第六話 勘当貴族、期待される
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結果論だけを言わせてもらえば、黒字を出すことができた。なんと、ノーズボアの素材をギルドに持ち込んだ分だけで、銀貨二枚を得られたのだ。念のために付け加えるなら、正式な依頼としてノーズボアの狩猟を行えば銀貨五枚は確定の上、持ち込んだ素材の状態次第では追加報酬が発生する。この差を考えれば、分不相応の獲物を狙うのがいかに非効率かが分かる。
だとしても、幼女──エトナとの山分けで銀貨一枚。薬草採取の依頼だけでは銅貨五枚だったのが、単純計算で報酬が倍になったのだ。
一応ギルドの方には、森林の表層で薬草の採取を行っている最中に、偶然にもノーズボアと遭遇しこれを撃退した、と伝えておいた。ド新人のEランクが単独で行ったのならば眉を顰められたかも知れないが、二人でなら可能だと判断したのだろう。不審には思われなかった。
「半分は私の手柄なんだからね。感謝しなさいよ!」
との素敵すぎる捨て台詞を最後に、エトナは銀貨一枚を私の手から毟り取るとすぐさまギルドを飛び出していった。正直に言わせて貰えるのならば、もう二度と関わり合いになりたくない手合いだ。今後はギルドの中で見かけても他人の振りをしておこう。
ノーズボアの精算が終わると、私は本来の依頼であった薬草採取の処理を行った。担当はやはりあの受付嬢だった。
「お疲れさまですルキス様」
「このナイフはかなり助かった。感謝する」
薬草の採取もノーズボアの解体も、彼女からナイフを借り受けなければ手間取ったかそもそも不可能だったろう。素直に感謝の意を受付嬢に伝えた。
「ノーズボアの狩猟も行ったそうですね。ご無事で何よりです」
「たまたまだ。狙っていたわけではない」
「私も確認しましたが、素材の状態も文句なしに良好でした。あの品質を狩猟の際に心掛けていれば、Dランクへの昇格もかなり早まると思いますよ」
言外に、今までの納品物は状態が悪かったのだと伝わってくる。ここは流石に反省すべき点だと今更ながらに後悔した。やはり、何事にも心の余裕は必要だな。借金苦で必死に働きながら、その実はかなり非効率な行いをしていたのだから。
あの幼女にかなり偉そうな口をきいてしまったが、私も似たようなものか。装備もままならぬ現状、このままでは『奴』に決闘を挑むのはいつになることやら。
そんな私の心情を知ってかしらずか、受付嬢が予想外の切り出しをした。
「どうやら、ルキス様は『特別救済措置』の対象にふさわしいようですね」
「…………なんだそれは。初耳なのだが?」
唐突に出てきた謎の単語に私は首を傾げた。
聞くところによると、だ
将来有望な若手冒険者が何かしらの事情で冒険者を続けられなくなりそうな場合、それを支援する仕組みがギルドにはあるという。若い芽を簡単に摘まずに育てることが、結果的にギルドの人材力を高める事になるという試みから行われているらしい。
更に詳しく話を聞くと、この一ヶ月近くで私がこなした依頼は、確かに評価としては悪かった。だが、それを加味しても新人にしては破格の依頼達成数がギルドの関心を引いた。昇級への実績としては足りずとも、その将来性を期待できるほどの数値を叩き出していたのだ。
「ルキス様の実力で『薬草の採取』に時間を掛けるのは、ギルドとしてもルキス様ご本人にしても間違いなく『損失』です。ならば、ギルドの方でルキス様への支援を行い、早々に利益を出してもらいそれをギルドへと還元してもらう方が効率がいいのですよ」
「それが、特別救済措置か。もしかして、ナイフを貸してくれたのも?」
「ええ、その一環と受け取ってもらって結構です」
新人冒険者がその職を辞する理由は主に三つだ。
実力がそもそも冒険者という職業に適していない。
金銭的な理由により装備が整えられず、生活が困難になる。
