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勘当貴族 ルキス君の冒険日誌  作者: ナカノムラアヤスケ
第一の部 勘当貴族、ルキス君の再出発
3/19

第二話 勘当貴族、クレーマーに出くわす

 翌日、私はギルドに赴き依頼を受けることにした。内容は治療薬の材料となる薬草の採取。駆け出しの冒険者にとっては定番の依頼内容。そして報酬が銅貨五枚という驚きの低価格。借金返済に奔走していた私も、このあまりの低価格には手を出さずにいたのだ。片手間で受けるにしても効率が悪すぎる。


 正直、ここまで低報酬の依頼を受けること自体に嫌気が差すが、あいにくと魔獣との戦闘無く達成できそうな依頼がこれだけだった。他の依頼は採取対象が魔獣が多く生息する地域に存在しているからだ。緊急時に銃の使用を惜しむつもりはないが、極力は避けたい。何せ一発撃っただけで報酬の大半が吹き飛ぶのだ。今回の依頼であるならば全て消費してしまう。

 

 早速私は掲示板から剥がした依頼状を受付へと持ち込む。連日のことながら受付の付近はかなり混んでいる。その中でちょうど空になっている列を見つけると足早にそこへと滑り込んだ。

 

 私はその受付を担当していた職員の顔を見ると、少しばかり後悔した。その職員は、私が『奴』と決闘した時に立会人としてあの場にいた者の一人だったからだ。


「おはようございます、ルキス様。依頼の受注処理でしょうか?」

「う、うむ。こいつを頼む…………」


『あの時』の痴態を晒した相手に対し、羞恥に近い感情が押し寄せてきた。気まずさと言ってもいいだろう。ただ受付の彼女はそんな私の胸中をまるで気に留める様子もなく、慣れた手つきで受注書に必要事項を書き出していく。それはそれで釈然としないのだが、表に出すわけにもいかない。


「──はい、これで処理は完了です。…………あのルキス様、一つよろしいでしょうか?」

「む、なんだ?」

「見たところ、武器を所持していないようですが」

「………………………………問題ない」

 

 腰の両端に注がれる彼女の視線に、私はそう答えた。そう、魔獣と戦わなければなんの問題もないのだ。いざという時には腰のポーチに入っている銃がある。


「ルキス様、少々お待ちください」

 

 受付嬢はそう言うと、受付窓口から離れてギルドの奥へと引っ込んでいった。(はて?)と首を傾げてしまうが、彼女の言うとおりに待つほかあるまい。

 

 

 ただ待っているのも暇だな、と漠然と思考していると。


「ちょっとぉ! 依頼の報酬が安すぎるんだけど! これってどーいうことなのよ!」


 突如として耳鳴りがするほどの甲高い声が付近から発せられた。視界すら明滅しそうになる中、私は顔をしかめて音の発生源に目を向けた。ちょうど横の受付からだ。


 背丈は私の胸元よりもさらにしたの小柄な体躯をした女性だ。一見すると年端もいかぬ幼子。だが、その背に携えているのは長い柄をした『斧槍』。


 間違いなく、冒険者に成り立てほやほや『ドワーフ族』の女だ。


「そ、そのですね。ギルドの方に持ち込まれた魔獣の遺体なのですが」

「何か問題があったわけ?」

「なにぶん損傷が激しくて。依頼者が求めている部位に至っては半分近くが使い物にならないと言うことなのですが…………」

「はぁ? どこが必要かなんて依頼状の方には書いてなかったわよッ!」

「え? で、ですがツノウサギの場合、特に追記事項がない場合はほとんど角の部分が求められておりまして。今回の場合、納品されたツノウサギの内半分が破損しており、また残った無事なものに関しましても傷が多く」

「そっちの怠慢をこちらに押しつけないでくれる? 問題なのは、詳しい内容を依頼状に明確に記載しなかったギルドの責任でしょ」

「そ、そんな…………」


 幼女ドワーフの悪びれのない言い分に、職員もタジタジだ。


 やれやれ、ツノウサギを狩猟する際の注意点は冒険者にとっての必要最低限の知識だというのに。だからといって、口を挟むつもりはない。何せ、私も一ヶ月ほど前までは、狩猟した魔獣の種類は別であれ、似たような事をしでかした記憶があるからだ。

 

 そして、その結果もやはり記憶に新しい。


「──ここから先は、私が変わりましょう」


 いつの間にか戻ってきていた受付嬢が、涙目になりかけていた職員の肩を叩いた。職員は彼女の方を振り向くと、天の助けとばかりに顔を輝かせた。受付嬢は手に持っていた布で包まれた『何か』を傍らに置くと、職員と入れ替わりに受付席に腰を下ろした。すれ違い間際、受付嬢は職員に小さく囁くと、職員は首を縦に振ると慌ただしくその場を離れていった。


「なに、今度はあんたが言い訳を並べる役ってこと?」

「いえ、言い訳ではありません。ただ、あなた様とギルド職員われわれとの認識の差を改めるのが先決でしょう」


 受付嬢は手元にあった依頼状──ドワーフ女が持ち込んだ物だ──に目を通した。その間に、場を離れていた職員が紐で括られた紙の束を抱えて戻ってきた。受付嬢はそれを受け取るとパラパラとメクって確認するとやがては確信をもって頷いた。


