拾壹 その時我は我流人。
「お腹空かない?」
映画館に向かうため電車に乗り、そして映画館のある街に着いた僕たち、最初に訊かれた言葉はそれであった。
「んー、たしかに空いてるかも……」
十一時半。
お昼ご飯にしてはちょっと早い時間かもしれないけれど、でもまあ、昼間の混雑のことなんかを考えたらちょうど良い頃合だろう。
そう思って、僕は彼女の手を引き率先して歩く──こともできず、むしろ僕が手を引かれてしまった。手を繋ぐ行為自体さえ彼女に先を越されたわけなんだけれど、こう言うところでさえ彼氏面ができないとなると、いよいよ僕としてのプライドうんぬんが崩れてしまうのではないだろうか。
「あ、あの店がいいなっ」
僕の意思なんかは無視して、彼女が指さしたのは──ラーメン屋。
いや、まあ、僕自身ラーメンと言う食べ物自体は存外嫌いではなく、むしろ好きと言っても過言ではないわけなんだけれど、しかし、いち乙女である彼女──愛咲えりなのチョイスとしては、ちょっとばかし、男らしいと思う。男勝りとさえ思う。
けれども、彼女の少しズレているセンスを鑑みれば、そんなもの、普通なのかもしれない──それでもデートでラーメンを食べると言うのはどうなのだろうか。相手が一般人ならば、おそらく引いているだろう。ドン引きだろう。僕は全然、そんなことはないけれど。
「ほーん、ま、えりながそこでいいなら僕も賛成だよ」
恐れることなく言ってしまえば、実は僕には、好きな食べ物と言うものがないのだ。たぶん、幼稚園になったときから「好きな食べ物は?」なんてもはやテンプレート化された言葉を幾度もかけられた、何度も問われたとは思うのだけれど、その度に僕は迷ってしまい、結局答えられずじまいと言うことになっている。
そう、僕には好きな食べ物がなくて、かと言って、嫌いな食べ物もさしてあるわけではない。だから、ここで彼女のチョイスがラーメンではなくお寿司でも、高級ステーキでも、はたまたコンビニのサラダでも、究極的に言ってしまえばどうだっていいのだ、どれでもいいのだ──と言うか、どうでもいいのだ。
「よーし、じゃあ入ろー!」
テンションを高くし、顔を嬉々として笑う彼女を見て、自らの頬も緩んでしまう。何度も言っていて、さすがに飽きてしまっているかもしれないわけなんだけれど、それでも言わせてもらえば、彼女は美少女である。誰にも負けず劣らず、負けることなく、絶対の自信を持って言えるくらい、彼女は美少女なのだ。誰にも負ける筈がない──僕はそう確信している。
だからまあ、そんな彼女が笑っている姿を見れば、こっちだって笑わずにはいられない。彼女が楽しいとこちらも楽しくなるし、反対に彼女が悲しいと、こちらだって悲しくなる。果たしてその『こちら』が、この僕とは限らずとも。
「らっしゃせー」
店内に入った瞬間に感じたのは──紛れもなく、熱。
ラーメン屋と言うもの自体は、あんまり来たことがなく、具体的に言えば、幼少期に一度や二度来たことがあるかないかくらいなものなので、ある意味、ラーメン屋と言うのは新鮮であった。いつも家でインスタントラーメンを作って食べる僕ならば絶対に味わうことのできない、熱である。
しかし彼女は慣れたものなのか、そそくさと券売機のもとに走り、
「カレンもとんこつラーメンでいいよねー? まあとんこつラーメンしかないけど」
と僕の分まで払ってしまう始末。いや、もちろん、お金自体は返すけれど……違う違う、そうじゃなくって、これじゃあ、彼氏面がわりと本気のほうで出来ないではないか。少しくらい、かっこつけさせてあげよう、なんて気持ちはないのだろうか──微塵もないのだろうな、アレを見ると……。
その肝心な『アレ』は、券を片手にゆうゆうと、のうのうと奥へと入っていった。どんだけラーメン好きなんだよ……と困惑のようなものをしたけれど、先述したとおり彼女のセンスがおかしいのは知っているので、そんな驚く程でもなかったように思える。思えるだけだが。
「そういえば、とんこつラーメンって僕、食べたことがないな」
テンションの高い彼女の隣に座りながら、思い出し言う。
「えっ、何それっ! 人生損してるよ! カレンの人生、五分の三くらい損してるよっ! とんこつラーメンこそ至高なのにぃっ!」
「お、おぉう……、とりあえず落ち着け。落ち着いてくれ……。見てるから……他の人たち見てるから……」
急に大声を上げたえりなに、たくさんの視線が集まっていたことを、彼女自身は夢中になってわかっていなかったみたいだったので、ひとまず宥めることにした。どうどう、落ち着け落ち着け。
「へーい、お待ちどぉ」
そうこうしていたら、食べなかったら人生の五分の三くらい損をすると言う、とんこつラーメンが僕らの前にやってきた。若干、と言うかかなり何か脂くさいのは、果たして気の所為なのだろうか……これを気の所為と言っていいのだろうか……。
「いっただきまーす」
そんな脂ぎったとんこつラーメンを、何の迷いもなく、何の躊躇もなく口に運ぶ隣の美少女を見て、僕も食べてみようかと箸を持つ。
大体の食べ物は嫌いにならない僕にとって、このとんこつラーメンだって嫌いになることはないだろうとは思うが、それでもこれをおいしいと思えるかは、また別の話だ。まあ、こればっかりは食べてみないとわからないことだし。
「い、いただきます……」
まずは麺をひとくち。
ずるずるずる。
「────ッ!」
何だこの深い味わいは……!!
今まで食べたことのない、濃い中にもちゃんと食べやすさが考えられているそのスープが絡みついた麺は、極上のひとことに尽きた。
「ねー? おいしいでしょー?」
僕の表情を見たえりなが、うふふなんて笑いながら僕を見る。何だかすごい自信満々なんだけれど、決してこれを作ったのはお前じゃないと言うことを忘れないで欲しいです……。
「ささ、チャーシューも食べてみそ?」
言われてチャーシューをぺろり。
「────ッ!」
いや、まあ、麺のときと反応が同じで申し訳ないのだけれど、とにかく、それでも、ボキャブラリーが貧困になるくらい、そのチャーシュー──と言うかそのラーメンはおいしかった。スープ、麺、チャーシュー……どれを取っても、おいしい。
そうして僕はこの日、とんこつラーメンのおいしさを知ったのだった……。
好きな食べ物が十数年間見つからなかった僕だけれど、今日ついに、それが見つかってしまったのである。
人生、生きてたらいいことあるね。まだ十六歳だけど。
食券で注文するラーメン屋に行ったことがありません。福岡県民なのに。




