エピローグ
事故は収束した。
今回に至っては、あんまり……と言うかまったくもって被害者が出なかったことが幸いして、言うまでもなくほとんどの人の脳内からその一連の記憶は抹消されたので、本当に良かったと思う。
主に女子生徒間で噂されていた、『集団モアイ催眠』も既になくなり、そしてまた、二年B組の生徒たちも、何不自由ない日常生活を送っている。
思えば、これが初めてのまともな仕事だった。
夏休みのアレは異常で異質で異端なわけで、カウントするのも烏滸がましいと思うので、そう考えればこれが初めてだ。まあ、僕の初仕事は依頼料ゼロだったんだけれど……。
後日そのことを阿須舌に話したら、
「俺も最初はそんなもんだったぜ。専門家は仕事を何度もこなして、そして誰かに認められることによってようやく専門家たらしくなる。だから、まだ認められていないのなら、それは専門家でなく、専門家擬きだ。本物の専門家になりたくば、たくさんの仕事を受けることだな。もちろん、無償の仕事だって」
そう言うものらしい。
やっぱり、専門家になるにはそれなりの努力が必要ということか……。
うーむ。
それにしたって、今回の事故はあまりにも簡単過ぎたのが事実だ。それもそのはず、本人曰く『本物』の専門家に知恵を貸してもらったのだから、そりゃあ簡単だろうけれど、それでも、ちょっとばかし簡単過ぎたと思う。
だから、これくらいの事故なら無料でも文句は言えないだろう……請求するとしても、千円貰えればいいほうだと、阿須舌は言った。
千円ねぇ。
それ、『僕たち』の三日分の食費なんだよなぁ。
千円も馬鹿に出来ないんだよなぁ。
と、まあそんなことはさて置きさて置いて、今回の事故の真相だ。
雪躪紀色は、どうしてこんなことをしたのか──正確に言えば、ユキニジムの神は、どうしてこんなことをしたのか。
そして僕が、どうしてそれを事故と判断したのか。
最後は、そんな話で締めくくろう。
◇
「最初は、出来心だった。こんなことになるなんて思いもしなかった」
ユキニジムは、保健室のベッドの上に座って、語り始めた。
「僕はもともと目立たなくって、誰かに見て欲しくて、そんなことを、毎日願っていた。そしたらある日、突然神を名乗る男が出てきて、だから、みんなが僕を見てくれるように頼んだ。そうして神は、僕のその願いを、叶えてくれた……はずだった」
そう言って、窓の外に広がる空を仰ぐ。しかし生憎の曇りで、青い空どころか太陽さえも見えていなかった。
「みんな僕を見てくれるように……っていう願いは、思わぬ形で叶えられた。みんながモアイみたいに固まることによって、動いている僕にだけ目線がいくっていう……あまりにも横暴で、めちゃくちゃな暴論だった。でも、僕みたいないち市民にそんな、神様を止めることなんか出来っこなくて、今まで、こうやって隠してきた。みんなが固まって動かない中、ずっと僕は、身動きが取れずにいた。神の意志ではなく、自分の意思で」
これが一連の流れだよ、結梛くん。
と、いつの間にか空を見上げていた視線は、僕を見据えていた。
ユキニジムは、優しく微笑んでいる。その微笑みには、裏なんかなくて、今のことばが本当なんだと、なんの根拠もなかったが、しかし直感的に思うことができた。
そう。
たしかに彼の意思で現れた神様ではあるけれど、しかし、彼の意思とは真逆に、ことが進んだのだ。ならばこれは、『事故』と見なしてもいいだろうと、今回はお咎めなしで、許すことにした。
もっとも、許す許さないは僕ではなく、ありすが決めることなのだけれど──ちなみに許されなかったら、速攻喰われる。恐ろしい話だ。
でもまあ、ユキニジムはこれに懲りて、二度と神を名乗る名前も顔も知りもしない男に、変な願い事を言わないでほしい。たとえそれが遊び心であっても、もしかしたら、今回の事故のように大惨事になりかねないから。
◇
何はともあれ、事故はなくなった。
集団モアイ催眠は完全に忘れ去られ、そして風化していった。
覚えているのは、僕と、阿須舌と、えりなと、悠莉。
覚えているのがそれくらいの人間だけなら、心配することもないだろう。全て、『そういう類い』について知っているわけだし、誰かに告げ口するとも考え難い。
──こうして、僕の長いようで短い九月の仕事は、終わりを迎えたのだった。
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