第一話 勘当貴族、しょっぱなから躓く
序の話と第一話の間がわかりにくい人は、『カンナのカンナ』本編をお読みください。
私の名前はルキス。冒険者だ。
元々は栄えある帝国貴族の公爵家次男ではあったのだが、現在は勘当された身であり家名を名乗れない身だ。だがいつか、冒険者として名を馳せ、私を切り捨てた生家を見返してやろうと心に誓っている。
だが、それよりも先に、私が家に切り捨てられる『要因』を生み出した元凶たる『あの男』への復讐がまず先だ。
我が仇敵たるあの男は私の申し出た決闘に対して『互いの位が釣り合っていない』などという屁理屈を言いだし、お目お目と逃げおおせたのだ。以前の私ならそんな小賢しい論など二振りの剣で文字通り切り捨ていていたところだが、私も多少なりとも『我慢』を覚えた。屁理屈でアレ理屈には変わりない。認めたくはないが、奴には少なからずの借りもある。その場は奴の言葉に従い、潔く身を引いた。
あの男の理屈に従えば、私と奴の冒険者ランクが同格でないのが問題なのだ。私は未だに冒険者ランク再底辺のEランク。あの男はどんな手を使ったのかすでにDランクに昇格しているという。
なんと言うことだ。あの頭がよろしくなさそうな男が私よりも一歩先んじているのだ。神聖なる決闘の場において、正々堂々という言葉をどこかに全力投球して捨て去ったかのような暴挙の数々を平気な顔をして繰り出すような輩がだ。おそらく、ギルドの幹部にでも取り入ったのだろう。
…………だがまぁ、卑怯な手を使ったとはいえ仮にも私から勝利をもぎ取った男だ。多少なりとの『コネ』はあっただろうが、それなりの実力者であるのもまた間違いない。次に戦えば勝つのは私だがな!
とは意気込んではみるものの、奴に決闘を挑む前には色々と片を付けておかなければならない。私自身のランクを上げる必要もあるのだがその前に、奴からの『借り』を返済するのが先決だ。
細かな話は身の上の恥なので割愛させてもらうが、少々の手違いで私は金貨百枚の借金を背負ってしまったのだ。商売の道具として最低限の装備以外を全て売り払い、なおかつ冒険者の依頼をそれこそ死にもの狂いでこなしてどうにかその大半を精算できたのだが、残り少しと言うところで借金の返済期限が迫っていたのだ。そして本当に認めたくは無いのだが、その最後の分を奴から受け取った金のお陰で完遂したのだ。
金額にして金貨三枚。冒険者として名をあげるよりもまず、こちらを先に叩き返すのが私の現在の目標である。
────目標なのだが、早々に暗礁に乗り上げていた。
そのことに気が付いたのは、借金取りに満額をきっちり返済し、身も心もすっきりした気分で宿に戻った時だった。
宿とは言うが、正直に言えば豚小屋と称しても間違いではないほどにみすぼらしい部屋だ。柔らかなクッションすら無い堅いベッドに、肌触りの悪い薄い布が毛布の代わりに一枚。それ以外の家具はなく、備え付けのランプも何もない。夜になり窓から(もちろんガラスなどない)の明かりがなくなれば、借金をこさえる前と比べればまさしく雲泥の差だ。それでも、一ヶ月以上も同じ寝床を使い続ければ慣れてしまうのが人間の凄いところだと最近は思うようになった。これも人属の環境適応能力の高さか。
人間賛歌はまたの機会にするとして、問題なのは借金返済と同時にすっきりとしてしまった両の腰だ。商売道具として常に帯びていた二振りの剣が無いのだ。
いや、理由は分かっている。つい先ほどに借金返済の足しとして売り払ってしまったのだ。元々、借金の残り少しは得物の剣を両方とも売り払った上での想定金額。二振りの剣と『奴』から受け取った『借り』の両方を当ててようやく借金の返済が完了したのだ。
