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ありすに笑う  作者: めあり
一章 宗教神の傷と
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壹 邪な思い常ならむ。

「集団催眠……?」


 九月も後半。

 あの何でもなかったようにさえ思える夏休みも、もはや懐かしく思えてしまうような時期。お世辞にも涼しいとは言えない、やはりまだ夏残る日であった。


「正確に言えば、集団モアイ催眠」


『彼女』は、流れ流れる黒髪をゆらりと優雅に揺らしながら、お気に入りだと言うキャラ物のシャーペンだかボールペンだかを僕に向け、満面の笑みで応える。

 相も変わらず、その輝く黒髪は風ひとつないこの教室でさえ艶やかに靡き、ルビーのごとく紅き目と、薄紅の唇と合わさって、見事な調和を放っていた。


 愛咲えりな。


 容姿端麗、眉目秀麗と呼ぶに相応しい容姿に、常に学年一位をキープするような頭脳明晰ときた。スポーツも、そつなくこなしてしまう、運動神経抜群。さらに言えば生徒会長という一見して地味な仕事さえあっけなくやってのける冷静沈着な性格、もちろん人望も厚い。


 そんな彼女であるがゆえに、同性である女子でさえ見惚れ、そして告白してしまうということも、今まで何度かあった。


 まさに、非の打ち所のない、つまりは『バケモノ』である。


「──」


 いやいやまあまあ、果たして仮にも自分の彼女を『バケモノ』呼ばわりするのはどうなのか、なんて非難の声が飛んできそうではあるけれども、しかしそうやって言わなければ、彼女のすごさが伝わらないのだ。彼女はすごい。それは、彼氏である僕がよくわかっている。


「うさんくせぇ……」


 そんな彼女ではあるけれど……言ってしまえばかなり馬鹿である。それとも、ここでは『バカ』と言うべきだろうか。声に出してみればどっちも同じだが、何だかかんだか、『バカ』のほうが軽くてあんまり馬鹿にしていないような気がするので、ここでは敢えて、『馬鹿』は使わず『バカ』を使わせてもらおう。バカバカうるせぇな、馬鹿馬鹿しいぞ。


 とまあそんな話はさておき、頭脳明晰な彼女だけれど、それは勉強が出来るというだけで、本質的には頭は良くない。

『勉強が出来るバカ』とでも呼べばいいだろうか。今こうやって語っている僕でさえ、あんまり理解していないけれど、とにかく彼女は周りの噂等に流されやすく、すぐ頓珍漢で荒唐無稽なことを素っ頓狂な声で言い出すので、今回も「ああ、またか」とだけ思っていた。ゆえに、こんな呆れたような声が漏れてしまう。


「うさんくさくないよっ、この目ではっきり見たんだもん」

「え、見たの……?」

「うん、見た」


 思わぬ応えに、今度は僕が素っ頓狂な声が出てしまった。裏返りはしなかったものの、なかなかバカらしい声である。


「んで、何なの? その……『集団モアイ催眠』、だっけ? 具体的には、誰が、どんな風になってるの?」

「いやいや、だから、そのまんま。そのまんま、『集団モアイ催眠』。言葉では説明出来ないけれど……こう、なんか、とにかくすごいのよ!」

「はぁ……?」


 これが本当に学年一位を取り続ける秀才なのかと、語彙力がよくわからんけどすごいなと(完全なるブーメラン)、頭痛を覚え、思わずこめかみのあたりを抑えながら、わかったのかわかってないのか、それこそわからないような、間の抜けた相槌とも返事とも言える言葉を漏らした。


「まあ、私もよくわかってないんだけどね」


 そんな声を聞いてか聞かぬか、むーと渋い顔をし、天井を仰ぎながら言う。


「何というか、むしろそれが何なのか、調べるのが依頼、的な……?」

「……まったくもって意味がわからないんだけど」

「その辺りは、また今度かな──実際に見れば、この意味もだいたいわかるだろうし……。とにかく今はこっちを優先させないといけないから、こんな時間も勿体無いわけですよ……」


 言いながら、今度はそのペンをくるくると回す。見れば、進路希望調査の紙に向かってふぅむと唸っている美少女の姿が、そこにはあった。それは三週間前に配られたはずの紙なわけだが、そしてもう提出期限はとっくに過ぎているはずだが、どうやらまだ出してないらしい。どころか、一文字も書いていないらしい。


 この娘はいったいなにやってんだと頭痛がして、嘆息していると、急にぱっと顔を上げた。

 本当に急に、そりゃあもう唐突に上げてくるもんだから、思わずびっくりしてしまう。どれくらいびっくりしてしまったかと言えば、椅子から転げ落ちたくらいである。ちょっと嘘。


