第八話 勘当貴族、馬鹿と斧槍を上手に使う
心機一転したところで落ち着きを取り戻した私は、ふと己の現状を再確認することにした。
私は現在、二カ所から借金を受けている。片方は白夜叉からの借りと、ギルドから受けた『救済措置』による資金援助。前者に関しては既に返済分は別途に確保しギルドに預けている。後者に関しても順調に返済ができており、問題はない。
借金の返済計画に目処が立ったおかげで、手元にはある程度まとまった貯蓄ができあがっていた。これをそのまま『救済措置』の返済に充てればぐっと返済期間も短くなるだろうが、あえてそれはしなかった。
元々、私の得物は二本の得物をそれぞれ両手に装備する『双剣』だ。だが、資金の問題で現在は右手に片手剣を一本と、左手にはギルドから貸与されている大振りのナイフを装備している。Eランクで狩猟する魔獣相手ならこの組み合わせでも全く問題なかったが、Dランク以降の魔獣ともなれば少々心許ない。
やはり、ここは本来のスタイルに戻るのが先決だろう。
そう思っていた矢先だった。
武器の新調を考えながらDランクの依頼を終え、その精算を行っていたのだが。
「──ルキス様。そろそろ、武器の新調を検討してもよろしいのではないでしょうか?」
その日に精算を担当していたのはシナディ嬢だった。彼女から報酬を受け取る際に切り出してきたのだ。
最近思うのだが、この受付嬢は有能過ぎではなかろうか。いや、冒険者として色々と便宜を図ってもらっている手前、非常に助かっているのは偽りようのない事実だが、こちらを見透かしたようなアドバイスが飛び出してくるのだ。
「ギルドの受付嬢ですから」
その一言で、より得体の知れなさが強まった。
閑話休題。
「確かにちょうど考えていたところだ。今回の報酬を得れば、貯蓄と併せてそれなりの額になるからな。今使っている剣と同程度の代物にも手が届く」
「でしたら、こちらが紹介する武器屋をご利用なさってはどうでしょう」
彼女は上等な質の紙を取り出すと、さらさらと筆を走らせた。
「アンサラ様もご贔屓になさっている武器屋です。ほかの武器屋に比べて、同程度の値段でも質の良いモノがあるかと」
「『後より答えを出す者のアンサラ』か。だが、Aランク冒険者御用達のお店に、Dランクの私が相手にされるか?」
「ですので、こちらの紹介状をお持ちください。店主にお見せすれば問題ないでしょう」
最後にギルドの印を押し、綺麗に折り畳まれた署名入りの紙を手渡された。
「少々サービスが過ぎるのではないか? こちらとしては大助かりだが」
「有望な冒険者をサポートするのもギルドの勤め。私はそれを行っているに過ぎません。それに、ルキス様は最初こそ『アレ』でしたが、それ以降は非常に優秀な実績を重ねられていますから」
にっこりスマイルのまま『アレ』呼ばわりにヒキツってしまったが、欠片も反論できないので黙るしかなかった。もし可能であるのなら、過去に戻ってあの愚かしい頃の己を殴り飛ばして土下座をさせたい気分だ。
そんなことを考えていると、受付嬢が唐突に呟いた。
「私が最近よく担当する冒険者で、ルキス様と同じほどに優秀なお方もいるのですが……」
──彼女の笑顔が、心無しか煤けていた。
「彼の場合、何かと問題を起こすのですよ。本当に心労が絶えません。彼と比べると、ルキス様のお相手は気が楽で良いのです」
深く追求すると怖いので私は聞きに徹していた。
ただ漠然とだが、彼女の言う『彼』が私の知る人物である予感がしたが、やはりつっこむことはなく、その日はシナディ嬢に別れを告げたのだった。
シナディ嬢の紹介状を受け取った私は武器屋へと向かった。
「ねぇねぇ、ちょっと実入りのいい依頼を見つけたんだけど、一枚噛まない?」
