第三話 勘当貴族、牛乳は腰に手を当てて飲む派である
本日二度目の更新
依頼の受注処理を終えた私は『ファーレン大森林』へと足を運んだ。目的の薬草は気候と土壌さえ整っていれば場所を問わずに生えてくる種類だ。動植物等の天然資源にあふれているファーレン大森林ならば表層、深層に関わらず様々な場所に分布している。魔獣への対処手段が少ない現状では、最も浅い層で薬草を探した方が色々な点でも利点が多い。
竜人族の駐在している関所にて依頼書を掲示し、許可をもらった私は森林の中に足を踏み入れた。
とはいうが、もちろん奥の方へ足を踏み入れはしない。採取系の依頼こそ受けてはいなかったが、魔獣の討伐・狩猟の依頼で何度もファーレン大森林には足を運んでいる。薬草はその時に幾度となく目にしている。治療薬として精製しなくとも、軽い擦り傷には十分に効果があるので時折に採取して使用していた。冒険者は依頼以外の『物』を狩猟するのはあまり好ましくないとされているが、現地の物を有効活用するぶんには暗黙の了解とされているからだ。無論、生態系を崩すほどの過度の浪費はご法度ではある。
────森林に入り込んで一時間が経過した。
「…………地味すぎる」
目的の薬草はやはり森の表層であってもいたるところに群生していた。
葉の部分は当然として、根の部分が一番薬効が高いため、無造作に引き抜きはせずに掘り起こすのがこの薬草の正しい採取方法だ。受付嬢から借りた鞘入りのナイフをスコップの代わりとし、周囲の地面を先端で掘って行く。一ヶ月前まではフカフカのベッドで寝起きできるほどの大金があったというのに、今では土遊びをして小銭を稼がなければ装備のひとつも整えられない。そのことになんとも言えない切なさを覚える。愛しさも心強さもない。
救いといえば、この一ヶ月間をひたすら借金返済へと注ぎ込んでいたおかげで、不平不満は抱きつつもそれとは別に体がしっかりと動くことであろう。いくら低ランクの魔獣とはいえ、油断が過ぎれば命の危機に直結する。苛立ってはいてもそれは私事として思考を切り替え、冷静に物事を考えることができた。おかげで口ではなんのかんのといいつつ、薬草を掘り返す地味な作業は、根を傷つけないような慎重さを心がけていた。
だとしても、元帝国貴族の次男としてのプライドが向けどころのない屈辱感を覚える。私は土と戯れるために冒険者になったのではない。名を上げるために冒険者となったのだから。
「この恨み、必ず晴らしてくれる…………」
私をこんな状況に陥れたあの白髪の男には必ず復讐せねばなるまい。確かに私も多少なりとも非難されるべき点もあっただろうが、剣すら売り払わなければならない状況にまで追い込まれたのは間違いなくあの男のせいだ。必ず報いを与えてやる。
ただまぁ…………なんやかんやで私が前向きになれる切っ掛けをくれた男でもあるのだ。いずれ訪れるであろう決闘で負かす程度に留めてやるか。
そこからしばらくは、薬草をひたすらに採取していく。一つ一つを丁寧に根から掘り起こす作業は何かと時間が掛かった。スコップ代わりに鞘入りのナイフを使っているのも時間がかかった原因の一つか。次に似たような依頼を受けた時は雑貨屋でスコップでも買うか、とぼんやりと考えていた。
目に付く一通りの薬草を採取し終わり改めて量を確認するが、困ったことに少しばかり足りなかった。思っていたよりも最表層に生えていた数が少なかったのだ。ちらほらとそれらしきものは見つかるが、どれもが採取対象になるほどの成長を見せていない小振りばかり。これらは無理に採取せず、大きくなるまで放置しておくのが冒険者としての常識。成長の余地を残しておくことで、特定種の植物が激減することを防ぐのだ。
「仕方がない。気乗りはしないが少しばかり奥に行くか」
幸いにも、ギルドの受付嬢から借りたナイフは、スコップとしては半端であったが、刃物としての切れ味は本物だ。立ち回りさえ気をつければツノウサギ程度ならば仕留められるだろう。私の腕前があればゴブリンとて相手できる自信がある。ナイフ一本で進んで魔獣討伐を行おうとは思わないが、『保険』としての意味合いであれば十分だ。いつでも引き抜けるように、腰のベルトの間に挟んでおく。
もちろん、警戒心はそれまで以上に強め、私は大森林の奥へと足を踏み入れた。
少し進めば求めていた薬草を発見することができた。量も十分であり、これを採取すればあとは帰るだけだ。あともう少しでこの苦痛な土遊びの時間も終わる。
私は努めて心の波を凪に保ち、一心に薬草周りの土を掘る、掘る、掘る。
憎たらしいことに、最期の最期の一つの根が今日一番の長さを持っていた。既にそれまでの倍近く深く掘っているのに、未だに根の先が出てこない。
それでもどうにか無事に薬草の根を掘り出すことに成功し、私は達成感と共に薬草を採取袋の中に収めた。
後は帰るだけだ。ギルドで依頼を清算した後は大衆浴場でゆっくりと風呂にでも入りたいものだ。ここしばらくは最低限の清潔を保つために、水で体を拭くていどしかしていなかったからな。一般庶民の通う場所、というのが気にくわないが、その程度で喚き散らすよう余計な気位は既に捨ててしまった。何よりも大事なのは風呂に入ることだ。風呂上がりに冷えた牛乳でも飲めたのなら完璧だ。
「風呂と牛乳が私を待っている…………!」
────失礼。あまりにも地味な作業が長続きしたせいで精神が疲弊しているようだ。でなければ、このような謎のセリフを握り拳を『グッ』と腰の位置で固めてまで力強く宣言などしない。諸々の疲れを風呂で洗い流したいのは本音だが。
膝に付いた土を手で払い落とし、私は足先を森の外へと向けた。すると私は、肌に触れる『空気』がいつしか変わったのを感じ取っていた。心なしか森がざわめいているような気さえする。
「…………あまり長居をするべきではなさそうだ」
具体的な根拠があるわけではないのだが、嫌な予感を覚えた私はなるべく早くその場を離れようとした。
そして、その予感は悪い方向に的中していたのだった。
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