拾捌 明日の死亡は逆流する。
翌日、火曜日。
昨日、阿須舌に教えてもらったことはもちろん覚えているし、そして、犯人と指さされた男子生徒の顔も、やはり覚えていた。
と言うことで、いち早く解決したくって早朝に学校に来たわけだが、やっぱりと言うべきか、と言うか僕が間抜けなだけだったんだが。
二年B組の教室には、誰もいなかった。
そりゃあそうだ。
二年B組の生徒たちはあくまで、一日中集団モアイ催眠なるものにかかっているわけではない。下校時間になれば催眠自体が解けるのだし、そして、朝学校に来て授業が始まったら催眠がかかる。
そんな当たり前なことを、僕はうっかりすっかり、忘れてしまっていた。
ひとり寂しく、教室でHRを待っているのにしてはちょっとばかし時間が長すぎるので、まだ食べていなかった朝食を求め、近くのコンビニに行くことにした。焦りすぎて、朝ごはんどころではなかったのだ。
数台の自転車が留まっているだけの駐輪場までとぼとぼ歩き、そして自転車に跨る。生憎今日は曇りのようで、あんまり気持ちが良くない。
そう思いながらも、風自体は冷たくて、もはや肌寒いと感じてしまうほどなので、季節の移り変わりをこれでもかと思い知っているなうであった。ついこの間までの暑さは、一体全体何処に行ってしまったのだろうと、厚い雲に覆われた空を睨む。けれどもちろん、空も雲も睨み返してくることなんてなかったし、何かことばを発することもなかった。当然だ。
ぐう、とお腹が鳴る。毎日、規則正しく遅寝遅起き朝ごはんを欠かさない僕にとっては、やっぱりひとつでも抜いてしまうと体調に影響があるのかもしれない。ある意味で、早朝から集団モアイ催眠が発生していなくて、よかったのだろう……そもそも、集団モアイ催眠が無ければ、こんな思いはしなくて済んだのかもしれないけれど。
それでも依頼なのだし(無償というボランティアみたいなもんだけど)、早急に解決しなければいけない事故──もしくは事件なのだし、やらないわけにもいかない。無償だけど。
「いらっしゃっせー」
そんなくだらなくはないことをだらだらと思っていると、いつの間にやらコンビニに着いていた。
しばらく考えごとをしていたけれど、そんな、店員さんのやる気のないような間抜け声で、ハッと我に返る。危ない危ない、よくこんな状況で自転車を運転出来たものだ。
何故か自分自身に関心をしながらも、僕は適当にパンとおにぎりをひとつずつ手に取った。本当はメロンパンだけにしようかと思ったが、今日は残念ながら弁当も持ってき忘れたので、ついでにと言うわけではないが、昆布の入ったおにぎりも買っておくことにしたのだ。
そのふたつとペットボトルのお茶をレジに並べ、会計を終える。
「あざっしたー」
そんな適当な声を背に、僕はコンビニを後にした。
今日、すべてに決着がつく──
◇
『放課後解決する』
そう言う風なメールを送ったのは、僕がコンビニから帰ってきたときのことであった。自転車をヒーメヒメと漕ぎながらメロンパンを頬張っていたので、すでにおにぎりとお茶だけになった袋を持ったまま、下駄箱でそう、メールを打つ。
送り先は、僕の彼女──愛咲えりなと、僕の実の妹──結梛悠莉である。
ふたりとも、この事件に深く関わり合っているはずだから、こんなメールを送っても、たぶん、『違和感』は発生しないはずだ。そのへん、まだまだ知識のない僕にとっては、全然あやふやで曖昧なのだけれど。
それでも、えりなはこの依頼の依頼人代行人にあたるのだし、そして、悠莉だってあんなにたくさん話したのだし、きっと、『消失』と言うのはありえないはずだ。たとえ専門家擬きの僕であっても、それくらいの区別はつく。きっとこれくらいは、一般人だってつくと、一般人を勝手に代表して僕は思う。『そういう類い』、『神々の悪戯』に関わっている癖に、今更一般人面をするのははなはだ無理があるかもしれないけれど。
そう思いながらも、僕は教室の前に辿り着いた。中からは、申し訳程度の話し声が聞こえてくる。どうやら、何人かの生徒は既に登校していたようだ。
がらがらっと年季の入ったドアを半ば強引に開けながら、冷房の入っていない教室へ入る。
中には、えりなと、そしてえりなの友達らしき人がいた。人気者の彼女故に、果たしてそれが『お友達』と言うべきか『お知り合い』と言うべきかは、僕に限った話ではなく、誰にもわからないだろう。
友達と知り合いの境界線なんて、ぼっちの僕がわかるわけないふざけんな。
「おはよう、今日も早いんだね」
「ああ、うん。おはよう。何て言うか、朝早く来て解決しようと思ったんだけど、よく考えればまだ発生すらしてないのに気がついて……とりあえず朝食と昼食を買ってきた」
言いながら、僕は手に持っていた袋を見せた。
えりなの知り合い、もしくは友達がいるから、ちょっと暈して『何が』とまでは言わなかったけれど、それでも伝わったみたいで、「やっぱカレンってちょっと天然だよね」とか何とか笑いながら、僕を見た。目を薄めて笑う姿も、やっぱり可愛い。
「ああ、そう言えば」
と、知り合いか友達か区別がつかない女子生徒と別れを告げた彼女に、僕は今思い出したかのように言う。実際は、コンビニに行っているときから思い出していたのだけれど。
「この男子生徒、見覚えがある?」
「え、ああ、まあそりゃああるけど……もしかして……?」
昨日、阿須舌に指をさされた男子生徒を、今度は僕が指をさしながら、えりなに問う。
やっぱり彼女は察しがいいようで、もしかして、とことばの続きを促した。
「そう……犯人だ。名前、わかる?」
「えっと、たしか……雪躪紀色とか、だった気が……」
「えらく変わった名前だな」
「みんなからキイロちゃんって呼ばれてるよ」
いや、名前の話はともかくとして……。
たしかに、ユキニジムとか滅多に聞かない名字ではあるけども、そうじゃなくって。
ようやく、犯人がわかった。
雪躪紀色。
それが、この案件の全ての元凶であり、そして、犯人なのだ。
これが事件か事故はともかくとしても。
彼を──正確には彼の神を倒せば、この一連のことはほぼ全ての人間の脳内から抹消される。
それが、『そういう類い』、『神々の悪戯』の真相である。




