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勘当貴族 ルキス君の冒険日誌  作者: ナカノムラアヤスケ
第一の部 勘当貴族、ルキス君の再出発
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第五話 勘当貴族、の がまんづよさ が あっぷ しました。

 

 絶望の縁に追いやられそうになった私だが、そこでふと我に返った。

 

 確かにノーズボアの狩猟依頼は受けてはいない。そもそも、私は未だにEランクであり、Dランク相当の狩猟依頼はまだ受注不可能。ただ、そうであってもノーズボアの死骸が全て無駄に終わるわけではない。

 

 依頼された獲物以外を必要以上に狩るのは厳禁だが、止む負えない状況であれば話は別だ。襲い来る危険性の高い魔獣に対しては、むしろ下手に獲物に手加減をするより全力を持って迎撃するのが普通である。そして、殺してしまった獲物はなるべく無駄なく利用するのが冒険者としての正しい姿だ。よって、冒険者ギルドに依頼とは別に魔獣の素材を持ち込めば、対価として金銭を得ることができる。もちろん、正式に依頼を得た時のそれよりもかなり割引になってしまうが、そこは前にも述べたように無駄な狩猟を避けるためにギルドが取り決めているので仕方がない。

 

 ランクはまだ届かないが、緊急時の対策としてノーズボアに関する知識は軽くだが頭の中に入っている。ノーズボアの最大の特徴である『鼻』は、下手な鉄よりも堅く武具の素材として有用だ。皮や肉もそれなりの価値があったはず。これらを売り払えば、少なくとも今回の赤字分は取り戻せる。

 

 早速私は腰に差していたナイフを引き抜き、ノーズボアの亡骸に近寄った。まったく、ナイフを貸してくれた受付嬢には感謝だな。ギルドに帰ったら礼の一つも言わねばなるまい。


「ちょっと! 人様の獲物に近寄よんじゃないわよぉ!」


 ………………………………。


「おお、一言も断りを入れずに行うのは礼儀知らずだったな」


 これでも元帝国貴族だ。すぐに怒るはくない。ちょっぴりコメカミの筋肉がぴくつくがその程度に止めよう。うん。


「紆余曲折はあったが、こうしてノーズボアを撃退することに成功したのだ。ノーズボアこいつの素材は山分け、ということで良いか?」

「はぁ? あんたなんかに山分けなんかするわけ無いじゃない。さっさと失せてよ」


 バカじゃないの? という表情を向けてくる幼女。危うく腰に戻した拳銃を再び引き抜きそうになったが、理性を総動員して堪える。


「ま、まぁ話を聞け。最初こそ意志のすれ違いはあったかも知れないが、結果としてノーズボアを協力して倒す形になったわけだ」

「止めを刺したのは私よ。つまり、手柄は私の物」

「だが、こいつの動きを止めたのは私だ。アレがなければ、貴様がこいつに最後の一撃を加える機会もなかったわけだ」

「あんたがただ単に余計なことしただけよ。お陰で手間が掛かったわ。あんなのが無くても、私一人でこいつは倒せたわよ」


 良かったな幼女。一ヶ月前の、堪え性の無かった『私』であれば、この時点で既に貴様の眉間は弾丸に穿たれて脳漿をぶちまけていただろう。


「ず、随分と必死に逃げていたように見えたが」

「…………見間違いじゃない?」


 それまでの厚顔無恥はどこへやら。幼女は気まずそうな表情を見せるとさっと視線を逸らした。私の中の怒りは少しだけ潜まり、逆に疑問がムクムクと沸き上がった。


「そもそも、どうしてノーズボアから逃げていたのだ? 狩猟依頼を受けたのならば、対策の手段は事前に仕入れているはずだが」


 ノーズボアは表層より少し深く足を踏み入れた地域に生息する魔獣。場所が近いだけあり、何かの拍子で浅い層まで姿を現すこともある。ファーレン大森林に入るのならば、突発的に遭遇した場合の対処法が求められている。討伐はできずとも、下手な刺激をせずに撤退する程度の事は可能なはずだ。この森林に入る冒険者として最低限の知識だ。


