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勘当貴族 ルキス君の冒険日誌  作者: ナカノムラアヤスケ
第一の部 勘当貴族、ルキス君の再出発
5/19

第四話 勘当貴族、美幼女(クズ)とエンカウントする

 突如として木々がへし折れる生々しくも激しい音が周囲に響き渡った。


 ──グゴォオオオオオオオオッッッ!!!


 続けて轟くのは心を萎縮させるような野太い咆哮。どちらも同じ方角──森の深層部方面からだ。私は咄嗟に音の出所へと振り向いた。


 視界に飛び込んできたのは、遠くから地響きを立て木々をなぎ倒し雄叫びをあげながらこちらに接近してくる四速歩行の大きな体躯。そして、その前を小柄な──比喩ではなく本当に小柄な少女が必死の形相で駆けていた。


 大きな体躯は、討伐ランクがDに部類されるノーズボアと呼ばれる大猪型の魔獣だ。猪のように鋭い牙は持たないが、前方に向けて鋭く尖った硬質な鼻を持ち、その強度と鋭さは今まさに木々を薙ぎ倒しながらこちらに向かっている様子からもわかる。


 その前を走る小柄な少女は──知らん。だが、身の丈を超える柄を持った斧槍を背負っていることから冒険者どうぎょうであろう。あの顔、つい最近に見たような覚えがあるが。


 …………と、冷静に分析している場合ではないか。


 どう見てもあの冒険者はノーズボアから逃げているように見える。そしてこのまま進めばちょうど私がいる場所に辿り着いてしまう。そうなれば最悪、ノーズボアの標的に私が含まれてしまう。


 双剣があるならともかく・・・・、私の装備はナイフ一本と、使用すると経費が掛かりすぎる拳銃のみ。冒険者であるならば互助の精神は大事だが、他人に気をかけていられるほどの余裕は今の私には無いのである。


 貴族としての誇りはどこに行った?という言葉が脳裏をよぎるが反論させてもらおう。


 ────実家から勘当されましたが?


「…………まぁ、外まで逃げ切れば関所の兵士が助けてくれるだろう」


 国が派遣している関所の竜人兵は何も密猟者対策だけが仕事では無い。何かの拍子で出てきてしまった魔獣が森の外に出てしまわないよう、その駆除も任されている。


 何もなく逃げるのはさすがに後ろめたい。私は心の中で幼女冒険者に『頑張れ』と(他人事のような)応援エールを送ると、小走りにその場を離れた。当たり前だが、幼女(+魔獣)の走るコースとは直角になる形でだ。


 だがその時、運の悪いことにその場から離れようとする私と、魔獣から必死になって逃げようとする幼女と目が合ってしまった。


 そう、合ってしまったのだ。


「……………………………………………………」

「……………………………………………………」


 ………………………………………………………………。


 ──グゴォオオオオオオオオッッッ!!!


 おい、なぜそれまでの逃亡コースを変更してこちらに向かってくるのだ。ちょっと待て! どうして彼女は「てめぇも道連れだボケがっ!」と言わんばかりの形相を向けてくるのだ。大猪を引き連れてこっちに向かってくるな! 私は関係無いだろうがッ!?


 小走りだった私の足取りは何時の間にか全力に近くなっていた。なにせ、私の背後には幼女と大猪が大接近していたからだ。


 並走する形になってしまった少女が、怒りの形相でこちらに叫んだ。


「なにいたいけな美少女を見捨てようとしてんのよ! ここは男気を発揮して身を徹するのが常識でしょう!?」

「まずいたいけな美少女は自分のことを『美少女』とは呼ばんだろうな!?」


 あとそんな常識は知らんぞ、私は。


「ふざっけんじゃないわよ! 美少女とは私のためにあるようなほどの美少女でしょうがっ!」

「自意識過剰もそこまで行くと立派だな!?」

「こうなったらあんたも道連れよこのボケッ!」


 少なくとも私の知る美少女という人種は人のことを道連れにしたりボケ呼ばわりはしないだろう。


 風を薙ぐ音に、私は慌てて小さく飛んだ。その直下を長柄の武器が通り過ぎていく。小柄な幼女は走りながらも器用に斧槍を振るい、私に足払いを掛けようとしたのだ。


「ちッ、避けたか…………」


 幼女は欠片も悪びれる様子なく、斧槍を背中に戻した。


「貴様ッ、何をするか!?」

「うっさいわね! いいからさっさと転んでよ! 転んで囮になってよ! あんたが生贄になっている間に私は逃げるから!」

「清々しいほどに下衆だな貴様は!」

「誰が下衆よ!」

「自分の胸に聞いてみろ!」

「誰が寸胴まな板ストレートな胸だぁぁぁぁぁッッッ!!!!」

「(ブォオンッ!)ぬぁぁッ!? だ、誰もそこまで言って無いだろう!!」


 確かに、慎ましいという言葉に申し訳なくなるぐらいに『無』に見えるが。


 ブォオンッ! ブォオンッ!


