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ありすに笑う  作者: めあり
二章 女神の無音
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參 笑顔な迄に冷ややかな後退。

「歓迎はしないが後悔はしよう。ようこそ、カレン・ユウナギ。ようこそ、『全て壊れた世界(パラレル・ワールド)』へ──」


 そこは、何もない場所だった……何もないと言うか、何かがないと言うか……。とにかく、何かが足りない、それでいて何もない空間に僕はただ、座ったまま前を向いていた。


「…………へ?」


 一瞬のことのように、瞬間的に起こったように思える出来事に対応することが出来ず、冷静でいようとしたぶん余計に困惑してしまったため、変な、馬鹿みたいで阿呆みたいな声が僕の口から思わず出てしまった。


 しかし、どうだろう。


 そんな僕にたいして、眼前の少女──サイドを緩く持ち上げふわっとした赤髪のツインテールに、雲に覆われ星も降らない夜空のような紫色の切れ長の眼、彼女と若干の距離があるにも関わらずここから見ても美少女と断言出来るほどの端正さ、それでいて胸元が開いた赤いドレスを着ていることによってさらに強調されて見える巨乳。


 たぶん、おそらく、こんな美少女に眼を奪われない男はいないだろうと言うような彼女は、それでも僕を見ていなかった。僕を一瞥すらしていなかった。


 歓迎はしないが後悔はしよう。


 どうやら僕は、あんまり招かれていないらしい。ようこそとは言っていたが、招かれざる客らしい。


 にしても、だ。


 一体全体、今の一瞬(これは感覚的な話で、もしかしたら十分とか、一時間とか、それくらい経っているのかもしれない)で何が起きたと言うのか──さながらライトノベルのような、まるで主人公が体験するような光景を、誰でもない彼でもない僕が、経験してしまったのである。主人公と言えば、それこそ誰でも彼でもみんな、こころの中では自分が主人公なわけだが……。


「いやぁ……なんだか手違いで、場違いな君がここまではるばる来てしまったようだけれど……本当に悪いね、人違いだ。君は必要ない。まあまあ、歓迎はしないがお詫びはしよう……ブルボンでも食べたまえ」


 差し出された丸い缶の中には、まるでもって日本のお菓子──たぶん全部ブルボン──が入っていた。僕はそれをどうもどうもと受け取りながら、ホワイトロリータをひとつ、掴む。いや別に、僕自身がロリータ・コンプレックスだからそれにちなんでとか、そういうわけでは決してない、と言うか僕はロリコンではない……そんな誤解は絶対にしてほしくないので、早めに解いておこう。


 それはさて置き。


 はて。


 手違い、場違い、人違い。


 果たして何を言っているのかさっぱりわからなかったけれど、しかし今さっきの発言と現在の彼女の態度を見る限りどう考えても僕はお呼びじゃないのは、さすがの僕でもわかる。わかってしまう。


「本当は、聖剣でも渡しておけば適当に世界を救ってくれるような人物をここに呼び出そうとしたんだが……座標がなんらかの理由でズレたみたいでね」

「…………」


 なるほどたしかに、そういうことならばさっきのこいつの発言も何となくは理解が出来る……納得はいまだ難しかったけれど、でも、状況はなんとなく掴めた。たしかにそれなら、手違い、場違い、人違いと言われても仕方がないっちゃあ仕方がない。身勝手だが。


「まあ、ワタシも案外潔いのだ。たしかに、他人にまったくもって興味を持つことの出来なかった君ではあるけれど、しかし、今回は君に異世界に行ってもらうことにしよう」


 あれ?


 僕って、他人にまったく興味を持てないような人間だったっけ? と、回想しながら思い出してしまったけれど……でもそんな僕に関しての過去よりももっと気になること、もっとも気になることが彼女のことばの中にはあった。もっとも、このときの僕はそれが真っ先に気になってしまったのは言うまでもないが。


 今回は君に異世界へ行ってもらうことにしよう。


 って。


 え?


「いや、なんでそうなるんだよ! お前言ったじゃないか、手違いで場違いで人違いだって!」

「ああ、言ったね。でも、だからワタシは潔いのだよ、呼び出してしまったものは仕方ない、これ以上魔力を使いたくないし、ならばいっそのこと君に行ってもらうまでだ。なに、拒否権はないんだ。諦めな」

「そ、そんな……」


 あまりの急展開に脳の処理が追いつかずに思わず思考停止してしまうところだったが、なんとか踏ん張って目を閉じた。現実逃避も出来ずにただ、眼の前の状況を理解することに徹する。


