拾陸 大好きなくらい殺したい。
生徒たちは──全員、僕を見ていた。
そう。
全員、僕に視線を向けていた。
…………はずだった。
いや、はずだったと言うか、もとよりそんなことは決してなかったのだろうけれど、しかし、ぱっと見た感じでは、そう思ってしまうのも無理はないのだろう。
二年B組の教室にある、黒板側のドアから僕が見ていたと言うこと自体がそもそもの原因なのだろうけれど、前回──初めて集団モアイ催眠を見たときは、教室の後方にあるドアから見ていたので、全然、そんなことは感じなかったものだが。
「…………」
けれど実際、前方のドアから見てみたら、そう、つまり全員僕を見ていると言うように思えてしまった。
正しくは、全員揃って黒板を見ているだけに過ぎないのだが……。
一瞬でもびっくりしてしまった自分が、急に恥ずかしくなってしまった。
「……カレン? どうしたの?」
スマホを取り出したまま固まっていた僕を見て、不思議に思ったえりなが顔を覗いてくるように尋ねる。
「ああ、いや。何でもない……うん。何でもない」
それを誤魔化すように、すぐさま僕はカメラアプリの撮影ボタンを押した。
ぴろりん、と言う間抜けな音が聞こえたのを確認して、僕は画面を見る。
『集団モアイ催眠』
画面越しでもわかるほどに、異様な光景である。
誰ひとり動くことなく、瞬きさえもすることもなく、ただじっと、黒板のある方向を向き続けていた。
そういえば、いつからこの状態が始まったのかと言うことを、僕はまだ知らないでいたので、あとでえりなに訊いてみることにしよう。
そんなことを思いながら、一分ほど撮影をして、撮影停止ボタンを押した。またしても、ぴろりんと間抜けな音が鳴る。
「さて、今日のうちに行っておくことに──」
言いながら、僕は彼女を向いた。
そこには、あからさまに笑顔ないろりが立っている。
笑顔と言うより、一見してもはやニヤついてるのかもしれないその顔を見て、酷く溜息が出た、ついでに頭痛もする。
「連れていかねぇからな」
「ええっ!? なんでよ!?」
ニヤついた笑みを見て溜息を吐く間もなく、頭痛を抑えるようにこめかみに手をやる間もなく、即答する僕に、彼女は心底驚いたような顔をした。驚愕の顔をした。美少女らしからぬ顔だが、それでも可愛いのだからむしろ僕が驚いてしまう。
「いや、さすがに今回はいいだろう。この前行ったばっかりだし、阿須舌自体、ふたりで来るよりひとりで来たほうが都合がいいだろうし」
「都合って何が……?」
僕のことばに首を傾げるように問うた彼女であったけれど、しかし実際問題、僕だってその『都合』と言うものはわからなかった。口からでまかせ、とでも言うのだろうか。ともかくとして、何故だか、まったくもって意味のわからないことばを、自分自身でさえ驚くようなことばを、無意識のうちに放ったのだった。
「いや、そりゃあアレだよ、アレ……。男同士のほうが、積もる話もあるだろうし……」
ない。
絶対ない。
けれど、ひとまず思いついたことばをぽんぽんとあげていった。何も、絶対的に彼女を連れて行ってはいけないと言うわけでもない癖に、何熱くなってんだと自分でもツッコミたくなる。
「まあ、そこまでカレンが私と一緒なのが嫌なら、それでいいけど……」
「ああ、違う。そういうことじゃあなくって、何ていうか、たしかに依頼人代行人であるお前にはついていく権利って言うか、そんなのはあるんだろうけれど──でも、逆に言えば、依頼人代行人であるえりなに、そんな手間はかけさせたくないんだ。待っていてくれればいいって言うか……ともかく、一緒が嫌とか、そんなことは、絶対にないよ……絶対に」
念を押すように、最後にもう一度言ってから、僕は彼女の顔色を伺った。
いや、別に今のことばがまるっきり嘘というわけではないし、むしろ全部本当なんだけれど、それでも、うまく自分の気持ちを伝えることが出来たのか不安だったので、ひとまず彼女の顔色を伺うことにしたのだ。
「そういうことなら……、わかった」
うん、いいよと僕に笑顔を向けてくる彼女を見て、とりあえずホッとする。果たして、何故こんなにも彼女を阿須舌のもとへ連れていきたくないのか、当人である僕でさえわからないのだけれど、何て言うか、嫌な予感がするのだ。もちろん、これが本当に当たっているのかは定かではないが。
とにかく、彼女を無事(なのか?)言いくるめた僕は、帰宅の準備をするため自分の教室に帰ることにした。
二年F組──僕と、彼女『たち』の教室である。
◇
「遅せぇよ、結梛」
待ちくたびれたように、彼──阿須舌マキヤは溜息を吐く。
いやまあたしかに、土曜日と日曜日を挟んでの月曜日だったので、事実上二日間待たせたことになったわけだが、しかし、だ。それでも、休日は当たり前として学校に行けないのだし、そして学校に行ったとしても集団モアイ催眠はないのだから、結局、早くても今日なのだ。最速で、今日なのだ。
「ホラ、見せてみろよ」
手をこちらに出す阿須舌に、僕はスマホを渡した。画面には、さっき撮ったばかりの動画が映し出されている。
「──なんだ、簡単じゃねぇか」
「……え? 何が?」
阿須舌は数秒も経たずにそう言うと、画面のとある部分を指をさす。
「犯人は──こいつで間違いないだろうよ」
指さされたのは、眼鏡をかけた、ごく普通の男子生徒であった──
あと3話