 今度は上下の二連撃が来た。言葉に出していないはずなのに。顔に出ていたのか。


 そんな低レベル極まりない言葉のぶつけ合い(時に斧槍)をしながら、私と幼女は必死に大猪からの逃避行を続ける。


 しかしまずいことになったな。徐々にだが我々とその後を追うノーズボアとの距離が詰まってきている。元々、ノーズボアの走力は人間のそれを大きく上回っている。その巨体ゆえに小回りは利かず木々をなぎ倒しているせいで、その都度の衝撃が邪魔をして速度が上がらないのだ。だからこそこうしてギリギリの逃走劇が続くのだが、このままでは時間の問題であろう。


 ──本当に不本意だが、仕方が無いか。


「おい幼女! 一つ提案だ!」

「誰が幼女か! こう見えてももう十六歳なんだから!」

「貴様の年齢などどうでも良い! それよりも協力しろ!」

「はぁ? なんで私があんたに手を貸さないといけないの?」

「元々無関係だった私を巻き込んだのは貴様だろう! 私があいつの動きを止める! その隙に背中の得物で奴の頭をカチ割れ!」

「ちょっとッ! 手を貸すなんて一言も言ってないわよ! それにどうやって動きを止めるってのよ!」

「良いから準備しろ! 貴様が撒いた種だろうが!」


 ノーズボアの脅威はその突進力だ。その硬質な鼻先から繰り出される体当たりは、同じ質量の岩をも砕くほど。単純な攻撃力に限ってしまえばBランクの魔獣にも匹敵するとさえ言われている。


 だが、それでもノーズボアがDランクに部類されているのには明確な理由があるのだ。


 私は駆け足を止めてノーズボアの方へと振り返る。こちらへ接近してくる大猪の迫力に僅かに圧倒されそうになる。だが、私の体は冷静に動き、腰のポーチから『銃』を引き抜いていた。


 ノーズボアを正面から見ると縦長に大きく発達した鼻で顔の大部分が隠れてしまう。ただ、目の位置だけは鼻の陰から僅かに飛び出ている。


 その血走った目へと拳銃を発砲する。火薬の炸裂音が轟き、直後に大猪の目から血飛沫が舞った。ノーズボアは激痛に野太い悲鳴をあげると足並みを崩して転倒した。


「いまだ、やれッ!」

「命令してんじゃ無いわッ──よぉおおおおッッッ!」

 

 口では文句を垂れつつも、この好機を逃すほどに幼女も愚かではなかった。背中の斧槍を引き抜くと動きを止めたノーズボアに刃を叩きつけた。小柄な体躯からは想像できないほどの凄まじい音とともに、頭蓋の内側に収められていただろう『モノ』をぐしゃぐしゃに叩き潰され、大猪は絶命したのだった。



「え、嘘ッ? 今の一撃で!?」


 あまりにもあっけない魔獣の最後に、幼女は食い込んだ得物と屍となった魔獣を交互に見やり、呆然と呟いた。私から見れば当然の結果ではある。


 ノーズボアはその発達した鼻先と比べて、本来なら生物の中で最も硬質であるはずの頭蓋の部分が薄いのだ。ある学説には、その弱い頭蓋を守るために鼻がこのように発達したとされている。


 はっきり言って、何かしらの手段で動きを止めてしまうか、奴の突進を躱してすれ違いざまに頭蓋を狙う技量さえあればノーズボアは『雑魚』の部類に入る。それゆえのDランク部類だ。


 私が最初にノーズボアを相手にするのに気が進まなかったのは、足止めをする手段が拳銃しかなく、すれ違いざまに頭蓋を狙うにもナイフの短すぎるリーチで確実に奴の頭蓋を貫く自信がなかったからだ。あるいはすれ違いざまに拳銃で攻撃もできたかもしれないが、己も相手も動きながら確実に『頭蓋まと』を狙い撃つ自信はさすがの私にも無かった。


 もしこの手に双剣があったならば、最初から『逃げる』という選択肢は存在していなかっただろう。


 幼女はノーズボアを討伐できたのがよほど嬉しいのか、我に帰ると武器を掲げてピョンピョンと飛び跳ねながら歓声をあげていた。だが私はそれに反比例するかのように気が重かった。


 私が今回受けた薬草採取の報酬は銅貨五枚。そして消費した弾丸は一発(=銅貨六枚)。


 単純計算で、銅貨一枚の赤字である。


 私ははしゃぎ回る幼女の後ろで深いため息を吐いた。


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