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ありすに笑う  作者: めあり
二章 女神の無音
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貮 幻いずエブリデイ。

 夏休みになれば、勉強が好きで好きでたまらない例外はともかくとして、しかし世の中のなうでヤングなたいていの学生は、きっと浮き足立って喜ぶことに違いないだろう。


 夏休み直前の、七月二十一日、金曜日。


 終業式は午前中で終わり、斯く言う僕も明日から夏休みということもありかなり浮き足立っていたわけだけれど(なうでヤングな学生なのかは若干疑問に思うが)、ならばどうしようと自らの学校である私立綽森(しなもり)高等学校の周辺で、どこへ行くまでもなく足を進めていた。


 とは言っても、だ。

 いくら浮き足立って浮かれ気味だったとしても、何を血迷ったのかいつもとはまったくもって逆の方向の道を用もなくただぶらぶらと歩いていたのは謎でしかない。


 自分自身ですら謎すぎると思う奇行なわけだが、別段、僕は夏休みだから暇が有り余っていて、つまり学校周辺をぶらぶら歩いて暇つぶしをしているわけではないと言うのを、早めに言っておこう。むしろ、暇が欲しいくらいだ。


 さりとて時間はお金では買えず、タイムイズマネー、貴重で貴重で仕方ない、一秒でも早く違うものに時間を使いたい僕が何故こんな血迷ったような行動をしているのかと言えば、やはり、その存在があったからだろう。


 その存在、と言うか、あの存在。

 用はないとは言ったが、それでも目的は実はあったりするのだ……いや、あったらいいなあ、レベルのことでしかないとは思うけれど。


 最近、このへんで幽霊の目撃情報が多発しているらしく、僕のクラスでは噂になっているみたいだった。みたいだった、と言うだけで、クラスメートの話に聞き耳を立てて知ったそれが、本当に噂になっているのかは果たして友達のいない僕にはわかったことではないが、でも、そんなクラスメートが言うには、


「D組の小林が、最近噂になっている幽霊を見たってよ」


 らしい。

 そのD組の小林が誰のことなのかわからないし、どころかそれを話していたクラスメートでさえ顔は見たことあっても名前は知らないレベルの人間だったので、言ってしまえば信憑性の欠けらもあったもんじゃない。


 信憑性の欠片もないわけだが──しかし、それが本当ならば気になってしまうのが僕である。自慢じゃないが、僕は今まで、この約十六年間生きてきた中で、一度も幽霊や妖怪などと言ったオカルティックなものを見たことがない……つまり必然的に、僕はそういう類いのものをまったく信じていなかったのだ。


 だから、もしそれが本当ならば、と。


 淡い期待を込めて、僕はいつも通る道と反対方向にあえて足を進めていたのである。


 七月後半から八月前半にかけては、おそらく一年で最も暑くなる季節なのにも関わらず、草木の生い茂る田舎道をひとり歩くと言うのは、なんだかとても自殺行為のように感じてしまうのはきっと僕だけではないと思うけれど……まあ、幽霊を見れば自然と涼しくなるだろうという浅い考えだ。


 それにしても妙である。


 その、(くだん)のクラスメートが言うところによると、どうやらその幽霊、真昼間にも出るそうなのだ。本来の幽霊は夜間に出るのだから怖いのであって、そんなイメージを根本からぶち壊してしまっているそれに、僕は俄然興味が湧いたからこそこんなところに来たのかもしれない。


 いずれにせよ僕は、車は通ることができない草木の生い茂る畦道をひとり寂しくてってこ歩き、結局、このあたりはすべて調べ尽くしてしまった。

 このあたり、と言っても、徒歩で一時間もかからないで往復出来る距離だったので、そこまで疲労感はない。いつも自転車通学で汗を流している僕ならば、尚更だ。


 いや、待て。


 自転車?


 そう言えば今日は自転車のタイヤがパンクしていたから、徒歩で来たんじゃないか。


 何を歩いているんだ。


 これから、歩いて家に帰らなきゃいけないんだぞ?