ようやく本来の戦闘術に戻れると考えると、胸の高鳴りが抑えられない。
「分け前はそうね……私が七であんたが三でどう? は? 取り分が少ないって? 仲介料よちゅーかいりょう。私が話を持ってきたんだから当然でしょ?」
やはり、二本の剣を左右の腰に下げてこその私なのだ。
「依頼内容? ちょぉぉっとした運び屋よ。ある場所で受け取った小さな箱を別の場所で待っている人間に渡すだけ、簡単でしょ?」
だが、武器を得たと言っても油断は大敵だ。本来の自分に戻るからこそ初心に返らなければ。
「箱の中身? 私が知るわけないじゃん。たかが荷物運びでしょ? そんなんでまさか金貨一枚も儲けられるなんてぼろ儲けよねぇ」
そうだな、明日にでも薬草採取の依頼でも受けるか。薬草を地面から掘り起こしていると心が落ち着く。どうやら何度も受けている内に癖になってしまったようだ。
「──って、ちょっと! 人の話はちゃんと聞きなさいよ!」
「……貴様こそ、人の都合を考えたらどうだ?」
いい加減に無視できなくなり、私は背後を振り向いた。同目線には人の姿はなく、長柄の斧槍。視線を下げると、その武器を背負った小柄な女が目に入る。
エトナというドワーフ族のEランク冒険者だ。
以前に依頼を受けた際に運悪く遭遇し、それ以降に何かと付きまとわれている。
これ以上に無いほど迷惑な話だ。
「どうせつまらない依頼ばっかり受けてるんでしょう? 冒険者だったら一攫千金を狙わないでどうすんのよ」
「その一攫千金を狙いすぎて無一文になっている奴よりはマシだ」
このドワーフ、実力だけに限ればEランクに収まらない能力を有していた。
彼女の得物──『斧槍』はその名の通り斧と槍を合体させた、斧としても槍としても使用できる汎用性の富んだ武器だ。ある時は強力な一撃を可能とする斧として、ある時は長い間合いから鋭い刺突を繰り出す槍として変幻自在な戦い方を可能とする。逆を言えばそれを十全に扱うには斧と槍、双方に精通していなければならない玄人むけの武器だ。
ドワーフ族特有の膂力に加えて、斧としても槍としても得物を扱うエトナの実力は私も認めるところであった。
だがこの女、実力はあるというのに、浅い経験と無駄に高いプライドと考えなしの行動ですべて台無しにしているのである。今まさに聞かされた依頼の内容からしてもうお分かりになるだろう。
「貴様、この前も密猟の手助けをそうとは知らずに請け負って、帝国騎士団に危うく捕まりそうになっていただろうが。まだ懲りていないのか?」
「あれはその……未遂よ未遂! というか、結果からみれば私ってば密猟者を捕まえる手助けをした功労者なのに、何で報酬がもらえないどころか厳重注意を受けたのかしら?」
最後の台詞を本気で不思議そうに言うのだからこの女は始末に負えない。
この手のあからさまに怪しい依頼を、報酬の額だけに釣られてろくな下調べもせずに請け負うのがエトナのよくあるパターンだ。そして大概は依頼も完遂できず報酬もなく、ただ働きをする結果になるのである。
さらに。
「たまぁに狩猟の依頼をこなしても、明らかに報酬が少なくなったりするのよねぇ。さすがの私も反省して、魔獣をなるべく傷つけずに納品しているはずなのに……」
「減らされた分は貴様の借金返済に充てられている」
「それよそれ! 私の借金はギルド宛じゃなくてあんた宛じゃないのさ! 何でギルドが勝手に徴収してんのよ!」
「私がギルドに頼んだからな」
「はぁ!?」
前述の通り、エトナの依頼達成率はかなり低い。つまりは得られる報酬はかなり低い。するとどうなるかは考えるまでもない。
いよいよ食費すら無くなり、ギルドの片隅で危うく行き倒れそうになっていたところを、見かねた私がギルド横の食堂で飯を奢ったのだ。いくら何でも顔見知りが餓死する寸前なのを見過ごすのは気が引けたからだ。