 私はとある可能性に行き着いた。


「…………もしや、密猟者か?」


 ファーレン大森林はディアガル皇家の所有物であり、その管理は国に委ねられている。生態系維持のために、森林の周囲は不法侵入者対策の魔術具が利用された塀で囲まれており、出入り口の関所には国が派遣している竜人族の兵が構えている。通常ならば無断での進入は不可能。


 だが、ファーレン大森林は広大だ。人の目が行き届かない場所は間違いなく出てくる。


 この幼女はその場所から密猟者として進入したのかも知れない。ちょっとだけ腕に自信がある無法者が予備知識も無しにノーズボアと遭遇すれば、下手に刺激して森の中を追いかけ回される事もあるだろう。


 確かに幼女は自称するに値する程度には美少女だ。口の悪さと傲慢さと生意気さと目つきの悪さを除けばそれなりに見栄えする。しかし、密猟者となれば途端にそれらが胡散臭く見えて仕方がない。


 もしかすると、彼女は己の容姿を利用し関所の兵士を誑かしたのかもしれない。残念だったな、私はつるぺったんに興味はない。胸はどちらかというとふくよかな女性が好みだ。


 ふと、あの白髪野郎の側にいた黒髪狼耳の美女を思い出しそうになったが、慌てて消し去る。アレは忌むべき記憶だ。


「だ、誰が密猟者よ! ほら、ギルドカードだってちゃぁんと持ってるんだから! 妙なこと言うと名誉毀損で訴えるわよ!」


 私の直前の発言と、視線に含まれる不審者を見るそれに、幼女は大きく慌てた。大急ぎで腰の小物入れからカードを取り出し、私に向けて突きつけた。



 どこをどう見ても、ホワイトカラーなギルドカードを。



 この幼女、よくよく見ればギルドで依頼の受注処理をしていたとき、隣の受付で問題を起こしていた幼女ドワーフではないか。


「貴様、Eランクだったのか」

「…………あ、やっば」


 小声でのつぶやきはもちろん聞き逃さなかった。


「Eランクの貴様が、どうしてノーズボアの生息する第二層に足を踏み入れていたのだ?」

「ほ、ほら。ノーズボアだってたまに表層に出てくるじゃない。偶然それにはち合わせちゃって…………」


 目が面白いほどに泳いでるぞ。


「貴様が逃げてきたのは、森林の奥からだったと記憶にあるが」

「そ、そそそれこそあんたの見間違えとか、記憶違いじゃないかしらねぇ…………」


 動揺を隠せない幼女は、それでも言い訳を重ねる。


「確かに、人の記憶とは曖昧だ。これだけでは証拠としては弱いだろう」

「ほら、いわんこっちゃ──」


「無い」と続けようとする幼女に向けて、私は『それ』を指さした。


「だが、物的な証拠はしっかりと残っているようだな」


 私の指が指し示す『証拠もの』を目にすると、幼女の顔色が面白いほどに青ざめた。



 きっちりと残っているのだ。


 薙ぎ倒され、無惨な姿を晒す木々が、ノーズボアの足跡代わりとなって。



「…………………………………………」


 蒼白になりながらも、幼女はこちらに目を向けた。


 この幼女はツノウサギの狩猟すら満足できないのに、更にワンランク上のノーズボアに予備知識もなく無謀に挑んで返り討ちにあいそうになったのだ。おそらく、素材の持ち込み量か実績の追加を狙ったのだろうが、結果はごらんの通り。頑丈なツノウサギの角をへし折ったり、動く獲物に対して的確に得物を命中させる技量はあろうが、残念なことに頭が足りなかったか。