 たしかに、歩いて行ける距離ではあるけれど──しかし、一時間も歩いたあとそれからまた徒歩で家に帰るって、それこそ自殺行為にもほどがあるだろう。


 などと、僕は自分の無謀すぎて無計画すぎる性格に呆れ返りながら、最大限目を細めて空を睨みつけた。鬱陶しいくらいに晴れ渡った青空は、まるで今の僕を嘲笑っているかのようである──もちろんそれは、比喩でしかないが。


「はぁ……」


 まあ、でも、最近運動不足で悩んでいたんだしちょうどいいか、なんてある種の諦めをつけたところで、進行方向を変えるため振り返る。結局幽霊なんてものは存在せずに、僕の「幽霊や妖怪はいない」という思いが強くなっただけであった……それだけでも、いい収穫なのだろうか?


「……あれ?」


 おかしい。


 道が、途絶えていた。


 今まで、今の今まで僕が汗水垂らしながら歩いていた道は、振り返っていたときにはすでになくなっていたのである。


 いや、別に壁ができていてそこから先は行き止まりと言うわけでは決してないのだが──しかし僕が歩いていた道は消えて、そこには田んぼが広がっていた。


 何故。


「なんだよ……これ……」


 困惑して、混乱して、僕の頭は今にもパンクしてしまいそうだったけれど……とにかく今は冷静になることが一番大事だと思い、頬を二回、パンパンと両手で叩き(この行為に何か意味があるわけでもないが……ようは気合を入れただけである)、なんとかそんな残念な邪念を振り払った。


 けれどそれからどうすることもなく、どうしようもなく、もはや一方通行となってしまったほうの道、つまり僕が今まで歩いてきた方向の道を向いた。


 向いた。


 向いた……はずだった。


 しかしながら僕が向いた方向の道は、またしてもその姿を消していた、と言うか、田んぼと化していたのである……つまり僕は今、四方八方田んぼに囲まれている。僕が立っている半径一メートルから先は、すべて田んぼになっていて──僕は身動きが取れない状態となっていた。


 どこに歩くことも出来ず、手詰まり状態ならぬ足詰まり状態となってしまった僕ではあったけれど、ならばそれからどうしたかと言えば……座った。その場に腰を下ろし、胡座をかいて座ったのである。学生カバンは横に置いた。


 もちろん、万策尽きたと嘆き悲しみ、このままここで死を待つしかないとあんまりにも早すぎる諦めをつけたわけではない。


 単純に、僕は考えたのだ。考えた、と言うか、感じた。


 幽霊、とか。


 そういうスピリチュアルすぎる、アセンションな部類ではないにしても、結局はオカルティックな現象に今僕は遭遇しているのだと、そのときは直感的に、能動的に感じてしまった……その空気を、肌で感じてしまったのである。


「──」


 さすがにこの期に及んで、幽霊や妖怪や神様なんていやしないとか、そんなふざけたことを抜かすつもりは毛頭なかったが……そんなことよりも、僕の気持ちが変わったうんぬんよりも、どうやったらこの状況を脱することが出来るのか、と言うのが先であった。


 それにしたって、けれどまあ半径一メートル圏内から出ることの出来ない、動くことの出来ない僕にとってはこの状況を脱することを考えるなんて出来るはずもないし、ならばやっぱりこうなってしまえば、万策尽きたと嘆き悲しみ、ここで死を待つしかないともう早すぎない、むしろちょうどいいくらいの諦めを持ったほうがいいと考えていたときである。


 突然、視界が真っ白になった。


 光が、僕を包み込んだ。


 何が起こっているんだと、今までの冷静は果たしてどこに行ってしまったのか、取り乱しすぎで腰が抜けて立てなかった僕は、とにかくそんな光が止むのを待つしかなかった。


「…………」


 どのくらい経っただろうか。


 眼の前のまばゆい光はだんだんと薄くなっていき──



 赤髪を腰まで伸ばした美少女が、にこにこと気味の悪い笑みを浮かべて、眼前に立っていたのである。


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夏果ての僕、きっと世界は救えない。
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