「ねぇ、カレンは進路希望調査、何て書いたの?」

「…………」


 何故だかかぜだか、その紅玉のような双眸をさらにきらきらと光らせて興味津々に訊いてくるけれど、正直言って、いや正直になんて言わずとも、僕はたいしたことなんて書いていない。どころか適当に書いた記憶がある。何なら、十秒で書き終えたような気もするようなしないようなどっちつかずな状況である。そのへん本当に自分は優柔不断でダメな男だと知りましたどうも僕です。


「……適当に大学に行って、適当に就職して、適当に依頼のようなものを受けて雀の涙ほどのお金をもらう。それが僕の、将来なわけだからさ。夢も希望もあったもんじゃないわけだからさ。そんな期待した目で見られても、困るわけなんですよ」


 そうやって、まるで幼女を諭すようにゆっくりじっとりしっとり言うと、彼女はむぅと幼女が拗ねたように頬を膨らませ、ジト目で僕を見てきた。やだ、この娘すっごい可愛んですけどっ!


「もぉーいいですよ。カレンをアテにした私が馬鹿でしたっ」


 なんて呆れたように溜息を吐いて、落胆する。「溜息を吐くと幸せが逃げるぞ」とかとか、あまり根拠の無いテンプレート化された言葉を言おうかと悩んだけれど、何だかそれも面倒くさいな、なんて思い、踏みとどまった。すんでのところで踏みとどまったもんだから、少し変な吐息が漏れる。


「…………?」


 それを変に感じた眼前の端麗な少女は、インテロゲーションマークを浮かべながら首をかしげるが、僕がなんでもないよと言うように首を振ると、「そうか」と直角近くまで傾けていた首をもとの位置へと戻した。


「と、言うかさ」


 それまた不意に言って、持っていたお気に入りのはずのペンをその辺に、そりゃあもう雑に、雑に、これまた雑にころころと転がすと、僕を見据える。

 さっきまで天井を仰視していたはずの眼差しは、いつの間にか僕に向けられていた。目があってハートがとくんと跳ねる──もしかして……これが恋!?


「依頼、どうするの?」


 言われて今度はぴくりと肩が跳ねた。とくんとは跳ねなかった。どうやらこれは恋ではないようだ。


「そりゃあ、受けるつもりだけれど……」


 例えばそれが、ここに直接来るような依頼人ならば悩むことなく、即決で依頼を受けただろう。

 けれど、今回はその例えばではない、つまりは例外だ。依頼人はここには来ず、目の前の彼女自身が、依頼人代行人。


「だいたいなんで、本人がここに来ないんだよ」

「だって恥ずかしいって言うんだもん……」


 今回の依頼人本人は、彼女の友達。

 完璧超人の彼女ゆえに友達も多いわけで、名前を言われてもピンとこなかったけれど、おそらく親友なのであろう。嬉しそうに話していたし。


「恥ずかしいって……人見知りとか何かなのか?」

「んー……いや、そういうわけでもないと思うけど……どうなんだろ?」

「いや僕に訊かれても」


 そういえば、ふと気になったこと、と言うか思い出したことがある。


「依頼料って、どれぐらい出してくれるの?」

「あ、あぁ……」


 訊くと彼女は、気まずそうに眉を顰め、皺を寄せた。


「どうした?」

「あ、いや──あのね……」


 と、そこで一旦区切り、話そうかどうか躊躇い口籠っていたようだったが……一度深呼吸をして決心がついたのか、「よし」と小さく吐息のように囁き、僕を向いた。



「今回、依頼料はないんだ……」



 申し訳なさそうに、口をもごつかせ、言う、というより呟く。


「はぁあああああっ!?」


 これには、海のように大きくて広い心を持つと定評のある(と信じている)僕でも、驚かないわけにはいかなかった。いや、さすがにこんな大声と言うかむしろ悲鳴と言っても過言ではないほどの声を出すほどではないけれど。


 しかしまあ、依頼料というものは、それだけ僕にとって大事なものなのだ。

 今現在唯一の収入源であり、これがなければ、来月生きていけない。

 自分ひとりだったら、まだ誰かさんが残したほんのちょっとのお金でやりくりしていけるけれど──しかし僕には彼女(・・)がいる。

 そんなわけで、一生懸命、精を出して働かなきゃいけないというのに、これだ。働いたら負けだとか何とか、そんなことを吐く間もなく、僕は仕事をしなきゃいけないのに……。


「ま、まあ……うちにご飯食べに来ていいから……」

「うぅ……うん……そ、そういうことなら……」


 完璧超人の彼女の手料理は、やはり天下一品だ。

 依頼料代わりに料理と言うのならば、存外悪くはないだろう。


「わかった。いいよ」


 言うと、「やった」と本当に嬉しそうに両手を上げてばんざいをして、それから僕に抱きつく。


「んじゃ明日、調査に行ってみるか」

「……だね。よし! 今日は解散っ」




 ──こうして僕の長い長い九月の仕事が、始まるのであった。

今回は4000字くらいですが、次回からはずっと2000字くらいで行きます。

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夏果ての僕、きっと世界は救えない。
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