「先に言わせてもらうが、素人目から見ても私の装備はノーズボアほどの大物を狩るに適さない。貴様の不手際を擦り付けようなどと無駄なことは考えんほうが得策だぞ」


 私の今日の装備に関してはギルドの受付が確認しているので、証言としては効果があるだろう。


「私がこのまま、ありのままを報告すればどうなるだろうなぁ?」 


 幼女が勝手に森林の奥へ足を踏み入れようが、ノーズボアに遭遇しようがそれを撃退しようが、それらが明確な処罰の対処にはならない。しかし、Eランクの冒険者としては決して誉められない分不相応の行いだ。ギルドにこのことが伝われば、今後の彼女の冒険者稼業に間違いなく影を落とす。少なからず依頼の受注や昇格に影響が出てくるな。


「…………くぅッ」


 どうやら反論が思いつかないようだ。悔しげに歯噛みする幼女に、私は苦笑しながら肩を竦めてみせる。


「私とて鬼ではない。条件次第では君の失態に関しては目を瞑ろう」

「きょ、脅迫でもするつもり?」


 私の言葉に幼女が怯み己の体を抱くようにして隠そうとするが、それは否定する。あいにくと寸胴まな板には興味がない。隠せるほどの物は体についていないだろうに。


「先ほども言ったように、ノーズボアを売却した額を山分けしてくれればそれで良い」


 私の簡潔な要求に幼女はしばし考えに耽る。


 やがて舌打ちとともに答えた。


「…………ちッ、しょうがないわね。良いわ、アンタの提案に渋々・・だけど従ってあげるわ。感謝しなさい」


 この幼女は何様のつもりだろうか。この場で激昂すればまた話がこじれるので黙っているが、そうでなければ文句の十や二十は口に出していただろうな。


 私と幼女はせっせとノーズボアの解体を開始した。


 意外、というのも変な話かもしれないが、幼女の解体作業は想像以上に手慣れたものであった。見た目十歳前の少女が返り血も気にせずに大猪の肉体に刃を食い込ませる光景はかなりシュールだが、冒険者として生計を立てている以上は必須のスキルなので不思議ではないか。


「ところでアンタ。名前は?」

「人に名前を聞くときはまず自分から名乗るものだぞ、幼女」

「誰が幼女かッ」

「(ズビュンッ)ぬぉおッ!? あ、危ないではないか!」


 幼女が投擲した狩猟用ナイフが私の鼻先を掠めていった。


「あ、避けてんじゃ無いわよ! アレ一本しかないんだから!」

「知るかッ! どこまでも身勝手な女だな!」


 文句を垂れながら幼女は自分が投げてしまったナイフを拾いに行き、再び解体作業に没頭する。


「で、名前は?」

「(人の話を聞かないのかこの幼女は?)…………ルキスだ」

「ルキスか…………冴えない名前ねぇ」


 危うく手持ちのナイフを投げつけてしまいたくなった私を誰か許してほしい。


「私はエトナ。こう見えて・・・・・ドワーフよ」

「どこをどう見ても幼女ドワーフとしか言いようがないのだが?」

「誰がロイヤルストレートフラッシュな貧乳だぁッ!」


 またも怒号と共にナイフが飛んでくるが、やはり回避する。何がどうドワーフに見えるか具体的に言及はしていなかったのだが。どうやら色々と自覚はあるらしい。


 そこからは特に会話らしい会話もなく黙って解体作業に勤しむ。互いに、口を開けば罵倒かナイフの応酬(ナイフはどちらかと言えば一方通行)になってしまうと理解できたからだ。


 なんだかんだで二人がかりの解体は効率が良く、大して時間も掛けずにノーズボアの解体作業は完了する。本命である『鼻』は当然として、皮と肉もできるだけ確保した。巨体であるだけに全てを持ち帰ることができないのが残念だ。残りはこの場に放置しておけば、森の獣や魔獣が勝手に処理してくれる。


 ただ最後に、荷物の配分をどうにかするかで凄まじく揉めたのだった。


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