冒険者生命を脅かす致命的な負傷を負ってしまう。
私はこの二つ目。金銭的な理由に該当する。当面の生活費には問題ないが、装備を調えるための資金が致命的に足りない。
「個人的に申します、二人がかりでとは言えノーズボアをあそこまで傷つけずに狩猟できるとは思っていませんでした」
「具体的にどんな支援を受けられるのだ?」
「人によって様々ですが、ルキス様の場合は装備を調えるための資金援助です。そうですね…………金貨十枚辺りが妥当でしょう」
Eランク冒険者の一度の依頼で稼げる報酬がおよそ銀貨三枚であると考えれば相当の大金だ。
「随分に太っ腹の措置だな。返済方法は?」
「返済を完遂するまでの間、ルキス様が依頼の報酬を受け取る際に、その内の幾らかをギルドが徴収します。あるいは余裕ができた際に、直接現金でのお支払いも可能となっております。なお、利子は全体の一割。つまり金貨十一枚を返済していただきます」
しかも、利子は最初の支援金のみ発生し、以降の増額はないという。
「温い返済計画だな。それではギルドから支援金を受けた時点で逃げ出す輩も出てくるだろうに」
「ですので、この特別支援措置を取るか否か最終判断はギルドの職員に委ねられています」
最悪の場合、冒険者が支援金を持ち逃げした場合、その責任の全てを措置の決定を下したギルド職員が負うこととなるのだ。ただまぁ、冒険者の方も相応の処罰が下されるだろう。間違いなく冒険者の資格を剥奪されるな。
「私は、貴さ──貴殿のお眼鏡に適ったと言うことでいいのか?」
「こう見えても、この業務を長く勤めております。持ち込まれたノーズボアの素材を少し拝見しました。アレだけ丁寧な仕事のできるお方なら、決して私の──ギルドの『期待』を裏切らないと信じております」
微笑でありながらその瞳は真剣。『信じている』と言うよりはむしろ『試されている』ようにも思えるその視線を受けて、私は柄になく胸の奥が高鳴った。
期待、という言葉を受けたのは果たしていつぶりだろうか。少なくとも領地の屋敷に住んでいた頃には久しく聞かなかった言葉だ。優秀すぎる父や兄を持つ私に『期待』する人間などほとんどいなかったからだ。
「それで、いかがなさいますか? 決して悪くない話だと思うのですが」
「是非を問うまでもないな」
こうして資金を得た私は早速新しい剣を購入──する前に風呂に入った。
肉体的、精神的な疲労を全て風呂で洗い流した私は、翌日に今度こそ剣を購入した。当初は品質を落とせば二本購入できたのだが、Eランク〜Dランクの魔獣なら切れ味が良い剣の一本があれば事足りると考え、質の良い剣の一本を選択。ただし、一刀流では少々片手が寂しくなってしまうので、空いている左手にはギルドから借りているナイフを持つことにした。
装備が整った私は魔獣狩猟の依頼を受け、その全てで高い評価を得ることができた。
まぁ、私が本気を出せばこの程度は造作もない。精神的に追いやられていなければ私の能力は決して低くはないのだから。それでも片手間に、採取系の依頼を受けたりしたのは、あの地味な作業を行っていると惨めすぎた以前の『私』を思い出すことができ、初心に返れるからだ。
誇り高く、だが奢り高ぶらない姿勢が功を成し、救済措置の実施からおよそ三週間後には私はDランクへの昇格を果たしたのだった。おそらく新人冒険者としてはかなり異例の高出世だろうな。『奴』に比べればいささか出遅れた感が否めないが、この際些細な問題よ。
「ふぁっはっはっ!これで憎きあの仇敵に決闘を挑むお膳立ては整った!」
Dランクに昇格したその日の夜、私は相変わらずのぼろ宿で高らかに笑い。
隣室に宿泊していた客に怒鳴られた。
…………だが、私は知らなかった。
あの我が宿敵が、ギルドの内部では『白夜叉』という異名と共に既にCランクへの昇格を果たしていた事を。
そして、二度と関わるまいと思っていたあの幼女との縁が切れていなかったことを…………。