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ありすに笑う  作者: めあり
一章 宗教神の傷と
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漆 キングオブイマニティ。

「いやいや」


 何を言っているんだこいつは、などとまるで命の恩人にするべきではなかろう視線を向けて、僕は否定にかかる。


「高校の生徒でもない、もはやいいおっさんの歳になってしまったお前が、どうやって実物を見ると言うんだよ。たしかにお前は、夏休み──僕が異世界転移をした今年の夏休み、東棟二階の理科準備室を拠点としていたのはわかっているけども、でも、それは理科準備室と言う見つかりにくい場所だったからだろう? でも、実物を見るためには二年B組の教室前まで来なきゃ行けないんだぜ? バレるだろ。どう考えてもバレるだろ。ていうか普通に警察行きだぞ」


 住所不定、無職の三十代の男として全国ネットに流されちゃうぜ?

 と、さすがにそこまで酷いことは言えなかったけれど(命の恩人として、一応の心遣いはしているつもりだ)、それでも、やはり少し厳しいことを言った。


 厳しい。


 厳しいと言うか、虫がいい。


 自分から来ておきながら、自分から頼んでおきながら、まるで幼女を諭すようにではないにしろ、それでも何だか諭すように言ってしまったことを、言ってしまった直後、具体的には言って六秒後に、後悔した。

 さすがにこれは虫がよすぎる、と。


「たしかに……それはそうだ」


 しかし。

 あれれ。

 びっくりした。

 いつも何故かキレ気味である(素がこれなのかもしれないけれど)阿須舌が、こうも納得してしまうとは、驚きを隠せない。

 顔に出ているのかは定かではないが、心の中では困惑していた。

 困惑して、動揺していた。


「ん? どうした?」


 やはり顔に出ていたのか、それとも心の動揺を見透かされたのか、どっちにしろ、阿須舌が不審がったのは確かだ──不審と言えば、眼の前のこいつの方がよっぽど不審者だが、それもやはり、口に出来るわけもないだろう。


 喉が裂けても言えない。

 いや口が裂けたらの間違いか。まあ喉が裂けようが口が裂けようが、どっちにしろ喋れないのは確かなわけだが、度合い的に言ったら喉の方が重症だろう。つーか喉裂けたら死ぬじゃん。何言ってんだ僕。


「いや、何でもない。阿須舌の顔が面白かっただけだ」


 おいどういうことだよ、なんてそのイケメンな顔を勿体無いくらいに顰める阿須舌を横目に、僕はどうやったら彼が、誰にもバレずに二年B組の教室前に行けるのか──つまり集団催眠を見ることが出来るのか、考えあぐねていた。


 うーむ。

 ふーむ。

 ふむむ。


「ダメだ、策が全く思いつかない……」


 当然と言えば、当然である。

 こんな三十路のいい歳こいたおっさんなんて、どう考えても高校に入れるわけがないのだ。そんなのが容易に出来てしまったら、僕を含め生徒の命なんかあったもんじゃあない。


「こうなったら、俺が教師のフリをするしか……」


 スーツはあったかな、なんて言いながら隣の段ボールを漁るおっさんを見て、僕は溜息が出た。

 ああ、考えるのをやめたのかと。

 つまり、呆れて溜息が出た。


 しかし、まあ。

 阿須舌がここまで諦めるのも無理はないのかもしれない。だって、普通に考えて、いや普通に考えなくっても、思いつく策はないであろう。


 などと、僕もスーツを探すのを手伝おうかななんて思っていた矢先。

 思っていた瞬間。

 彼女が、ひょっこり出てきた。


「あの……スマホか何かで、動画撮ればいいんじゃ……」


 今まで本当にいたのかいなかったのさえわからないくらいに息を潜めて、もしくは影を薄めていたようだったけれど、我慢の限界なのか、まるで「あなたたちは阿呆なんですか」とでも言いたげな眼で言ってくるのは、ちゃっかりついてきた愛咲えりなである。


「ああ、スマホ……」


 なるほど。


「「その手があったか」」


 ふたり声を合わせて言うもんだから、さらにえりなは呆れたように溜息を吐いた。

 さっき阿須舌に呆れて溜息を吐いていた自分が恥ずかしいくらいには、呆れられている。無理もない。


 まったく。

 本当に僕たちは、文明社会についていけてないようだ。


 ◇


 そういえば、と阿須舌は思い出したかのように呟いた。


「俺はどっちにしろ、その専門家じゃあない」

「え、その専門家じゃないって……お前、『そういう類い』の専門家じゃないのか?」

「『そういう類い』、まあつまりは『神々の悪戯』なわけだが、その専門家だからと言ったって、それら全てに詳しいわけじゃないんだ。そういう案件を全てまとめてそう総称するだけであって、案件に関してはさまざまなわけだ。そして俺はあくまで、『異世界』を生業としているのであって、集団催眠とか、そんな宗教じみた、オカルティックなことなんかの知識は皆無なわけだよ」


 言いながら、口に何本目かわからないタバコを咥えた。まるで、これ以上話すことはない、とでも言いたげな眼で僕たちを見てくるので、そろそろ潮時かな、なんて思う。


「そっか、そりゃあ悪かった。んで、いくらだ?」

「いや、そんなので金を取るくらい俺は困ってねぇよ。お前は、俺がどんだけ金が欲しがってると思ってんだよ。このくらいの相談は、タダでいい」


 と、そのせっかく整った顔を厭わしそうにしながら、僕を見つめる。なんだ、てっきりお金に困ってるのかと思った。ていうか困ってないならマンションとかアパートでも借りろよ、マジで。


「じゃあそろそろ帰るよ」

「いろいろありがとうございました」


 などと適当に挨拶をして、僕らは家に帰ることにした。


「おう、動画撮ったらまたこい」


 そう言いながら手を振る三十路のおっさん阿須舌マキヤは、橋の下で今日もタバコを吸っている──

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夏果ての僕、きっと世界は救えない。
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