 拒否権は、ない。


 ならばもう、諦めるべきではないかと、思う……いや、だからもとより選択肢はないのだから、諦めるもクソもあったもんじゃないけれど。


「どうやったら、現実世界に帰してくれるんだ」

 せめてもの抵抗、最後の抗いを僕は口にする。

「そうだねぇ……うーん……。魔王を倒したら、とりあえず現実世界に戻してあげよう」


 人差し指をちょこんと口に当てながら考え、唸り、そして出された答えはそれだった。


 魔王を、倒す。


 いよいよライトノベルのそれらしくなってきた展開に、ようやく冷静さを取り戻してきたのか僕はこれ以上にないくらいの頭痛を感じた。呆れを通り越して、どころか関心さえしてしまうようになった。もしくは、憐れみとか……もちろん一番憐れなのは僕だが。


 でも、考えてみてほしい。


 平凡で凡庸で通塗ないち高校生の僕が、果たして異世界に行ったところで魔王と言う恐るべき敵を倒すことなんて出来るのだろうか──。


 否。


 そんなこと言うまでもなく、答えるまでもなく結論ははっきりとしている。


 僕にそんなこと、出来るはずがなかった……だからその女神の提案は、正直言って無理難題だ。

 こいつ、僕を現実世界に帰そうとする気がさらさらない。ちゃらんぽらんにも程がある。無責任この上なしだ。


 ──畜生。


「そうだ、異世界に転移するんだから、能力のひとつやふたつ、はたまた強い武器のひとつやふたつ、用意してくれるんだろう? さっきお前が言ってた、聖剣とか……」

「それのことなんだが……実は異世界に転移やら転生する輩が年々増えてしまっていて、何か特別な素質がある人間ならばともかく、君のような手違いで来てしまった人間にあげるような能力も武器も、ここには残っていないんだ。だから、君には悪いが丸腰で行ってきてもらう。服装も、その制服のままだ。武器は現地調達してくれ。能力は……自力で目覚めればいい」


 そんな無茶苦茶な。


 それではまるで、異世界に行って死んでこいと言っているのと変わらないじゃないか……そんなの本当にごめんだ。いくら拒否権がないからって、ここで抵抗しなきゃ僕の命が危うい。


「どうせ、つまらない人生だったんだろう? なら、死んでも別に問題はないんじゃないのか?」


 女神は僕の表情に出ていたのか、まるでこころを読んでいたかのようにそんなことを言い出した。僕がこんなに葛藤している理由がわからない、とでも言うように。


 ……つまらない人生、だったのだろうか。


 振り返ってみてもただの黒が広がるのみで、だからそんなこと言われてもわかったもんではなかったが──けれど、つまらなくはなかったように思う。


 それは記憶の捏造なのかもしれない。


 でも、どういう理由があっても……たとえ送っていた人生がつまらなくたって、異世界で死んでいい理由にはならない。人の死はほとんどの場合本人には決められないけれど、しかし、異世界で死ぬのはそれこそ死んでもごめんだ。


「異世界転移は嫌だ、って言ったら?」


 諦めが悪いと思うのならそう思ってもらって構わない。実際問題、こんな状況に立たされたとき、きっと誰だって駄々をこねるはずなのだから。


「だから拒否権はない。だいたい、君みたいな下等生物であるところの人間が、ワタシのような女神様と話していること自体光栄に思えるようなことなんだよ。だから、その上での拒絶なんて、許されるわけがないだろう」


 しかし残念ながら女神は理不尽なほどに辛辣で、一切の反論をさせないように真剣な表情で、鋭い眼で僕を睨みながら言った。


「それとも、なんだ。ここで死んでも構わないぞ?」

「いや……わかった」


 わかった。


 わかりたくないけど、わかるしかなかった。


 納得するしかなかった。


 了承するしかなかった。


「異世界、行くよ。それでいいんだろ?」


 もはや投げやりになってしまった、そんな僕のことばを聞いて、さっきの阿修羅のような眼つきはどこへ行ったのか、優しく微笑を含みながら女神は手を差し出した。


「では、契約成立だな。準備はいいか? カレン・ユウナギ」

「準備って言っても、こころくらいしか準備をするところはないだろ……いいよ、いつでも。もう、諦めた」


 ああ、なんで僕が──。


 自らの不幸さに今になって気づきながら、僕は彼女の手を握った。まるで死人のように(実際に死人の手を握ったことはないが)冷たい女神の手に思わずたじろぎながら、僕はもう一度確認をする。


「魔王を倒したら、僕は現実世界に帰れるんだな?」

「ああ、そうだ。約束しよう」


 女神がそう言うと、一瞬にして僕の周りを光が包み込む。


 あまりにも眩しい輝きに、僕は目を瞑ってしまった。

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夏果ての僕、きっと世界は救えない。
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