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ありすに笑う  作者: めあり
一章 宗教神の傷と
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陸 神聖場所に悪魔様。

「よぉ、待ってたぜ」


 やはり彼は、僕がここに来ることをあらかじめ知っていたごとく、自慢げに胸を張って言った。


 橋の下。ふと横を見る。川を挟んだ向こう側には、まさに『ホームレス』と言うような風体の男が、段ボールの上に居座り、橋の裏をぼんやり眺めていた。


 そして次に、目の前の男を見る。


 いつも通り、まるでそこにいるのが当然とでも言うように、僕をにやついたその眼で、見ている。Tシャツに短パンという、何処かの田舎少年のような格好で。どう考えたって、反対側のホームレスと変わらない。唯一違うところと言えば、やはり顔であろう。顔が、とてつもなく整っている。その、まさに田舎少年のような格好にはおよそ釣り合っていない顔。まつ毛は面白いくらいに長く、鼻も高い。髪も日本人らしく真っ黒で、こんなところでのそのそ暮らしているとは思えないほどさらさらと風に靡いていた。何故こんなやつが橋の下で暮らしているのか、いささか不思議に思うわけだが、それが彼のスタイルなのだから、今更つっこんだって、何の意味も持たない。せいぜい、地球の二酸化炭素がほんの少し増える程度だ。


「で、今回はどんな事件、と言うか厄介事を持ってきたんだ?」


 久しく会っていなかったわけでもないけれど、しかし世間話のひとつやふたつくらい、あってもいいはずだ。けれども阿須舌あすしたは、早く話を聞きたいと言わんばかりに、僕を急かす。もしくは、早く僕に帰ってほしいのかもしれない。


「事件というか、むしろ事故なんじゃないかな、と私は思います」


 ひょこっと、僕の後ろから顔を出したえりなは、やはり阿須舌と面識があるようだった。


「まあいいや、話してくれ」


 ◇


「──というわけなんだが」


 昨日見た、あの衝撃的すぎる、つまりは『集団催眠』のこと。そして、僕なりの考察(なんて言っても、犯人はあのクラス内にいるんじゃないか、と言うことだけだが)を包み隠さず、隠すはずもなく──目の前の専門家、『そういう類い』、所謂『神々の悪戯』においての専門家阿須舌(あすした)マキヤに、話した。ほんのたまに、ごくのたまに、雑談を交えたこともあったが(具体的には、雑談のほうが本題より多かった記憶があるが)、けれどまあ、そんなことは語る必要もなかろう。雑談と呼べるほどの内容でしかないのだから、ここではばっさり省略をさせていただく。


「事故、ねぇ……」


 話終えると──正確に言えば『女性の髪型は究極的にはどちらがいいのか』という話題についての議論を終えると(どうでもいいが、僕はロングが好きで、阿須舌はショートが好きだ)、田舎短パンの横ポケットからくしゃくしゃになったタバコの箱を取り出した。そしてそれをとんとんと叩き、一本取り出す。


「それで、事件か事故、どっちだと思う?」


 僕は訊いた。


 しかし阿須舌はすぐにそれには答えず、取り出したタバコを右の人差し指と中指で器用に掴み、口で咥えて火をつける。

 その赤く燃え上がる火は──神から強引に引き出した異能力【炎願暴落イグナイテッド・ラヴァ】のひとつ、『発火』である。もっとも、それ自体は相手を攻撃、もしくは威嚇するためにあるものであって、決してライター代わりに使うものではないということを、目の前の男を見ると説得力と言うものが全くなくなってしまうわけだが、一応弁解しておこう。ほんと意味無いけど。


「神様って勝手に暴走しちゃうって、前に言ってたよな? だったら、あのクラスの中の誰かの神様が暴走して、みんなに集団催眠みたいなのをかけたんじゃないか、って思うんだ。だから今回に限って言えば、完全に事故だと予想するんだけれど──」


 それは違うぜ、と阿須舌はタバコを口から離し、ふぅとひとつ息を吐く。白い煙はやがて橋の裏にまとわりつき、いつの間にかに消えていた。


「神は別に、主が呼び出すことだってできるんだ。あ、主っていうのは人間のことな。だからまあ、その主が集団催眠をかける神を呼び出した可能性もなきにしもあらず、ってわけさ。神自身が暴走したわけではなく、人間が勝手に神様を呼び出したって線もあるってこと。つまりこれは、事故じゃなくて事件の可能性も捨てきれない。もちろん事故かもしれないが」


 言いながら、またタバコを口に咥えた。

 いやいや、人と話している時くらいはタバコやめろよ、なんて今更ながらのことを今更ながら思うけれど、それでも命の恩人には変わりないのだから、間違ってもそんなことは言えなかった。それでも、高校生の前でくらいはタバコを控えてほしいものだが……。


「事件か事故……いったいどっちなんでしょうね……」


 しかしえりなはそんなことを気にしてない様子で(僕が気にしすぎなのかもしれない)、顎に手を当て考える素振りをする。それだけでも様になっているもんだから、本当に美少女と言うのは存在自体が尊い。


「まあ、どちらにしても、その原因の人間──そして神様がいるんだから、解決しないといけないんだけどな」

「だよねー……」


 僕がそう言うと、彼女は「はぁ……」と嘆息しながら、酷く晴れ渡った空を仰いだ。

 彼女は、事件か事故か、僕以上にこだわっているように見えるのは気の所為なのだろうか。僕からしてみたら、事件なのか事故なのか、一見してどちらでもよい。僕が解決しないといけないのは確かなわけだし、事件だろうが事故だろうが、言ってしまえばどうでもいいことなのだ。


「まあ、ここで事故事件の議論をしたって、意味はねぇだろ」


 阿須舌はいつの間にかタバコを吸い終え──そして次の一本を取り出すため、メビウスと書かれた水色の箱をとんとん叩きながら、続ける。


「実際に見てない俺からしてみれば、お前らとの論議は机上の空論に過ぎないわけだ。見ないとわからない。話を聞くだけじゃあ、長いこと──つってもまだ二十年くらいだが、ともかく人生の三分の二ほどを専門家としての時間に費やしている俺にしてみても、わかりゃしないんだよ。だから、こんなシケた橋の下でそんな話をするのは、無意味の極みってわけだ」

「じゃあ──どうするって言うんだよ」


 彼はまた──アクアブルーの箱から取り出した一本を咥え、それまた異能力【炎願暴落】の『発火』で火をつけた。

 もはや慣れたもののようで、その手際の良さと言ったら是非とも違うところで活かしてほしいと切実に願うほどだ。もっとも、そんな手際の良さなんて何処にも活かせることなんてないとも思うけれど。


「簡単な話じゃねぇか」


 煙を吸いながら、彼は笑う。笑うと言うよりも、嗤うと言ったほうがいいくらいには、気味が悪い。気味悪く、薄気味悪く、そして嗤う。



「俺が実際に、その集団催眠とやらを見ればいいんだよ」

ストーリーが進むのが遅いのは仕様です。

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夏果ての僕、きっと世界は救えない。
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