拾伍 誤算を招きたいお年頃。
「ねむ……」
とは言ったものの、睡眠時間が短いとか、そういうわけでは決してなく、かと言って今の発言が嘘だとかなんとか、そういうわけでもない。
結局のところ、睡眠時間が十分すぎて、もはや二十分すぎるとすら言える僕ではあるけれど、今の気候を考えれば、眠くもなるだろう。
今日の天気は快晴で、けれど気温はそんなに高くはなく、ぽかぽか陽気とも言っていいくらい過ごしやすい。
そんなぽかぽか陽気なもんだから、実際問題僕のこころも陽気になってしまうのは必然なので、やはり眠いとしか言いようがないのが事実であろう。
などとひとり自転車を漕ぎながら寂しく思っていた僕は、急激なる孤独感を覚えてしまい、余計寂しくなってしまった。
先週、パンクしていたタイヤを直した自転車は良好で、僕の行くべき道をぐんぐんと進んでいってくれる。ずんずんと離れていく景色たちは、巡り廻って絶景と評してもいいほどであった……大袈裟ではなく。
「はぁ……」
かと言って、そうは言っても、月曜日と言うものが憂鬱で陰鬱である、と言う点に関しては変わらないし、揺るぎない。これは紛れもない事実であり、誰にも変えられない使命ですらあるので、潔く諦めるほうが得策であろう。
だから、こんな風に溜息がつい漏れ出てしまうのも必然であり、そして、それでも僕はペダルを漕ぐ足を止めることはできない。いや、もちろん信号が赤だったら止まるけれど、それはつまり、たとえばの話であると言うことを、念のため、必要ではないにしろ言っておこう。
ヒーメヒメ、スキスキダイスキ、とか何とか鼻歌混じりに歌っていたら、いつの間にか学校についてしまった。
登校と言う行為自体は案外意外、存外嫌いではなく、むしろ好きと言っても過言ではないと僕は思っている。風を感じることは、とても気持ちの良いことであり、これ自体は本当に好きなのだけど……。
「…………」
今日も今日とて、どんと聳え立つその校舎には、たくさんの生徒たちがわらわらと吸い込まれるように、吸い寄せられるように入っていっている。
その光景を見て、思わず溜息が出そうになってしまったが、それはひとまず抑えて、僕も校舎に入ることにした。
私立綽森高等学校。
僕の通う学校であり、そして彼女──愛咲えりなの通う学校でもある。
ドが付くくらいのどかな田舎の、田んぼの隙間を掻い潜った先にあるその校舎は、存在感の強い建物以外の何ものでもなかった。
「──」
また月曜日が、始まる……。
◇
「おはよう、今日も早いんだね」
えりなは、今日も今日とて周囲の男子たちの視線を占領しながら、教室で一番目立ちながら、それでも僕に挨拶をしてきた。
ぼっち(彼女はいるけど)である僕にとって、悪目立ちと言うのはあまりしたくないのだけれど、しかし彼女にそれを言ったってきっと改善はしてくれないと思うので、それは言わないことにしておいているのが現状である。
「おはよう、何か目が覚めちゃって」
とは言ったものの、もちろん挨拶を返さないと逆に僕にヘイトが集まるだろうから、こういう場合は、普通に、ごく普通に返しておくのがベストだ。
何だか、彼女との挨拶でこんなに悩んで、一見して当たり前に挨拶をしてきたえりなに失礼だと思っちゃうわけなので、ここで一応弁解させてもらえば、僕は、言うてそんなことはあんまり気にしていなかったりする。気にしていなかったり、と言うか、気にならなくなった、と言うか、気になったところで無駄だと悟ったのか、果たしてどれが正しいのかは自分自身よくわからないけれど、それでも、とにかく、気にならない。
とにかく言えるのは、美少女の彼氏はとても大変だということだ。自慢でごめん。
「ああ、そう言えば」
僕の席に座って(何故座ってるんだ)、だらーっと机に突っ伏してた彼女だったけれど(だから何故座ってるんだ)、急に、突然ぱっと起き上がって、僕を向いた。ちょっとびっくりしたとか、そんなことはない。本当だ、信じてくれ。
「放課後、二のB集合ね」
「うん、わかってるよ」
そうとだけ言うと、また、ぐでーっと机に張り付いた。
「…………」
いやだから、僕の席。
◇
「やっと来た」
遅い、とか何とか文句を言いながら、えりなは僕を膨れっ面で睨んでいた。しかし、睨むと言ったって結局問題美少女でしかないので、それは怖いわけもなく、と言うかむしろ可愛いのが事実であるのだけれど。やはり、美少女と言うのは何をやっても可愛いと言うのは少しばかりずるいと思う……。
「よし、じゃあ撮るか……」
とまあ早速、スマホのカメラアプリを立ち上げながら、僕は教室を見ることにした。
そう。
集団モアイ催眠。
──石のごとく固まった生徒達が、ただ虚空を見据える光景。
さすがに、二回目と言うこともあり驚きはしなくなったが、かと言って、それが怖くないと言うわけでもない……どころかむしろ、とてつもない恐怖を感じてしまうのは、やっぱり、その光景がこの世のものとは思えないくらいに、異様であり、異質であるが故なのだろう。
いや。
あれ。
異様……?
違う。
そうじゃない。
何かが──違う……?
僕はそう思って、よく考えてみた。
そして、もう一度教室を見る。
なるほど。
この違和感の正体が、すぐにわかってしまった。
生徒たちは。
「────ッ!」
全員、僕を見ていた。