一ヶ月間を必死に働いていた私だったが、その為に借金を返済し終わった後のことを完全に失念していたのだ。
「得物がなければ冒険者としての活動が出来ないではないか…………」
私は思わずorzの体勢で部屋の床でうなだれてしまった。
いかに優れた魔力親和性を持つ才能溢れた身であっても、私は『剣士』であって『魔術士』ではない。簡単な術式は扱えるがどれもが戦闘に適したものではなく、日常生活をする上での補助の域をでない。本領を発揮するにはやはり『剣』が必要だ。
同じ金属製の刃でも、ご家庭用の包丁と戦闘用の剣ではその価格差は明らか。前者は一本が銅貨数枚から高くて銀貨一枚。後者は最低でも金貨五枚は必要だ。しかもそれは最低価格であり、理想を言えば金貨十枚かその当たりの剣が望ましい。さらに言えば、私の最も得意とする『二刀流』は文字通り剣が二つ必要になり、単純に必要なコストは倍になる。
およそ金貨二十枚──それを稼ぎ出す苦労は、イヤと言うほど身に染みている。Eランク冒険者にとっては間違いなく大金だ。しかし、それを稼ぎ出すための得物が無いという悪循環。
駆け出しの冒険者であるならば金貸しに資金を借りるという手もあるにはある。それなりに実力を付け始めた冒険者が借金をこさえてワンランク上の武器を仕入れるのは割とよくある話だ。ただし、個人的にはあまり使いたくはない。借金の返済に追われて働く日々というのはかなり辛いものがある。いずれは世話になる機会もあろうが、暫くは控えたい。
「『銃』に頼るには採算があわなすぎる」
腰のポーチから、どれほどの借金苦でも手放そうとは毛頭にも考えなかった拳銃を取り出す。父上からは離縁状を出された為、もはやこれだけが私と家を繋ぐ最後の品だ。剣の手入れは怠っていてもこいつの手入れだけは定期的に行っていた。
Eランクに分類される魔獣程度ならば、急所を打ち抜けば一撃で葬れる威力はある。人間であっても薄い金属製の鎧ならそれごと貫通する事もあるだろう。その上、この銃は火薬と弾を銃口から注いで込めるタイプではなく、弾と火薬が一括りになっている新しい銃だ。予め六発の弾丸を込めておける仕組みになっており、回転弾倉式拳銃と呼ばれている。つまり、短時間で六発の弾丸を発射できるのだ。
間違いなく強力な武器ではあるのだが、困ったことに弾丸は消耗品だ。弾は使ったら使っただけ補充しなければならないが、もちろん経費が掛かる。ついでに言えば、このリボルバーに使われている弾丸は、銃そのものの出回っている数の少なさと、実包制作できる鍛冶職人の少なさも相まってかなり高価なのだ。
弾一発でおよそ銅貨六枚が飛ぶ。
少し前の私にとっては端金だが、今の私にとっては無視できない金額だ。銅貨が一枚でもあればほぼ一日分の食費を賄える。つまり、銃を一発を撃つ度に、一週間近くの食費が瞬時に吹き飛ぶのだ。Eランクの現状ではとてもではないが乱用できない。
「…………仕方がない。採取系の依頼で元手を稼ぐしかないか」
魔獣狩猟の依頼と比べて、採取系は依頼の報酬が少な目。高くても銀貨一枚でそれ未満が通常の相場。だが、魔獣を相手にすることなく稼げる依頼となればこれしかない。他にも街の住人から寄せられる雑事系の依頼もあるがこちらは本当に小遣い程度(相場がおよそ銅貨数枚)にしかならないので論外だ。
「剣の一振りでも手に入れるまでの我慢だ。成り上がりへの道も一歩からだ」
私は明日からの方針と決意を新たに固めると、その日は英気を養うために早々に寝ることにした。
一ヶ月でなれた堅い寝床ではあったが、やはり堅いものは堅かった。
(いずれは、ふかふかのベッドで優雅に寝てやる!)