうな人影は見当たらない。広大な砂漠の中、和人が一人ポツンと座り込んでいるだけだ。
和人は極暑も気にせず、しばらくの間硬直していたのだった。
初投稿です
至らないところなどあるかと思われますが、何卒宜しくお願い致します!