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ありすに笑う  作者: めあり
一章 宗教神の傷と
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捌 桐生現れ申さんことに。

「で、どうだったの?」


 帰り。

 橋の下に居座る、阿須舌あすしたマキヤのもとへ行き、そしてそれから家に帰ってきたとき。

 帰って、ドアを開けた瞬間のことである。

 いつものごとく、「たでーまー」なんて気怠くあいさつをする間もなく、彼女──結梛ゆうなぎ悠莉ゆうりは訊いてくる。


 この、『どう』が果たして今日の僕の学校生活について問うたわけではもちろんなく、そんなこともなく、つまり阿須舌マキヤは何と言ったのか、解決出来そうなのかと言うことを、訊いてきたのは言うまでもない。


 ちなみに、例によって例のごとく、僕はそれに気づくまでにしばらく時間がかかった。具体的にどれくらいかかったのか言えば、約十秒。思わず、「今日もえりな以外とは誰とも話してないよ」なんて言い出しそうだった。何なら、『今日も』あたりまで出てた。危ない危ない、ギリギリセーフ。


「今日も?」

「今日もいい天気ですね」

「さようなことで」


 じゃなくって!

 なんて手をぎょうらしくぶんぶんと振りながら、膨れっ面で僕を見詰める。まるでそれは幼女のようで、やはりまだ幼いな、幼くて可愛いな、なんて恋心が目覚めるところだった。危ない危ない、ギリギリアウト。


「で、解決出来そうなの?」

「僕の顔を見て、それ訊く?」


 うーんと唸りながら、彼女は僕の顔をじろじろと凝視、と言うかもはや睨む勢いで見る。怖い怖い。


「わかんないや」


 しばらくして、三分くらいして、彼女は諦めたように息を吐いたようだけれど、いや、まあ、普通に考えて、顔を見ただけでわかることはないだろう。一応兄妹だし、めっちゃ長いこと見てたし、そのへんわかってくれるかなと淡い期待も、水の泡だったようだ。


「まあ、まだ解決は出来てないけど、出来そうではあるって感じだ」

「と、言うと?」

「阿須舌が詳しく調べてくれるんだってよ。だからそのために、来週にでも二年B組の動画を撮って、阿須舌に観せるつもりだよ」


 言いながら僕は靴をぬぎぬぎ。さすがに玄関で立ったまま話したくもないので(さっきまでドアさえ開いていた)、ひとまず中に入ろうと提案する。


 そして僕らは、リビングへと移動した。

 ふたりが暮らすにしては、無駄に広いリビングと、そしてそこにあるのは、ふたりが観るだけには無駄に大きいテレビのみ。

 殺風景なそのリビングに、僕らは向かい合って座る。


「でも、本質的には何ら進展はないんでしょ?」


 座った瞬間、彼女は口を開いた。


 たしかに。

 何だかかんだか、阿須舌に訊きにいって、手伝ってくれると言うことだったので何となく光が見えていた気がしたが、言う通り、悠莉の言う通り──何もわかっていない。何も、進んではいない。

 そのことを、今更ながら痛感した。今更である。本当に痛い。正座してるから足も痛い。


「何もわかっていないのは事実だけれど、それでも、阿須舌が手伝ってくれると言うだけでも進展にはならないか?」


 ちょっとの希望を込めて、そんな、言い訳じみたことを訊いてみた。


「ならないね」


 一蹴。

 まさかのそのひとことで、僕の言い訳を一蹴しやがった。

 一周まわって清々しい──いやダジャレじゃなくてね。


「だからおにぃちゃんはヘタレって言われるんだよ……」


 およよと崩れながら、本当に心配しているような声で僕に情けの目を向けてきた。大きなお世話である。


 そもそも、だ。


「誰がヘタレだ」


 僕は一度も、自分のことをそんな風に思ったことは無い。むしろヘタレの逆──つまり勇猛果敢と言っても、過言ではないはずなのだ(この場合の逆は、『レタへ』と言うような物理的な逆ではなく、意味合い的な逆のことだ)。


「じゃあ訊くけどおにぃちゃん。やったの?」

「やったのって……何を?」

「ヤッたの?」

「あー」


 なるほど。

 イントネーションで、悠莉の言わんとしてることはわかった。

 わかった。

 わかったのだけれど、例え兄相手とは言え年頃の女の子。そんな言葉を使っていいものなのだろうか。


「ヤッてない」

「でしょー?」


 僕が申し訳なさげに小さく答えると、まるで悪戯が成功した無邪気な子供のように、にっしっしと笑う。相変わらず、その甘い色に染まった茶髪は綺麗に靡いて、ゆらゆら揺れていた。


「まあ、僕がヤッてるヤッてないに限らずだな」


 閑話休題。

 妹とこんな話をするのは少しばかり憚られ、そして何より、彼女のことをおもんぱかってみれば、やはりこんな話なんてするべきではなかろう。


「もしかしたら、頼るかもしれない」


 僕がそうぼそりと呟くと、彼女は首を傾げた。


「絶対、じゃなくてもしかしたらなんだ」


 言われて気づく。絶対頼らなければ、この案件は解決しないわけだけれど、でも、何故──僕は『もしかしたら』なんて曖昧な言葉を使ったのだろうか。少なくとも僕は、彼女に対して引け目を感じているとでも言うのだろうか。あの頃から──あの何でもなかった(・・・・・・・・・)ような(・・・)、夏休みから。


「わからない……。でもまあ、頼んだときは、よろしく」

「わかったよ。私もおにぃちゃんのために、頑張らないと」


 さあて、ご飯作らないとね、なんて言いながら台所に行く彼女、結梛ゆうなぎ悠莉は、今日も笑って僕を守ってくれている──

毎日更新してるけどたまに忘れるときある。

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夏果ての僕、きっと世界は救えない。
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