拾 暁の月翌日に死亡。
さて。
朝食も食べ終えたところで、顔を洗ったり歯を磨いたり、ある程度の準備をしていたら、いつの間にかの九時半。
約束の時間である十一時の三十分前に着けばいいわけだから(こういう大事なときは三十分前行動だ)、移動時間を三十分と見積もって、あともう三十分くらいは時間がある。
はて、どうしたものかと思っていたんだけれど、よく考えてみればまだ服を着替えていなかった。三十分あれば、服に選ぶのに時間がかかると言われている僕でさえも、さすがに選びきることが出来るだろう。たぶん。おそらく。
「あれ、まだおにぃちゃん服選んでなかったの?」
食器も洗い終え、のんびりとテレビを観ていた悠莉だったが、リビングに這入ってきた僕を見て、呆れたような悲しんでいるような顔を向けてきた。
「おにぃちゃんさぁ、自分が服を選ぶのに時間がかかるってわかってるんだから、早くに決めておけばいいじゃん。昨日の夜とか、時間あったでしょう?」
溜息混じりにそう言ってくる彼女に、返す言葉がないのは事実なわけだけれど、何だか言われるだけじゃあ腑に落ちないので何か言い返そうかとも思った。が、実際その通りだった為、どう考えても、どう考えたって返す言葉なんてなかった。
「何なら、私が選んでやろうか?」
にやついた、ムカつく笑顔を向けた悠莉に対して、殺意なんて恐ろしいものが湧かなかったと言えば嘘になる。
しかしまあ、彼女のファッションセンスはいい筈だ。少なくとも、服選びに時間がかかる割には普通のセンスの僕よりも、彼女が選ぶほうがいいだろう。この際、悠莉に任せたって何ら問題はないと思い、
「じゃあ、よろしく頼むよ」
僕は彼女に頼むことにした。情けない話だが。
◇
「おはよ。早いんだね。待った?」
十時四十三分。
彼女──愛咲えりなは、集合時間である十一時より十七分前に、慌てたように、走ってやってきた。
はあはあと息を切らしていて、どれだけ彼女が急いで来たと言うのがわかるわけだけれど、そんな急がれてしまったら、返ってこっちが困ってしまう。
「いやいや、待ってないよ。僕も今来たところ」
果たしてこれが嘘だと言うことを、彼女は知っているのだろう。そうだとしても、言わないのがマナーと言うか礼儀なのであって、そこをわざわざ注意すると言うのも、おかしな話だが。
とは言ったものの、僕だってつい十三分前に来たばっかりなのだから、『今』と形容しても、無理はないはずだ。無理ではない。けれどかなり厳しいのは事実として。
それでも、僕は彼女を待つことが嫌いではなかった──むしろ好きと言っても過言ではない。いやいや、これではまるで僕が、マゾヒストのように聞こえてしまうかもしれないが、そんな誤解は、僕の限りなき願いを持って解いておこう。ちょっと何言っているかわからない。
「じゃあ……行こっか」
なんて言って、彼女は手を差し出して、繋ぐよう促してくる。
ふうむ。
こう言うのは、だいたい彼氏のほうから先にするのであって、彼女にさせているというのは非難の声を浴びてしまいそうだが、一応、念のためここで弁解させてもらえば、致し方ないことなのだ。
言い訳がましいが、僕が手を繋ごうと思った瞬間に、彼女のほうが先に手を出すので、僕からする機会は一向にこないのであって、決して、僕が意気地なしとかそういうわけではない──はず。
なんて、だらだらと言い訳を連ねながらも、僕は彼女と手を繋いだ。暖かく柔らかい手の感触が直に伝わってくる。
彼女の体温。
彼女の呼吸。
それら全てが──手を通して僕に押し寄せた。
「うん、そうだね」
今日は存外夏の陽気ではなく、どころか、過ごしやすいつまり秋の陽気で、まさにデート日和と言えよう。もっとも、今から僕たちが行くのは映画館なのだから日和なんてまったくもって関係のないことではあるのだけれど。
そう、映画。
「えっと……今日って何の映画を観るんだっけ?」
「え……言ってなかったっけ? フワプリだよ、フワプリ」
「…………」
『フワフワ・プリンせス』。
今女子小学生に人気沸騰中の──いわゆる女児向けアニメである。
フワプリはゲームセンターによくある、アーケードゲームから始まったコンテンツであり、もちろんこう言うものには良くいる『大きなお友達』と言うのも多い。
そして、斯く言う彼女──愛咲えりなも、そのフワプリのファンであり、いちゲーマーなのだ。フワプリのアーケードゲームにおいてのランキングは、全国でも一桁になると言うことなので、彼女のフワプリ愛は凄まじい。
さて。
彼女のフワプリ愛も伝わったところで、映画の話である。
先週から公開された映画──『劇場版フワプリ〜みんなトモダチ! ハッピープリンセス〜』を、もちろんフワプリファンである彼女、もとい愛咲えりなは公開日に観てきたらしいのだが。
「いやー、ほんっとに面白くってねー」
その映画があまりにも面白かったので、彼氏である僕にも観てもらって、その面白さをふたりで分かち合いたいのだそうだ。自分も二回観れて一石二鳥だとか何とか……。
「まあ、たしかに予告観てみたら面白そうではあったけれど……」
案外僕も、こういう系統のアニメとかゲームとかは、嫌いではない。
どころか、中学三年生──つまり一昨年までは某女児向けアニメ(何とは言わないけれど、プリティでキュアなあれだ)を観ていたわけなので、彼女のことは悲しいかな全く否定出来ない。本当に僕たちは、高校生にもなって何をやっているのだろうか……。
「でしょ! でしょでしょ!」
なんて僕が、僅かながらの頭痛を感じていると、「面白そう」と言ってくれたことが嬉しかったのか、えりなは表情を嬉々として僕に顔を寄せてきた。
香水なのかシャンプーなのか、ひとまずとしていい匂いが鼻いっぱいに広がり、僕はどうすることもなく後ずさりをする。そんなに顔を近づけられては、ちょっと照れてしまってだな……。
「ほ、ほら。さっさと行こうぜ……映画、始まっちゃうし」
照れくさくて、彼女の顔を見れなくて、とにかく誤魔化すのに必死で話を逸らす。これは、何年付き合ってても慣れることはなさそうだな──と、自分自身に頭痛を覚えたのだった……。
1章ももう半分まできました。