「確認がとれました。当ギルドがあなた様に支払った報酬は正当なものであり、それ以上に払う義務は一切ありません」

「ちょ、ふざけてんじゃ────」


 受付嬢は冷静な表情をわずかにも崩さず、受付テーブルに身を乗り出した幼女ドワーフの眼前に依頼状を突きつけた。ドワーフ族は小柄な身長に見合った足の長さなので、上半身を乗り上げると足先が地面に着かない。そのため、強制的に勢いを止められた幼女ドワーフは危うくテーブルから転げ落ちそうになる。


「依頼遂行の際の報酬の部分をよくお読み下さい。最後の記述です」 


 やはりそこか、と私は内心に小さくだが幼女ドワーフへ同情を送った。その対応のされかたが、一ヶ月前の私と同じだったからだ。


 ──なお、報酬はギルドに持ち込まれた魔獣の状態によって変動します。


 ぱっと見ただけでは見逃してしまう程度の、だがよく読めば間違いなく目に留まるだろう大きさでそう記載されているに違いない。憎たらしいのはその微妙な文字の『大きさ』だ。


「依頼状にはしっかりと記載があります。この意味は流石にお分かりで?」

「良い状態で獲物を持ち込んだら報酬の上乗せってことでしょ?」

「その通りです。ですが、それは何も追加報酬に限った話ではありません」


 つまり、良い物を持ち込めば報酬に上乗せが発生するのは幼女の言い分の通りだが、逆に悪い物を持ち込めばそれも報酬の査定要素になってしまうのだ。そこを見逃していた一ヶ月前の私は、本来なら銀貨三枚をもらえる依頼を銀貨一枚にまで減らされ悔しい思いをしたものだ。そのときは『まだ』金銭に困ってはいなかったが、もらえるべき報酬が減らされた事実はやはり屈辱だった。今では一つの『教訓』として素直に受け入れられるが、進んで思い出したくはないか。


「そんなの、受注するときは一言も聞いてないわよ!」

「かも知れません。ですが、そのときの職員は間違いなく「他にご質問はありますか?」とあなたに問いかけているはずです。こちらはEランク冒険者に対応する時の原則として徹底されているはずなので」

「た、確かにそんなことは聞いたけど…………」

「であるならば、あなたに『機会』があったのは間違いありません」


 そうなのだ。依頼状には『報酬に変動が生じます』とは書かれているが、それが上向き・・・なのか下向き・・・なのかは明確にされていない。


 幼女が見逃した点は二つだ。


 討伐対象や報酬にばかり目が行き、記載事項の全てに目を通していなかった。


 そして、そこに書かれた曖昧な点を明確にしなかったこと。


「依頼状の内容に不備がないのを確認するのは、冒険者として必要最低限の行いです。こうして依頼状に明確に記載してある以上、知らぬ存ぜぬでは済みません」

「………………………………」

「あなたへ支払われた報酬は正当なものです。どうか、お引き取りください」


 落着きを払った、だが毅然とした受付嬢の言葉に、幼女は鋭い視線を向けるもそれだけ。ここでいくら理屈を捏ねた所で、筋を通しているのは受付嬢──ギルドの方だ。その事が理解できてしまったのだろう。


 肩を震わせて怒気をまとった幼女は、それを発散させる事なく逃げるように受付窓口から去っていった。


 場に居合わせた者たちは幼女の去る姿を黙って眺めていたが、しばらくもせぬうちに元の喧騒に戻っていった。あの手の輩は日常的な…………とまでは行かないが、月に一度か二度は起こる普遍的な出来事だ。特に、ドラクニルの支部は巨大なだけあり、新規登録者の数も相応だ。他の支部よりは新人が起こすトラブルは多い。それだけに、皆にとってもそれほど特筆した出来事でもないのだ。


「ルキス様、大変長らくお待たせいたしました」


 受付嬢は元の席に戻っていた。


「…………流石の対応だな」

「ありがとうございます。それより、こちらをどうぞ」


 彼女はテーブルの傍に置いていた『物』の布を解くと、受付窓口の机に置いた。


 使い古された鞘入りの大振りなナイフだった。柄と鞘にはそれぞれギルドの刻印が施されている。


「しばらくの間はこちらのナイフをご利用ください。薬草を採取する場合、鞘入りのままであれば根を掘り出す場合には役に立つはずです。万が一の場合も、これが一つあるだけでも状況はだいぶ変わるでしょう。返却は、とりあえず・・・・・の得物を手に入れてからでも問題ありませんので」


 どうやら、この受付嬢には私の状況は把握されているようだ。恥ずかしい限りだが、あれだけ・・・・の騒ぎを起こしたのだ。動向をチェックされていてもおかしくはないか。得物を売り払ってしまった事実もお見通しらしい。


「ギルドからの支給品なのでレンタル料は免除です。ただ、著しい破損が起こった場合はそちらの方で買い取りになってしまうのでお気をつけください」

「…………助かる」


 少し鞘から抜いてみると、古びた外枠に反して中々の逸品だ。弱い魔獣程度なら問題なく狩れるだろう。


 こうして私は、冒険者としての新たなる一歩を踏み出すのであった。


 

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