そしたらこのドワーフ、私名義の借金で、勝手に食堂を利用するようになったのだ。恩を仇で返すその事実を聞かされた私は、危うく愛用の銃でこの馬鹿の脳天をぶち抜きたい衝動に駆られたほどだ。
不幸中の幸いに、この話を聞いたシナディ嬢がすぐに私に報告してくれたのだ。そして話し合いの結果、エトナが飲み食いした代金の全ては彼女自身の借金として管理されることとなった。たとえこの女はまとまった金が出来ても素直に私宛に返済するとは思えない。ギルドの措置は私に取って僥倖だった。
「ちょっと、何勝手なことしてくれてんのよ!?」
「それはこちらの台詞だ。よくもまぁ人の名前で好き勝手してくれたな。おかげでまた借金地獄に追いやられるところだったぞ」
「──ってことはちょっと待ってよ! ただ飯だと思って頼んだアレやコレも、回り回って私が払わなきゃいけないわけ!?」
「当たり前だろうが」
「そ、そんな……嘘でしょう?」
絶望感に負けて、エトナはその場で膝をついてうなだれた。自業自得なので慰めてやる義理も道理もない。orzの体勢で固まっている馬鹿をそのままに、私はそのまま歩を進めた。
こんな問題児(の範疇に収まるかは疑問)だが、どうしてか冒険者の資格を剥奪されるまでには至っていない。
それは、この女が結果だけは出しているからである。
ある時は密猟者の手助けを担がされる寸前になっても、エトナがその仕事内容を自慢げに漏らした結果、それを通じて犯罪行為が帝国騎士団に露見して、密猟者はお縄に付いた。
またある時は一般には栽培が堅く禁じられている植物の管理を任されていたエトナだったが、コレまた彼女がそのことを自慢げに話した結果、それを通じて栽培業者が摘発されたり。
またまたある時は、露見するとディアガル帝国が国際的に大ダメージを負うような大スキャンダルを起こしそうになったとある貴族の親子を国外に逃亡するのを知らず知らずに手助けする依頼を受けた。
なんでも、過去に何人もの罪無き淑女を手込めにして泣かせ、目下のところは他国から来賓している大物貴族の淑女に手を出そうとしたとか。叩けば埃──どころか濁流のような不祥事を身に持った依頼人だ。
もちろんエトナは全く知らずに依頼を承諾。「報酬がめっちゃ高かったのよぉぉ。やー、コレでようやく私に〝ツキ〟が回ってきたわね!」と自慢げに話していた。もはや通例となっていたので騎士団に通報したところ、やはり貴族の親子は捕まり重たい処罰を受けたそうだ。
もうお分かりになるだろう。
このエトナという女。『ろくでもない』依頼を無意識に引き当てる嗅覚はピカイチなのである。
おかげで、ギルド職員の中では『依頼人殺しのエトナ』との二つ名を得ている。ただコレは秘密裏の二つ名であり、彼女自身はそのことを知らないし、他の冒険者たちにも伝わっていない。ギルドはあえてエトナを泳がせておくことによって、ギルドが不利益を被る可能性のある依頼──あるいは依頼人──を潰させているのだ。問題行動は多いがそれを上回る結果を叩き出しているおかげで、彼女は知らず知らずの内に冒険者の資格停止を免れているのである。
ちなみに、エトナの自慢話にいつも付き合わされているのは私だったりする。もちろん、情報提供も私だ。
そのことに関して、帝国騎士団やギルドの方からの謝礼を貰っていたのがエトナの餓死を見過ごせなかった大きな要因である。
──だからといって、私の名義で借金するのを許すかはまた別問題だ。
「全く、厄介な人間に目を付けられたものだ」
なお、エトナが借金の踏み倒しや国外逃亡を企てた場合、その時点で冒険者の資格剥奪の上、借金返済の為に強制労働行き決定だ。奴が勝手に飲み食いした料金がすさまじい額になっていたからだ。